モノクロの向日葵

をぱりお

プロローグ

プロローグ 前編

 今日は、彼女との一年記念日であると同時に、彼女の誕生日でもあった。高まる気持ちを抑えきれず、珍しく学校への登校を楽しみにしている自分がいた。


 「よし、じゃあそろそろ電話しよう」


 覚悟を決めて携帯に手を伸ばす。が、


 「やっぱ、もうちょいセリフを整理しよっかな~」


 こんな気持ちの悪いやり取りをかれこれ一時間繰り返していると、携帯の着信音が鳴った。

 彼女からだ。

 呼吸を整えるため、深呼吸をした。そして、その着信にこたえる。


 「はい、もしもし、新太です。陽葵?」

 「うん、陽葵だよ」


 やはり、彼女だった。携帯から聞こえた彼女の声は、震えていて、どこかつらそうな、苦しそうな声のような気がした。


 「あのさ、陽葵。今日ってお――」

 「新太君」


 それは、まるで俺の話を遮るかのように俺の名前を呼んだ。


 「ど、どうした?」


 少し驚いて、自分の言いたいことを言えず、聞き返してしまった。

 携帯越しに彼女の深い呼吸の音が聞こえた。そして、



 「新太君、陽葵達別れよ?」




 四月十七日、彼女に振られた。

 一週間が過ぎた今でも、驚きや悲しみなどが一緒くたに押し寄せ、無気力な日々がただただ過ぎ去っていった。

 今日もいつものように机に突っ伏していると、聞きなれた声がした。


 「新太、お前いつまでそうしているつもりなんだよ。いい加減うぜぇよ」


 俺の友達が声をかけてきた。こいつはそのまま続けて、


 「そりゃあ、お前に何も言わずに別れてそのまま転校なんてちょっといきなりだとおもうけどよ?でもあいつなりの気遣いなんじゃねーの?お前に気を使わせないように」


 こいつ、いつもはバカのくせにこういうときはまともなことを言いやがる。でも、そんなことは分かっている。このバカが考え付くくらいのこと俺でも思いつく。それでも、一言相談してくれても良かったんじゃないのか?とかほかの方法もあったんじゃないのか?ということを考えてしまう。

けれども、考え始めたところで思考することをやめた。自分がどんどんみじめになっていくような気がして――。


 「バカのくせに似合わないこと言わないでくれます?」


 俺は、ふざけながらも、ほんの少しだけ行き場のない感情を混ぜ込ませた。


 「なっ、新太のくせに生意気だぞ」


 コイツがスネ夫みたいなことをぼやいてどこかへ行くのを俺は見送った。

そうだ。いつまでもいじけてはいられない。彼女が俺に心配かけないようにしてくれたんだ。おれもいつまでもこんな情けない姿をさらすわけにはいかない。少しずつでも前に進もう――。そう腹をくくった。

 だが、その覚悟はこの後、無残にも引き裂かれることになる。



 それから一週間後、俺たちはある違和感に苛まれていた。それは、誰も彼女から連絡をもらった人がいないということである。振られた俺はまだしも、親友とも連絡を取ってないと聞いて、より一層不安になった。前向きに進み始めたクラスの雰囲気も淀んでいくのを感じた。クラス全体に重たい空気が流れていた。

 遂には、気持ちが入りきることなく一日が終わろうとしていた。正直、あまり授業内容を覚えていない。ただ、時間だけが無駄に過ぎていた。

 いつもなら誰かしらと帰る帰り道も、今日は、一人で帰ることにした。

 いつもなら楽しいはずの帰り道は、自分を突き放すかのように静かに感じられた。

 俺は、重たい足を引きずりながら、帰宅する。

 家は閑散とし、テレビの音だけが響いていた。

 特にやることもなかった俺は、操られるかのようにテレビの前へと足を運んだ。そして、ニュースに目を遣った。

 その瞬間、世界から音が消えた。

 




昨夜、○○市で白山陽葵さんと思われる遺体が発見されました。

痕跡から警察は自殺を視野に捜査を進めているとのことです。




 その日から、学校に行くことをやめた。学校に行くと嫌でも思い出してしまうから。

 彼女との思い出、彼女の向日葵のような笑顔を――。

 学校に行かない間、気づけば同じこと考える日々を続けていた。

 「どうして。」「なんで。」「どうして。」「なんで。」――。

 もう、決して答えが出ることのない問い。

 クラスの仲間から連絡が来ているのを虚ろに眺めた。心配の連絡の中に自分のほかにも学校に来なくなった生徒がいることが書かれていた。

 しかし、そんなことはもはやどうでもよかった。

 部屋にこもって一日が過ぎた。こんな時でも空腹感を感じる自分に嫌気が刺す。

 そんな気を紛らわせるように考えた。

 引っ越したことはまだいい。だが、どうして死を選んだのだろう。

 自分にできることは本当に何もなかったのだろうか。

 そんなことを考えてももう意味なんてないのに――。

 答えは出ないまま、また目を閉じた。

 そんな生活を始めて三日が過ぎる。

 四月の末日に差し掛かり、新太は何度も同じ問に導かれていた。


『【あの日】に戻れたらこの結末を変えられたのだろうか。』


 そんな無意味なことを考えたところで、また、気絶するかのように眠りに落ちた。

     

     

 まぶしさを感じ、たまらず目を開けた。

 あぁ、今日も目が覚めてしまった――。と、俺は思った。

 眠っている間だけは何も考えなくていいから気が楽だった。

 あれから、どれくらいたったのだろうか。起きては考え込んで寝る。という生活を送ってきたせいか、日付の感覚がなくなっていた。そして、今日も昨日と同じような生活を送るのだと思っていた。

 だが、今日はいつもと違かった。

 陽葵が亡くなってから、ろくな生活を送っていなかった。いや、そのはずだった。

 カーテンを閉め切り、食事も殆どとっていなかったはずだ。

 なのに、どうして陽の光を感じている?

 俺は、明かりのほうに目をやった。すると、閉め切っていたはずのカーテンが開いていた。それに、昨日まであった空腹感も一切なくなっていた。

 奇妙に感じて慌ててスマホに電源を入れる。普通ならとうに電源がつかないはずのスマホに明かりがつく。

 そこにはなつかしい背景と共に4月17日、7時00分の文字があった。


 「……ゆめ?」

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