第5話:キルホーマン…あなたには、そんな過去がありましたのね…。(その6)
「では、使用人さん。ゲームの種類を書いたカードを、私とカスクバレルさんに見せて頂けますか?」
「はい。こちらです。お改めください」
「…ありがとうございます。問題ありません」
「ワシも大丈夫だ。進めてくれ」
「はい、承知しました。では、一旦カードを伏せさせていただきますね」
「お嬢様、こちらのカードを伏せたまま、シャッフルして頂けますか? その後、お好きなカードを1枚、引いてください」
「ひ…引きましたわ…」
「お嬢様、それを表にして、テーブルに置いていただけますか?」
「え…ええ…。はい、ですわ…。ええと、これは…なんて読めばいいんですの?」
「神経衰弱…ですか…」
「神経衰弱だって? そんなのギャンブルになるのかい?」
「ラガヴーリンさん、神経衰弱は立派にギャンブルになりますよ。取り札あたりの金額をあらかじめ決めてから勝負をすることもありますし、勝敗について観客が賭ける場合もあります。胴元がいなくても勝負ができるので便利ですし、記憶力、という実力も伴いますから、とても面白いゲームなのは間違いありません」
「キルホーマン、お前の言う通りだろう。ただし、次の2つの場合を除いて、だがな。実力があまりにも偏っている場合、それに、どちらかがイカサマをした場合だ」
「ほう、カスクバレルさんは、まだ私が先代との勝負でイカサマをしたのだと疑ってらっしゃるのですか?」
「当然だ。でなければ先代が負けるはずがないからな」
「おやおや、あまり多くを語らない方がよろしいですよ。その言い方は、まるで先代がイカサマをして連勝をしてきたように聞こえますからね」
(ねえ、ゴブおじ、今日のキルホーマン、大変口が悪くなくって?)
(作戦なんだろ?)
(ほう、ゴブリン、お前にはあれが作戦に見えるのか。俺には、ただキルホーマンが本当の自分をさらけだしているだけに見えるがな)
(どちらにしろ、キルホーマンさんには負けないで欲しいです…)
(エレンくん、勝負の局面によっては大変教育に悪いから、オレが外に連れ出してあげるからね)
(そんなこと言って、ゴブおじが怖いだけではないですの?)
(オレはいつだって怖がりだよぉ…)
「カスクバレル様、カードを充分にシャッフルさせていただきました」
「よし。おい、厚化粧のお姉ちゃん。あんたがこれをテーブルに並べるんだ」
「わ、わかりましたわ…」
「お嬢様、慣れてらっしゃらないでしょうから、ゆっくりで結構ですよ」
「へっ。姉ちゃん、手が震えてるぜ」
「う、うるさいですわね…」
「おや、カスクバレルさん。お嬢様がイカサマをするのを恐れているのですか? なるほど、警戒されるべきは手慣れたディーラーよりも手が震える素人という訳ですね。さすがです」
(今のところ、キルホーマンの方が一枚上手だね)
(そうだといいがな)
「…並べ終わりましたわ…。これでよろしくって?」
「いいだろう。姉ちゃんは下がってな。使用人、お前も下がってろ」
「さて…開始の前に、合意事項を改めて確認しておきましょうか」
「もちろんだ。まず、ワシが勝った場合は、キルホーマン、お前の命を頂く」
「結構でしょう。では、私が勝った場合、この街の占い師のギルド長に、私たちに情報を与えるように圧力をかけていただきますよ」
「いいだろう。だが、それでは賭けが成立しない。お前が勝った場合、ワシの首を差し出そう。先代が命をかけたのだ。ワシが公平でない勝負をする訳にはいかない。組織の沽券にかかわる事だ」
「…なるほど…。承知しました…」
(この勝負なら、キルホーマンには伏せられたカードが全部見えるんじゃないかな? 負けることはあり得ないよね)
(だといいがな。キルホーマンは、カスクバレルが条件を変えてきた事に動揺しているように見える)
(動揺だって? なんでだい?)
(カスクバレルに、なんらかの手がある可能性を推測したのだろう。だが、どちらにしろ心理戦に過ぎん。カスクバレルからしてみれば、偏った条件を提案したキルホーマンの方がよほど怪しかっただろうからな)
「では、始めるとしよう。先手、後手はコイントスで決める」
「私はどちらでも構いませんよ」
「へっ。大した自信じゃねえか。なら、ワシがトスして文句あるまいな」
「どうぞ。お構いなく」
「…よし…。お前が先手だ…」
「…承知しました。では、私から失礼します」
(先手は有利なのかしら、不利なのかしら?)
(不利と見て問題あるまい。最初の2枚を相手に見せる事になるからな。キルホーマンにカードの数値全てが見えているのであれば、初手から取りに行ったりはしないだろう。イカサマを怪しまれるリスクを冒す意味がない)
「おっと、開始早々、私に運が味方しているようですね。最初から揃うなんて」
「…ついてやがる」
「では、遠慮なく、続けて引かせていただきますよ」
(ど、どういう事ですの!? キルホーマンってば、初手から攻めていきましたわ!)
(…裏をかきに行ったのかもな)
「…ふむ。さすがに連続では取れませんでしたね。どうぞ、カスクバレルさん、あなたの番です」
「…カリラは、先代の訃報を聞いて、随分と長い間、ふさぎこんだ…」
「おや、心理作戦ですか? 血も涙もない、私に対して」
「血も涙もないなら、ワシが何を言おうと構わんだろう。言わせろ」
「…どうぞ、お続け下さい」
「カリラは、部屋に閉じこもったまま、食事の時以外は顔を見せないようになったんだ…。チッ。そろわなかったな」
「私の番ですね。あまりおしゃべりをされますと、開いたカードの数字を見落としますよ…そろいませんでしたね」
「先代の葬式にカリラは出席しなかった。父親を殺された事が、受け入れられなかったんだろうな…。おっと…このカードは…やっぱりそうだ。これは頂きだな。そして…おお、このカードと同じ数字は、さっきお前が開いたな…。ふふふ…お前こそおしゃべりをやめた方がいいんじゃないのか? …お前の番だ」
(き、キルホーマンは大丈夫なんですの? リードされてしまいましたわ…)
(俺たちは見守るしかあるまい。ヤツなりの作戦なんだろう)
「ご存知ですか? 世界で初めてギャンブルをしたのは、占い師だそうですよ」
「へっ、それがどうした」
「明日の天気や恋占いなら、まだ可愛いものだったかもしれません。それがいずれ、一国の方針や行く末を決めるようになったわけです。残念…そろいませんでした。どうぞ、あなたの番です」
「お前の心配をする義理はワシにはない。だが、その口を閉じた方が身のためだと助言しておこう…これとこれ…そしてこれ…これとこれもそろうな…」
(かなりとられてしまいましたわ…。本当にキルホーマンの作戦なんですの?)
(占い師の話を始めたのは悪手だったな。カスクバレルの口を塞ぎたかったんだろうが、かえって動揺している事を悟られてしまった)
「キルホーマン、お前の番だぜ」
「一国の方針という事は、その国のすべての民の責任を占い師が負った、という事です。当然、外れれば、その占い師は命をとられたでしょう。もちろん、当たれば多くの富を手に入れられたのでしょうが…。おやおや、私にも運がまわってきましたね。ええと…ふむ。どうやらカスクバレルさんと同点に追いつきました。さあ、あなたの番です」
「キルホーマン、お前それで、先代が金などのために命を賭けて死んだのだと、嘲っているつもりか? だとしたら、ワシの忠誠心を侮っているというものだ。…よし、また3つそろった。もうカードも残り少なくなってきたぞ」
(あ…あと1つとられたら、もうキルホーマンには勝ち目がありませんわ…。残りのすべてのカードをキルホーマンがとらなければ…。これは演技なんですの…?)
(残念だが、キルホーマンにはカードの数字が見えていない)
(なんですって!? なぜ、それがわかるんですの?)
(この空間はスキルが発動できない。確認した。俺もスキルを発動できない。スキルを封じるスキル者がいるんだろう)
(スキルを封じるスキル者ですって? そんなスキルがありますの? それに、一体どなたが…まさか…)
(使用人の女以外に可能性はなかろう。とんだ食わせ物だったな。あるいは、酒場で話かけられた時点からすでにあの女の手中だった可能性すらある。それがわかった以上、俺はただの人形だ。遠慮なくキルホーマンの死を傍観するとしよう)
「死して転生できるのであれば、死はコメディです。恐れるに足りません。なのに、なぜ人は、こうも死を恐れ、あるいは悲しむのでしょうね」
「カリラが死んで転生すればよかった、と言いたいのか? それともお前自身の転生を夢想しているのか? さあ、カードを引け。察しているだろうが、ワシは残りのカードの半数を記憶している。あと一回お前が間違える事は、すなわちお前の死を意味する。それとも、転生するのか?」
「私たちは、転生のスキル者を探しています。でもそれは恐らく、生きている者にしか適用できないスキルです。私が死して転生するべくもありませんし、そもそも私はそれを望んでいません」
「そうか。なら訊くが、なぜお前は豪族の執事を辞め、みすぼらしい姿で旅をしている? やむを得なかったからか? 違うだろう。お前自身、転生に憧憬があったからだ」
「…なるほど…その言葉を否定してよいのか、私にはわかりませんね。ただ、言えるのは、転生は『単なる生まれ変わりではない』という事です。もしあなたが、今の私が執事を辞し、転生を夢想して第二の人生を歩んでいる、と言うのであれば、それは棄却いたします。なぜなら、過去の私も、今の私も、時間的にも物理的にも連続した私であり、どんなにそれが恥ずべきものだったとしても、過去の私がなければ今の私はないからです。たとえ転生できるとしても、私が転生前の自分を否定することは決してありません」
「キルホーマン、落ち着けって! 完全にペースを失ってるよ」
「ラガヴーリンさん、真剣勝負です。応援や助言は禁じています」
「くっ…」
「さあ、引け! お前が今から全部かっさらうか、ひとつでも間違えて俺が勝つか、だ」
「ふふ…。わかっていますよ。そして、まことに…無念ではありますが…」
「間違えちゃったのかい!?」
「キ…キルホーマン、負けてしまいましたの…? そんな…信じられませんわ…そんな…! カスクバレルさんにイカサマはありませんでしたの? ねえ、何かの間違いじゃなくって?」
「みなさん、下がってください。勝負はつきました。何人も手を出す事は許されません。カスクバレル様、お仕切りをお願いします」
「さあ、互いに命を張った大勝負なんだ。ケジメはきっちりとつけてもらおう。言え! 参りました、と」
「こればかりは…仕方ありませんね。お嬢様、最後までお付き合いできず、申し訳ありません。ご一緒できて、楽しかったですよ。ラガヴーリンさん、お嬢様や、皆さんを頼みますね。皆さん、というのには、ラフロイグさんも含まれますよ。それから、本音を言いますと、ラガヴーリンさんにあだ名をつけていただけなかったのが心残りでした」
「ホ…ホーマンくん!」
「ふふふ…。違和感ありありですね。やっぱりやめておきましょう」
「な、なんだよ!」
「グズグズするんじゃねえ。ケジメをつけやがれ」
「ええ、承知しました。では改めまして…。参りまし…」
「み、みんな! やめてよ!」
「エレンちゃん!?」
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