第5話:キルホーマン…あなたには、そんな過去がありましたのね…。(その8)

「ふう…」

「エレンちゃん、終わりましたの? 顔色が…よろしくなくってよ…」

「はい、終わりました」

「あ、カリラちゃんの寝息が変わりましたわ…。夢を見始めたんですの…?」

「エレンくん、少し横なって休みなよ。また血を吐いて倒れちゃうかもしれないよ。オレ、心配だよ」

「ありがとうございます。でも、まだやる事がありますから…。さあ、お姉さん。カリラさんの夢の中へ、お願いします」

「ええ、わかりましたわ。では、あたくしはこちらの椅子に腰かけさせて頂きますわね。キルホーマン、ゴブおじ、あたくしがもし目を覚まさなかったら、揺り起こしてくださいな」

「ええ、お嬢様、心得ておりますよ」

「アイラちゃんのスキルも、決して安全ではないんだね。無理は禁物だぜ?」

「そうですわね。あたくし自身も安全とは限りませんし…あたくしが夢の中に入る事で、その方の人生を狂わせてしまう可能性だってありますから、慎重にやらなければなりませんの…。では、行ってまいります、ですの」

「うん、気を付けて」

「お姉さん、カリラさんをよろしくお願いしますね」



「ええと…あら? あたくし、どうしたのかしら…。もしかして、失敗したんですの? カリラちゃんの夢の中に入れていませんわ…。あたくしは、椅子に腰かけたままだし…カリラちゃんはベッドで寝ているし…。ねえ、エレンちゃん、やっぱりカリラちゃんは夢を見ていないのではないですの? 夢の中に入れませんの…。エレンちゃん…。エレンちゃん? エレンちゃん! あたくしの声が聞こえていませんの? ええと…ゴブおじ! ねえゴブおじ、あたくし、夢の中に入れませんでしたの…。ねえ、あたくしの声、聞こえていませんの!? ねえってば!! …なんてことかしら…。あたくし、スキルの発動に失敗して、夢と現実のはざまに迷い込んでしまったんですの…? そんな…どうすればいいんですの…? じ、時間が経てば、ゴブおじがあたくしの事を揺り起こしてくださいますわね…きっと。それまで、じっと待つとしますわ…」

「ねえ、厚化粧のオバサン」

「なんでっすって!? 誰がオバサンですって! あたくし、こう見えてまだ18歳ですのよ! …って、今、誰がおっしゃったの? …幻聴ですの…?」

「オバサン、あたしの声、聞こえてないの?」

「な、なんですの? どこから話しかけてきているんですの!?」

「ほら、こっち、こっちだよ」

「…ああ! ベッドの方でしたのね。って、カリラちゃん…目を覚ましましたの…?」

「なに勝手に、あたしの事を『ちゃん』づけで呼んでくれてんのよ。気色悪い。まあ、いいけどさ」

「…思ったより口の悪い娘だったんですのね…。さすが、組織犯罪集団のボスの娘…。でも、よかったですわ! 無事に目を覚ます事ができて。これでカスクバレルさんも喜ぶに違いありませんもの」

「カスクバレルのオジ貴は過保護だよね~。本当にウザい。まあ、おかげで不自由なく暮らせてたんだけどさ」

「え、ええ…。さあ、目が覚めたなら、みんなに挨拶をしてはいかがですの?」

「みんな…って、この人たち? いや、賑やかなのはいいけどさ~。誰もあたしの事に気づいてないじゃん。いや、まあ、あたしが寝たきりになる前から、あたしの事に気づくつもりなんかなかった連中かもしれないけどさ」

「…なんてことかしら…。キルホーマンもゴブおじもラフロイグさんもエレンちゃんも使用人さんもカスクバレルさんも、みんな時間がとまったかのように上の空じゃないですの…。これは一体…」

「あ~あ。よくわかんないね。これって結局、あたしは死んだってことなのかな? じゃあ、オバサン、あんたは死神ってこと? 確かにあんた、死神みたいな顔してるよね」

「なんですって!? し、失敬ですわね…。違いますわ。あたくし、人の夢の中に入り込むスキルがあるんですの。それで、カリラちゃんの夢の中に入ろうとして…」

「うげぇ、人の夢に入り込むなんて、オバサンいい趣味してんね。何勝手に人の夢の中に入って来てるのさ」

「…もしかして、これは夢の中なんですの…? これは、カリラちゃんの夢の中…」

「あたしもわかんないよ。ずっと寝てたんだからさ。これが夢のなか、現実なのか、それとも死後の世界なのかなんて、わかるわけないじゃん」

「あたくし、夢の中に入り込んだまま、カリラちゃんに死の世界につれていかれてしまったのかしら…。あり得ますわ…夢の中に入った状態で、その夢の主が死んでしまった場合…。あの時みたいに…。いいえ、でもそれならば、こんなにはっきりとあたくしの意識があるとは思えませんもの。ですから、これはやはり、カリラちゃんの夢の中…まるで現実ですけれど、夢の中だと考えて行動をした方がよさそうですわ…。キルホーマンならきっと、こうやって論理的に状況を切り分けて判断していくに違いありませんもの…あたくしだって…」

「ねえ、何さっきからブツブツ言ってんのさ。で、どうすんの? 用が済んだら、あたしの夢からとっとと出て行ってくんない? まあ、ここが夢なのか地獄なのか知らないけどさ」

「カリラちゃんは…カリラちゃんは、どうしたいんですの? もし目が覚めて現実に戻れるとしたら、戻りたくって? それとも、このまま夢を見続けていたいのかしら…? 死ぬまで…」

「そりゃあさあ、目を覚ませるなら、覚ましたいよ。確かに、お袋も親父も死んじゃったけどさ…オジ貴はウザいし使用人の女はうさん臭いけど、なんだかんだ感謝してるしさ…。でも、どうやって起き上がればいいか、わかんないんだよね」

「そうですわね…あたくしもわかりませんの…」

「しっ! オバサン…何か聞こえない?」

「何か…って…。これは…ええと…」

「歌声だ! 誰かが歌ってるんだ」

「エレンちゃんですわ! エレンちゃんが、歌で援護してくれてるんですわ…。スキルを使ったばかりで体調が悪いはずですのに…」

「なんて心地いい響きなんだろう…。まるで、光に包まれて吸い込まれて行くようだよ…」

「い、今ですわ! カリラちゃん、あたくしの手につかまって! 夢から抜け出しますわよ!」



「カ…カリラ…」

「…こ…ここは…。あ、オバサンがいる…それに、オジ貴も…」

「カリラ! ぐおおっ! カリラ~目をさましたのか! よかった~! よかった! ワシは嬉しいぞ!」

「ちょっとオジ貴、髭がウザいからやめて。それよりもこのオバサンと、この子…」

「ポートエレンさんですよ、カリラさん」

「オバサンと、ポートエレンが助けてくれたんだぜ? オジ貴からも充分に礼を言ってあげてくれよな」

「もちろんだ! もちろんだとも。彼らとの約束は確実に果たす」

「よかったですね、カリラさん。ボク、無事にあなたを助けられて、安心しました」



「ほらほら、みんな! 大道芸が始まったよ! 上手だよな~。あれはスキルなんだろうか? ねえ、キルホーマン」

「あれはスキルではないでしょうねえ…。努力と訓練だと思いますよ。ラガヴーリンさん、あなたが、努力でお菓子職人になられたようにね」

「へえ、そうかあ…。いや、でもさ、オレ、スキルがただの生まれつきの才能で、努力しなくても手に入るもの、だとも思ってないぜ? それに、オレはまだ菓子職人としては独立できてないからさ…。努力したかと言われると、どうかな~」

「おや、そうですか。まあラガヴーリンさんがそうおっしゃるなら、そういう事にしておきましょう。でも、あなたはもう少し、自分自身を褒めてあげてもいいと思いますよ」

「な、なんだよ。照れるじゃんか!」

「ふふふ。ただのお世辞ですよ」

「ち、チクショウ!」

「そういえばさ、オバサン、あんたさっき、18歳だって言ったよね。ウケる。あたし、体は11歳のままだけどさ、実際の年齢はあんたよりもちょっと上なんだぜ」

「なにを言ってやがりますの? じゃあ、カリラちゃん、あなたの方がオバサマじゃねえですの!」

「ははは! オバサン、あんたホント面白いよね」

「くっ…。ま、まあ、いいですわ。無事でなにより、ですもの。あたくしはあなたと違って身も心も成人しておりますから、果実酒だってほら、この通り、飲ませていただきますわ」

「ほらほらオバサン、無理しないで」

「そ、そもそも、なんでカリラちゃんは、自分の命を断とうとしたんですの? とてもそんな事を考えるような性格には見えませんけど…」

「自分の命を断つ? それって、あたしが自殺しようとしたって事を言ってる?」

「え、ええ…カスクバレルさんと使用人さんからは、そう伺っていますわ…」

「ははは! 何それウケる!」

「違いますの?」

「あたしが自殺なんかする訳ないじゃん」

「じゃ、じゃあ、なんで寝たきりになんて…」

「ドジったよ。自分のスキルを間違って使っちまったのさ」

「カリラちゃんのスキル…ですの?」

「そうだよ。『自分の元気と引き換えに、他の人の病気を治す事ができる』スキル」

「病気を治す…なんてステキなスキルなんですの…。でも、どうしてそれで寝たきりに…」

「話すとちょっと長くなるんだけどさ…。親父が死んで、独り身になってさ、色々考えたんだ。お袋も親父も、自分たちが望まない時に、望まない死に方をした。だから、なんとか生き返らせてあげる方法はないかな…ってさ。もし二人とも生きていて、体調が悪いだけならさ、あたしのスキルで助けてあげられたんだ。でも、死んじゃったから、どうしようもなかった…」

「カリラちゃん…」

「でさ! 色々と調べたんだ。占い師のギルドでその手の本を沢山借りて来て、部屋に閉じこもってさ。それでわかったのが『南のお告げ所』ってところに行けば、人を生き返らせるスキルをもった能力者がいるんじゃないか、って事。実は、あたしのお袋も、その『南のお告げ所』で働いていた事があるらしいんだよね。だから、ますます行きたくなっちゃってさ」

「『南のお告げ所』ですって!? それじゃあ、あたくしたちと目的地が一緒じゃないですの…」

「えっ!? オバサンたちも『南のお告げ所』に行く予定なの? ホントにウケる」

「そうなんですの。『南のお告げ所』を探して、ずっと旅をしてきたんですの。でも、残念ながら、どこにあるのかがまだわかっていませんの…」

「お嬢様、それについてはご心配なく。カスクバレルさんが占い師のギルド長を脅してくださいましたので、先ほど情報を仕入れにいって参りました。まだまだここから遠いですが、かなり正確な位置が、すでにわかっておりますよ」

「やりましたのね! キルホーマン」

「やるじゃんキルホーマン! じゃあ、利害一致だね。あたしもオバサンたちについていくよ。旅は賑やかな方がいいだろ? エレンも一緒だしさ」

「それで、カリラちゃん、なんで自分のスキルを自分にかけちゃったんだい?」

「ああ、そうそう。あたし、自分のスキルで他人の病気を治せるなら、もしかして他人を生き返らせる方法もあるんじゃないか、って思ったんだよね。それで色々スキルの実験をしていてさ。死んだ動物を集めてスキルを発動させてみたんだけどさ。まあ、そんな都合よく行くわけがなくて。で、実験中、たまたま鏡に映った自分に向かってスキルをかけちゃったんだよね。そしたら、あのザマ」

「…なるほど…。スキルがハレーションを起こしてしまったのでしょうね」

「ハレーション…ですの?」

「つまり、矛盾が起きてしまってスキルの効果が極大化してしまったのですよ。元気を失うのも、病気が治るのも、どちらも自分自身になってしまいますからね」

「ああ、そういうことでしたの…」

「ねえカリラちゃん、だったら、カリラちゃんのスキルで、エレンくんの病気を治す事もできるんじゃないのかい?」

「なに? エレンは病気持ちなの?」

「ボク…ええと…。は…はい。そう…です」

「カリラさん、実は、ポートエレンさんは、私たちが想像しているよりも重い病気を患っています。少なくとも、残りの命が1年を切ってしまうくらいのね。にもかかわらず、この少年はあなたのために、その残りの命の半分をささげたのですよ」

「…そんなに悪いのに…あたしのために、頑張ってくれたんだ…。確かに華奢だし青白いし、病弱そうだもんね。よし! エレンのために、あたしがひと肌ぬいでやるよ!」

「あ、ありがとうございます! カリラさん」

「エレン、あたしの事、呼び捨てでいいよ。カリラって呼んでよ。それに同い年なんだから、タメ語で話そうよ」

「おっ! 呼び捨てしていいの? じゃあ~カリラ!」

「オジサン、あんたはだめ。あたしを呼び捨てできるのは、エレンだけ。ほら、呼んでみて? カリラって」

「う、うん。じゃあ、よろしくね…カリラ」

「ははは! そうそう。うん。よろしくね、エレン。じゃあ、あたしのスキルを発動させるけどさ、終わったあと、しばらく完全に鬱状態に入っちゃうからさ、オバサン、オジサン、あたしの心のケアをよろしくね」

「心のケア…。意外と重い事を、あっさりと言いますのね…」

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