第6話:ほら、あたくし、もう厚化粧じゃなくってよ!(その2)

「アイラちゃん、カリラちゃんの様子はどうだい?」

「ベッドに入って、すぐに眠ってしまいましたわ」

「安心したよ。いつまでもあの調子じゃ、かわいそうだもんね」

「宿が早めに見つかったのは幸運でしたね。元のカリラさんに戻るのにどのくらいの時間を要するのかはわかりませんが、ひとまず大丈夫でしょう。ですが、どなたか看病についていただいた方がよいでしょうね」

「ええ、それなら、あたくしがカリラちゃんについていますわ。この中で女性はあたくしだけですものね」

「お姉さん、カリラは、ボクの病気を治したために、あんな目にあっているんです。ですから、ボクがついていてあげたいんですけど…いいですか?」

「まあ、エレンちゃん。なんて健気なのかしら」

「お嬢様、ポートエレンさんなら安心でしょう。もしもの時は、宿の女将さんもいらっしゃいますしね」

「はい。ですので、ボクがカリラの看病をしようと思います」

「なるほど。この流れでいくと、俺はメスガキと小娘の両方の面倒をみなければならないようだ」

「あ、そうでしたね。忘れてました…。あの…おじさん、ラフロイグさんをお願いしてもいいですか?」

「おい、メスガキ、お前は今、人智の及ぶ限り最悪な依頼をゴブリンにした事を心の底から認識する必要がある」

「ラフロイグちゃ~ん! クサレ人形の分際で『人智』はないんじゃないのかな~?」

「大丈夫ですよ、ラフロイグさん。おじさんは、ラフロイグさんに変な事をしません」

「エレンくん、オレにその気がなくっても、手が滑っちゃったり、不慮の事故は避けられないんじゃないかなあ?」

「ふん。何もスキルがないヤツはこれだから手に負えん。リスクを過小評価しようとする。度し難いと言わざるを得まい」

「ほ~ら、こっちおいで。これでお前の生殺与奪はオレの手中さ。せいぜいかわいがってやるよ」

「…いいだろう。熟考するまえでもなく、立場的に不利なのは常にお前の方だからな」

「では、お嬢様、ラガヴーリンさん、ラフロイグさん。私はまだ、宿の手続きを終わらせたり、街の情報を集めたりしなければなりませんので、お三方は街の博物館でも見学なさっていてください」

「おお! 博物館ね、行ってみたかったんだよね、オレ。異国の食べ物の展示とかあるといいんだけどな」

「ゴブおじ、博物館の目玉は、女神のミイラ…ですのよ」



「これが女神の遺骸…ですの? とても…美しいですのね。てっきり、干からびてミイラになっているかと思いましたのに」

「アイラちゃん、これはまさに…女神だよ! こんなに美しい女性を、オレは今までに見た事がないね。長いウェーブのかかった白銀の髪、透き通る白い肌、とても死んでいるとは思えない紅潮した頬に、ぷっくりと膨らんだ唇…豊満な乳房に、言葉にしがたい腰のライン…大きなお尻は多産と豊穣の象徴だよね…。まるで彫刻のようだよ」

「ゴブおじ…表現が耽美的ですけど、まるで変態ですのね」

「なるほど、めでたい。本当のセクハラ野郎が誰だったのか、これで明確になったな」

「うるさいよ、ラフロイグちゃん。オレは今、心底うっとりしているんだ…。まさしく、女神だよね。被造物ではこんな完璧な美しさはありえないよ…」

「念のために確認したい。ゴブリンよ、お前は、本気でそう思っているのか?」

「なにが言いたいんだ? オレが本気だと、お前に何か不都合があるのかい? オレは、本気でそう思ってるし、この女神を見れば、誰だってそう思うだろ?」

「そうか」

「そうか? それで終わりか? そこからオレに対する悪態が始まるんじゃないのか?」

「勘違いするな。呆れて言葉を失っただけだ」

「へんっ。新しい手段でオレをからかおうってのか。まあいいさ。ほら、見ろよ、この女神、よく見ると両目の下まぶたに、泣きぼくろがあるぜ? これも奇跡だよね。普通、左右対称でこんなところにほくろなんてできないもの」

「両目の下まぶたに…泣きぼくろですって…?」

「ほら、あそこ。目を閉じてるからわかりづらいけれど、あの長い睫毛の下に見えるだろ?」

「…確かに、そうですわね…。両目の下に、泣きぼくろ…。め、珍しいですわね…」

「ねえねえ、学芸員さん、この女神様は、いつからこの博物館に展示されているんだい?」

「ちょっとゴブおじ! 急に、遠くにいらっしゃる学芸員さんを大きな声でお呼びにならないで。びっくりするじゃないですの…」

「いえいえ、構いませんよ。こちらの女神の遺骸は、当博物館の目玉展示ですから、色々と気になりますよね」

「あ、ありがとうございます…ですわ…」

「いつから展示されているか、ですが、実はまだ、ほんの数年前からなのです。研究が進んでいないのですが、少なくとも、この地域に古くから鎮座ましましていた女神様ではないですね」

「ええ? じゃあ、別の場所からここに運ばれてきたってことなのかい?」

「はい、その通りです。この街には大学もあり研究も盛んですから、学術的に調査が必要な物が、こうして運ばれてくる事があるのです。ここに来る前は、見世物として各地の大道芸人などの手を転々としていたみたいですね。まあこの美しさですからねえ」

「お金を払ってでも、眺めていたくなるのは、オレもわかるなあ…。でも、神様じゃなくて、ただの人間の遺骸の可能性もあるよね? なんで女神だってわかったんだい?」

「正直なところ、観光客を集められる事もあって、我々も『女神様』と呼んではいるのですが、本当に女神なのかどうか、女神なら名のある女神かどうか、などもわかっていないのです。見世物として各地をまわっている最中に、便宜上、女神と紹介された可能性が高いですね」

「なんだ、じゃあ、女神じゃないかもしれないんだ」

「そうですね。ただ、見ていただいてわかる通り、この遺骸は若干、人間離れしています。例えば、死後何年も経っているはずなのに、まるで生きているかのように肌が紅潮しており、ツヤもあります。あれは見世物のために化粧を施しているわけではありません。自然体です。それに、脂肪や筋肉も、垂れ下ったり、減少したり、腐敗したりしていません。かといって体毛が伸びたりもしていないのです。まるで、彼女だけ時がとまってしまったかのような状態なのです」

「それって…この女神様、実は死んでいなくて、眠っているだけかもしれないってこと?」

「呼吸をしていませんし、脈拍もありませんから、ただ眠っている、という事はないでしょうね。でも、まるで生命が維持されているかのようです。研究者たちの現在の有力仮説は、なんらかのスキル者の能力によって、特殊な眠りの状態になっている、という事ですね」

「特殊な眠りかあ…。カリラちゃんの状態に似てるのかな」

「あるいは、そのスキル者をみつける事ができれば、目を覚まさせる事ができるのかもしれませんが…」

「なあアイラちゃん。アイラちゃんのスキルで、この女神様の夢の中に入ってみる、ってのはどうかな? 起こすことができるかもしれないぜ?」

「ゴブおじ、気安くあたくしにスキルを使わせようとしないでくださる…?」

「ご、ごめんよ。ちょっと気になって、言ってみただけだよ。こんな美女が目を覚まして、お話できたら、楽しいだろうなって思っただけさ」

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