第一章
第一章 夏の香り
「あちぃ‥‥‥」
新太はうめき声にも近い声を上げる。
まだ五月だというのにこの暑さは異常だとも思える。
せっかくの窓際の席もこの暑さではポテンシャルを発揮できていない。
「先生~、クーラーつかんの?」
「我慢しろ、今くらいで文句を言っていたら夏は大変だぞ?」
今は岩室先生の授業中、クラスではこの暑さに文句が飛び交う。
「でもさ~、衣替えもまだでこんなに暑いと大変だよ?」
「とにかく、エアコンはつかん。授業に戻るぞー」
「うへぇ」
懇願むなしく授業が再開される。
新太にとっては二度目の授業であるため、ぼんやりと授業を傍聴していた。
えーと確か、この辺でそろそろ‥‥‥
「じゃあ、切りが良いから授業はここまでにする。来週は――」
やはり、このタイミングで先生が次回の授業の範囲と中間テストについての話をする。
二回目である新太にとっては何てことなかった。が、周りはそういうわけにはいかない。かくいう新太も以前はかなり慌てていた。
「あと、前々から言ってあったが、今日のホームルームは応援団を決めるからやりたい奴は何か言うこと考えておけよ?」
そうだった、例年この時期に幹部を決めるホームルームが執り行われ、本格的に学校全体が体育祭モードへと切り替わる。ちなみに例年、二・三年生で、この中間テストでの補習者が一番多くなるのはこれが原因である。
応援団幹部ねぇ‥‥‥。
授業が終わり、昼休みを迎えていた。
いつも通りの面子で昼食をとっていたが、話題は自然とあの話になる。
「なあ、誰か幹部やる?」
そう、幹部問題である。
「俺はやらないかな、面倒くさそうだし」
大輝の質問に、夕が答える。
「まじかー、おれはやろっかな」
まあ、大輝はそういうことには向いているだろう。
「ほう、どうして?」
一応、新太は期待しないで聞いてみた。
「そりゃあ、皆を引っ張って勝利に導きたいからだろ」
「ふーん。で、本音は?」
「幹部でかっこいいとこ見せて、あわよくば女子とお付き合いを――」
「下心まみれじゃねぇか」
コイツ、呼吸するように嘘を吐くなぁ。嘘の呼吸?
「あ、梗平はやるなよ?これ以上モテたら困るから」
「なんでだよ」
「なあ、新っちゃんもやろうぜ、一緒に幹部。掴もうぜ!体育祭ドリーム」
「なんだよそのアメリカンドリームみたいなのは」
正直、新太は困惑していた。
新太が応援団になったという事実は以前にはない。
だが、この前のデート以来、新太の中では不安が渦をまいて消えてくれなかった。
もし、新太の想像通りならば陽葵はもう――。そんな考えが心の隅から消えてなくならなかった。
けれども、まだそう決めるには早い。そうあってはならない。新太はそう考えている。
ならば、新太の優先すべきことは今までと変わらない。
陽葵は新太が応援団になること望んでいる。
陽葵がしたいことは最大限尊重してあげたい。
「……やろっかな」
だったら、答えは決まっている。
新太は幹部をやることにした。
「おぉ、新太も幹部やるのか。」
「お前のその体育祭ドリームとやらに乗っかろうかな」
「おう、俺と一緒にリア充になろうや」
「新太がやるなら俺もやろうかな」
「いくら払えば辞退してくれますか?」
こいつどこまで意地汚いんだ?
大輝が財布から五千円を抜きだそうとする。
「待て、ここは俺が‥‥‥」
大智はそう言うと苦い表情で内ポケットから一万円を出そうとする。
コイツはどっから一万円出してるんだろう。
「いや、お前らどんだけ俺に幹部やらせたくないの?」
「お前が幹部なんてやったら、俺らが霞んじゃうじゃんか」
「俺ら?」
ナチュラルに新太が加えられていた。
「まあ、一回やってみたかったていうのもあるし」
「おいおいー」
この後、暫く大輝達の抗議が続き昼休みが終わった。
新太としては、仲の良い人が応援団に固まった方がやりやすくて良いと思っていた。
まあ、人が多くて投票になる可能性もあるのでまだ決定ではないが。
もし仮に、新太が幹部になったとしたら、それは以前とは違う未来ということになる。
そうなったならば、慎重に行動していかなければならない。
「新太?次の授業行こうぜ」
「ああ」
まあなんにせよまずは、幹部になることか。
あのデート以来、新太は、どこか目標を見失ってしまっていた。
それは、『今自分がここにいる意味』を見失っていると同義だ。
もしかしたら、そんな意味を体育祭幹部に見出していたのかもしれない――。
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