第6話:ほら、あたくし、もう厚化粧じゃなくってよ!(その3)


「おや? お嬢様はまだいらっしゃっていないようですね」

「お姉さん、食事の時は真っ先に来るのに、今日はめずらしいですね」

「なに? あのオバサン、細いわりに食いしん坊なんだ」

「カリラさんは、無事に回復されてよかったですね」

「キルホーマン、あんたとエレンのおかげだよ」

「オレ、ちょっと呼んでくるよ。アイラちゃんの部屋はどこだっけ? 今日は色々歩いたから、疲れて寝ちゃってるのかもね」

「お嬢様なら、2階の奥の部屋だったと思いますよ。お手数ですが、お願いしますね、ラガヴーリンさん」


「お~い、アイラちゃん、夕飯の時間だぜ? もうみんな食堂に集合してるよ? …あれ? 返事がないな…。お~い! アイラちゃん! ドンドン」

「……」

「ん? 部屋にいないのかな…。 ガチャッ! あ、なんだ。鍵が開いてるぞ…。おじゃましますよ~…」

「…ゴブおじ?」

「わっ! びっくりした。なんだよ、アイラちゃん、いるなら返事してくれたっていいじゃないか。それに、どうしたんだよ、灯りもつけずに、こんな暗がりで…」

「…ゴブおじ…ごめんなさい…ですわ…。今、食欲がないんですの…。少し、ひとりにしてくださらないかしら…」

「体調がよくないの? なんだかアイラちゃんらしくないよ。心配になっちゃうじゃないか」

「…そうね…体調があまりよくないんですの…。あたくしは食事は結構ですから、先に食べていてくださいな…」

「キルホーマンを呼ぼうか? カリラちゃんが回復したから、あんまり調子悪いなら、またカリラちゃんにお願いをする事もできるかもしれないぜ?」

「いいえ…大丈夫ですわ…。少し休んだら、良くなると思いますの…」

「…そ、そうかい…。わかった。じゃあ、失礼するよ。オレたちで力になれる事があったら、なんでも言ってくれよな? 元気のないアイラちゃんなんて見たくないもんな…」

「ええ…ありがとう。ゴブおじ」

「う…うん。じゃあ、またあとでね」

「あ、まって!」

「え!?」

「…まってくださいまし…ゴブおじ…。まだ、行かないで…」

「ど、どうしちゃったんだよ…。相談事なら、何だって乗るぜ? オレたちで解決ができる事があれば力になるし、話を聞くだけでも気が楽になるなら、オレが聞き役になってやるからさ…」

「ええ…ありがとう…ですわ…。ねえ、ゴブおじ…。ゴブおじは、ご自分の容姿にコンプレックスがある、という事をおっしゃっていましたわね…」

「その話かい? うん、そうだね。みんながオレの事をゴブリンだって言うし…容姿に関しては、子供の頃から、からかわれた思い出しかないや。スキルがちゃんとあれば、菓子職人として生計を立てて、みんなを幸せにできると思ったけれど、それもなかったからね。転生したら美男子になりたいよな」

「スキル…ですのね。あたくし、ゴブおじの、その優しくて人に愛される性格は、立派なスキルだと思っていましてよ…。純粋に人を思いやったり、本心から人を気にかけたり、人のためを思って行動したり…。とても稀有なスキルですわ…。でも、それはゴブおじが努力して手に入れたスキルなのかもしれませんわね…」

「へへへ。なんか、逆になぐさめられちゃったな。ありがとう。そう思って生きてくる事ができれば、ちょっとは人生が違ったのかもしれないね。アイラちゃんは、なんだかんだ優しいよな…」

「ねえ…ゴブおじ…。あたくしの顔…見て下さらない? 驚いていただいてかまいませんの…。いま、灯りのあるそちらに行きますね…」

「アイラちゃんの顔だって…? 顔なんて、いつも見ているじゃないか…あ…ああ!? その顔は…まさか、そ、そんな…!!」

「…そうですの。これが、あたくしが化粧をぜんぶ落とした顔ですわ…」

「そ、その額の大きなアザは…犯罪者が罰として押される烙印…? しかも×印は、殺人罪じゃ…」

「ふふ…その通りですわ。さすがのゴブおじでも、驚きましたのね…」

「そんな…アイラちゃんに限って…。何かの間違いじゃないのかい? 誰かをかばって罪をかぶった? それとも、冤罪で…」

「いいえ…。ご覧の通り、あたくしは殺人の犯罪者なんですの。そのせいで、この烙印のアザを一生背負って生きる事になりました…。厚化粧をして誰にも素顔を見せなかったのは、そのためですの」

「そうだったのかい…。でも、勇気を出してオレに教えてくれたんだから、なぜその罪を負うはめになったのか、訊いてもいいだろう?」

「ええ、もちろんですわ…。どこから話そうかしら…。そうね…今日、ゴブおじと一緒に、博物館で、女神の遺骸を見ましたわよね?」

「ああ、そうだね。とっても美しい女神だったね」

「その女神の、外見の特徴を覚えてらっしゃる?」

「外見の? そうだなあ…一番気になったのは、やっぱり両目の泣きぼくろだよね。あれがあるから、とても妖艶にも見えたよな」

「泣きぼくろ…そうですわね。あたくし、あのほくろを見て、気づいたんですの。『この女神の遺骸…この女性を殺したのは、あたくしなのだ』と」

「な、なんだって!? アイラちゃんが…女神を殺しただって?」

「間違いありませんわ…」

「ん? という事は、アイラちゃんは、あの女神の正体を知っているのかい?」

「ええ。それもお話しますわ」

「無理しなくていいからね。落ち着いて話せる範囲でいいから」

「ええ、ありがとうですわ。まず、あの女性ですけれど、本当は女神でもなんでもありませんわ。あたくしの記憶が間違っていなければ、女神ではなく、名のある魔法使い…つまり、爆炎とか氷結とか、そういったスキルを持った方でしたの。とは言え、今は目立った戦争もない平和な時代ですから、女性はそのスキルを使って料理の講師をして生計を立てていましたの」

「料理の講師だって? …そうか、火や氷のスキルがあれば、普通じゃ得られない火力も思いのままか…。お菓子職人になればよかったのに…」

「各地を旅されていたみたいでしたわ。色々な街を訪れては、数ヵ月間逗留して、その街の人たちに料理を教えて路銀を得る。そんな生活だったのではないかと思いますの。で、噂を聞きつけたお父様が、あの女性を屋敷にお招きしましたの。あたくし、その方の料理を食べさせていただいて…」

「美味しかったのかい?」

「ええ、とっても。でも、あたくしはまだ子供でしたから、料理を習う事なんてできませんでしたの。けれど、その方がどうやってあんなおいしい料理を作っているのか、秘密をさぐってみたくなったんでしょうね…。お父様は、お招きしたその女性に部屋を用意していましたから、あたくし、女性が眠っている時にこっそり、夢の中を覗いて、秘密をききだす事を思いついたんですの…」

「な、なるほど…。それで?」

「夢の中に入りましたわ…。ところが、その女性は夢の中でもとても警戒心が強くって…。あたくしを、夢に入り込んで人を殺す悪魔の化身だと思ったのでしょうね。爆炎のスキルを、あたくしに向かって容赦なく使ってきましたわ。あたくしは…必死に逃げて…でも、夢の中ではあたくしの方が有利だったんですの。ある程度はあたくしの好きに夢を操れましたから…。それで、あたくし…女性の爆炎魔法を操作して跳ね返して…夢の中で、その女性を殺して…しまいましたの…」

「そういうわけだったのか…」

「夢の中での死は、現実の死ですわ。お父様は、女性を殺したのがあたくしだと、すぐに気づきましたわ。そもそも、お父様からは人の夢に入り込むスキルを使わないように、厳重に注意されていたんですの。使い方を誤ると、大変なことになるから…って。でも遅かったですわね…。あたくしはまだ子供でしたから、死罪や懲役刑はありませんでしたの。その代わり、この×印の焼印を額に入れられました。一生、その罪を背負って生きろ…と。あたくしは、お父様に勘当されました。そして、夢の中に入るスキルも封印しましたの…」

「…そんな深刻な背景があっただなんて…。ごめんよ、アイラちゃん。オレ、無神経に何回も、アイラちゃんにスキルを使う事をお願いしていたかもしれない」

「いいんですの。黙っていたあたくしが悪いんですから」

「そうか…。で、でもさ、学芸員さんが言ってたよね? 女神は死んでいるというよりも、特殊な眠りについているんじゃないか? って。だから、もしかすると死んでいない可能性があるぜ?」

「…それはそうですけれど…。目を覚まさせる事ができないかぎり、あたくしが人の命を奪った事には変わりがありませんわ」

「カリラちゃんの例があるよね? またエレンくんの力を借りるのは心苦しいけどさ…」

「ゴブおじ、それは、今回ばかりは無理ですわ…。実はあたくし、博物館であの女性に気づいたとき、とっさに夢の中に入れないか、確認をしましたの。もちろん、入れない事はすぐにわかりましたわ…。そして、カリラちゃんの時とは違って、あの女性からは生命の反応が全く感じられなかったんですの」

「それって…どういう事だい?」

「あの女性は、やはり、死んでいる、という事ですわ。あたくしも、夢の中で人を殺したことなんて、あの女性以外では当然ありませんから、どういう状況なのかは詳しくは分かりませんですけど…それだけは事実ですわ。ですから、エレンちゃんが命を分け与える事もできませんの…」

「そ…そうなのか…」

「…ゴブおじ、お話をきいてくださって、感謝いたしますわ。どういういきさつで、あの女性の遺骸がこの街に流れ着いたのかはわかりませんけれど、今回は、偶然にも再会してしまいましたわ…。かといって、何かを解決できるわけでは、やはりありませんもの…。あたくしは、この罪を背負って、これからも生きていきますわ…」

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