プロローグ 後編
灰鹿新太(かいがあらた)は困惑していた。
なんだこれ?
頭でもおかしくなったのではないかと錯覚してしまう。
いや、だって一年前の四月だぞ?病みすぎてスマホの時間いじったのか?と考えて部屋のカレンダーに目を向けると間違えなく20○○年の四月十七日を指していた。
「なんだこれ?」
思わず声に漏れてしまう。すると、誰かが俺を呼ぶ声がした。
「新太、ごはん」
あの日以来、食事で呼ばれることもなくなっていたというのに。
謎ばかりが募っていく。
正直ごはんどころじゃないのだが、頭を整理するために、俺は久しぶりに部屋から出た。
リビングへ向かうと、まるで昨日までなにもなかったかのようにそこには朝ごはんが用意されていた。
「なあ、姉ちゃん」
「黙れ下等生物。貴様ごときが口をきいていい相手じゃないぞ」
「……」
どうしてこいつは朝からテンションが高いのだろうか?
このやけにテンションが高いのは、俺の姉である灰鹿澪(かいがみお)。二つ年上で 現在大学に通っていて、本当ならば大学二年生『のはず』だ。
「今日って、何年の何月?」
「え、無視?てかどしたん、急に?」
「いいから」
少し無下にこたえすぎたのか澪は不服そうにこっちを見て答える。
「20○○年四月十七日」
やはり、【あの日】だ。
「じゃあ、今大学何年?」
「ぴちぴちの一年生」
年も去年の年だ。去年は澪の受験があったからよく覚えている。今日が【あの日】なら、澪が大学一年生だとしても何らおかしくない。どういうことだ?
「てか、あんたどうしたの?さっきから。もしかしてまだ寝ぼけてる?」
もうこれは、家族で結託して自分を慰めようとしているとしか思えなかった。が、だとするならさすがに頭が悪すぎる。まず、普通に考えて逆効果だ。こんな事をしたら余計に考えてしまう。効率も悪い。第一、演技にしては自然すぎる。
だとするなら……。
いや、それはもっと阿呆らしい。
もう遠回しに聞くのはやめだ。
「なあ、本当は今日は20○×年で、陽葵が死んで悲しんでいる俺を見かねてなぐさめようとしている。そうなんだろ!?」
阿呆らしいけれどもこれくらいしか考えられない。だが、澪から放たれた言葉は期待外れの言葉だった。
「陽葵、誰それ?あんた本当に大丈夫?」
澪が陽葵のことを知らないわけがない。なぜなら、俺が引きこもって学校に行かなくなった理由を全て知っているからだ。
それでも信じられなかった。澪が冗談を貫いているだけのほうがよっぽど信じられたからだ。
「いやだから!そういうのもう本当にいいって。どうせ姉ちゃんのウソな――」
(今日、俳優の○○さんと女優の○○さんが結婚しました)
ニュースが俺の言葉を遮ったのと同時に、考えないようにしていたもう一つの可能性の方を嫌でも鮮明に想起させた。
なぜなら、このカップルが今後別れることを俺は既に知っているから。そして、この日にこのニュースが流れたことは強く印象に残っているから。
だからこそ、もう思わずにはいられなかった。
もう、それしか考えることができなかった。
今日が一年前の、四月十七日だということを。
「頭でも打った?もしだったら学校休む?」
「ヤスミマス」
なんだこれ?
もう絶望の淵に立っていたことなど忘れたかのように、現在置かれている状況をまとめる。
時計は九時を指していた。
もう学校には間に合わない。多分、親が電話してくれているだろう。
カレンダーや携帯、その他年月日を表示しているものは、すべて20○○年四月十 七日を表していた。そして、自分の私物は、まるで一年前と同じものになっていた。
澪だけでなく母にも確認をしたがやはり、俺の頭をうかがった。
昨日までの具合の悪さもない。
「やっぱり、戻ってるのか?」
そう結論を出さざるを得ない。
正直、未だに信じることができない。そんな漫画やアニメみたいなことが現実に起こるなんて。
だが、実際これは現実だ。
俺は、何の期待も込めずに頬をつねってみる。が、勿論痛くないはずもなく――。
この途方もない現実を受け止められずにいた。
いや、まて。今日が四月十七日だということは。
俺は慌ててスマホを開く。
そのまま、メッセージを開きトーク履歴から『ひまり』の文字を探した。
そして、それを開くとそこには、
『明日、話がある。放課後教室に残っていてくれないか?』
そう書いてあった。
そう。【あの日】の前日、俺は陽葵に告白するためにメッセージで呼び出していた。
今、俺は【あの日】にいる。
あの暗い部屋で、自分に問いながら何度も何度も行きついた【あの日】に。
だが、昨日までの無力で何もできなかった自分ではない。
少なくとも、今の自分は一年後に陽葵が死ぬことを知ってここにいる。
ならば、今の俺になら陽葵を救うことができるのではないだろうか?
未だに巻き戻っているなんて半信半疑だ。もしかしたら、これは夢なのかもしれない。或いは、実はもう死んでいて走馬灯を見ているのかもしれない。
それでも、これが幻想だったとしても、ここにいる陽葵のことは救えるかもしれない。
もう二度と、陽葵に自らの意思で命を絶ってほしくない。
だから俺がここですべきことは一つしかない。
「陽葵を救う」
それができるのは、これからの結末を知っている俺だけだ。
時刻を確認する。
時計の針は十一時を過ぎていた。
今からなら午後の授業から参加することができる。
だとするなら、陽葵を助けるために俺は、
→陽葵に告白する
告白はしないで死の原因を探る
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