第123話 酒場で情報収集する僕

 東の空のまだ低い位置に日は位置している。この時間帯は王都に物資を運び込む馬車で城門の前には列ができている。


「今から明るくなる時間ですし、王都への侵入は日が暮れてからにしますか?」


「いや、俺たちが逃げ出したことがばれる前がいいだろう。それに悪いことをするときは、正面から堂々とやる方が意外とばれないもんだ。商人と一緒に列にならんで王都に入るぞ。問題は王都に入るための証拠金がないことだ」


(確かにモーリスの言う通りだな。びびって行動するよりは堂々と行動した方が逆に怪しまれないものだ! モーリスも若いころは相当やんちゃをした口だな)


(そんなものなのかな? 親のやんちゃ話なんて別に興味ないけど……むしろ聞きたくないかな)


「ズボンに縫い付けていたお金が金貨3枚だけありますのでどうにかなると思います。父様の理論を信じて並びますか……」


 汚水で汚れた服を魔法で綺麗に洗い乾かし、城門の列に並んだ。商人たちが荷馬車と共に並んではいるがそこまで行列の数は多くない印象だ。


「グレンヴィル領が各地から物資を買いあさっているようだな。内乱が長引くようなら穀物の値段が上がるかもしれんし少し買っておくか」


「王国もテイニーからかなりの量を輸入しているようだから、そんなに値上がりはしないんじゃないか? 食料より武器や鉄、魔石の需要が高まると思うがな」


 前に並んでいる商人たちは今後の商売について話をしているようだが……


(グレンヴィル領といえばジギスマンドのところか。内乱を起こしているのもグレンヴィル領なのか? そうであればチェイスが国家反逆罪で捕まることの理由もつくな……)


(僕がクーデターや内乱を煽ったことになってるのかな? モーリスが捕まったのは父親だから?)


(恐らくそうだろうな。しかし、チェイスとアルヴィン・イースフィルを同一人物と結び付けられるのは……ルアンナ、シエル、ルタ、ジギスマンドくらいか……)


(その中だとルタしかいないよね……またルタが暗躍しているのか……内乱の裏にもルタがいるのかな?)


(その可能性もあるな。そういえば昔ルアンナが言っていたな、ユグド教国にとって、王国、連邦、帝国が国力を付けるのは驚異で、そのために3国の国力を落としているとな。帝国は王国との戦争に負けたことで大きく国力を落としているし、王国は今回の内乱でだいぶ消耗するだろう、次はユールシア連邦をターゲットにされるかもな。ユールシア連邦での工作がうまくいけば、この大陸はどうなってしまうか分からんな……)


 適当に狩りをして暮らすためにも平和な世の中が望ましいものだが……


「父様は内乱の話は知っていましたか?」


「いや初めて聞いたな。グレンヴィル領の領主が代わった話までは知っていたが……自慢じゃないがイースフィルにはほとんど情報が入ってこないからな」


 本当に自慢になることではない。確かにイースフィルではたまに来る商人が持ってくる情報程度しか入ってこないのは事実であるが……


 そうこうしているうちに僕たちの入門手続きの番になり、証拠金二人分銀貨6枚を払って王都に入った。素性がばれるかとドキドキしてしまったがなんの問題もなく入ることができた。内乱中にもかかわらず王都への入国体制の甘さ……この国の危機管理はこれで良いのかと不安になってしまう……


「久しぶりの王都だが以前と変わりないな……あそこの酒場! 狩りに出た後によく一杯ひっかけたもんだ!」

 いかにも歴史を感じる石造りの建物でお世辞にも綺麗と呼べる店ではないが、朝だというのにそれなりに人が入っている。味の期待ができる店かもしれない。

「じゃあとりあえず情報収集のために入りますか。ここ何日かろくなもの食べてなかったのでお腹もすきましたし」


「まあ、まさか脱獄囚が酒場にいるとは夢にも思わんだろうしな!」


 二人で酒場に入り、エールと肉料理を注文する。周りの客も結構酒を飲んでおり、むしろ飲まない方が目立ってしまうくらいなので、朝から酒を飲むのも仕方がない。


「いやー体が洗われるようなうまさだな! ギリベの飯もまあまあだったが、やはり飯を食うなら酒場が一番だな」


「確かにイースフィルでの食事に比べるとギリベさんの料理は美味しいとは思いますが……ずっと不思議だったのですが、どうしてイースフィルはあんなに貧乏だったんですか?」


 イースフィルの食事はとにかく質素そのもので、ほとんどが固い黒パンと肉がほんの少し入った味の薄いスープだけの食事だった。僕が魔法を覚えてからは狩りで肉を調達していたため食事のレベルはかなり改善されていたが、僕がいなくなった後は恐らくもとに戻ったのだろう。


「山が多くて開拓が難しいことや都会まで遠いこと、土地が痩せていることなど理由はたくさんあるが、一番の理由は魔力濃度が薄いことだろうな」


「そういえばそうでしたね……魔獣もほとんどいませんしね……」


 魔獣が少ないので冒険者として生きていくことも難しく、土地がない領民は生きていくすべがないためイースフィルを出るしかない。

「アルの開拓のおかげでだいぶ楽にはなったがまだまだ厳しい領地だからな。何か新しい産業でも起こせればいいんだが、俺ではそんなもの全く思いつかんしな。次の代に期待だ。うん? あれは……まずい! 顔を隠せ!」


 モーリスは誰かを見つけたようで、顔を隠すためか不自然な方向に向けてしまったがかなり不自然で余計目立ってしまっている。悪いことをするときは堂々としろの意味が少し分かった気がする。


 モーリスが視線を背けた先には、一人の男性がいた。金色の髪に整った顔立ち……その顔には僕も見覚えがあった。王都魔法騎士団副長のウィリアムだ。ウィリアムは顔を背けたモーリスにすぐに気が付いたのか僕たちの方に向かって歩いてくる。


「やあ、こんなところで会うなんて奇遇だね。君が王都に来ているとの話は聞いていたが、こんなところにいるなんてびっくりだよ」

「お前こそなんでこんな店にいるんだ? 魔法騎士団長ならもっと良い店に行けばいいだろ?」


 モーリスは顔を隠すことを止めて正面を向いてエールを飲み干した。ウィリアムはいつの間にか魔法騎士団長に出世したようだ。


「仕事終わりはこの店で飲んで帰るのが定番なんだよ。内乱のおかげで忙しくって忙しくって……不眠不休で三日は働きづめだったよ。やっと仕事がひと段落したところなんだ、暇なら一杯付き合いなよ」


「ウィリアムのおごりだからな? しかし、王国のおかげで俺らは散々な目に合っているぞ」


 モーリスがエールを追加で注文した。


「大変なのはお互い様だよ。そっちの子は……一緒にいるところを見ると息子のアルヴィン君かな? 大きくなったね。帝国との戦いでも大活躍だったんだって?」


「お久しぶりです、ウィリアム様。やはりチェイスとアルヴィン・イースフィルが同一人物だってことは王国にばれているんですね」


「最近王国ではトーマス・ディディーという名の参謀を新しく雇ったんだけど、その参謀がすごく優秀でね、特に情報収集にかけては右に出るものがいないくらいにね。すぐにユールシア連邦のチェイスとアルヴィン・イースフィルを結びつけたみたいだよ」


「まさかばれるとは思いませんでしたよ。それで僕を捕まえるために近衛騎士団長が派遣されたわけですね」


「君が王国に来るという情報は入っていたからね。しかし、近衛騎士団長は強かっただろう?」


「強い剣士ってだけでも厄介なのに魔法まで使えるんですから……まともにやりあっても勝てる気はしませんよ」


 本当にできればもう二度と戦いたくない相手である。


「それで、俺まで捕まった理由はなんだ? 連座か?」


「表向きの理由は連座だけど、万が一近衛騎士団長が負けちゃったときのために捕まったみたいだよ。どうやって牢から抜け出したかは分からないけど、そのまま牢でじっとしてればすぐに釈放されたのに……」


 釈放されるはずだったモーリスを巻き込んでしまったことになる……若干申し訳ない。


「僕はどうなる予定だったのですか?」


「王としては王国側に寝返らせたかったみたいだよ。それがダメなら処刑だったと思うけど。アルヴィン君は味方であればこれほど頼もしい存在はないけど、敵側にいるとこれほど恐ろしい存在はないからね」


「アルが簡単に寝返るとも思わんし、俺だけ釈放されるよりは一緒に逃げてよかったよ。それで、魔法騎士団長としてはどうするんだ? 俺たちをもう一度捕まえるのか?」


「王からの命令があれば捕まえることになるけど、今、僕は休みだからね。トーマス参謀にばれて後で怒られる気もするけど……」

 さすがに僕たちを売り渡すようなことはしないようで少し安心した。


「ところで今王国では何が起こっているんですか? ジギスマンドさんが内乱を起こすなんてとても思えないんですが……」


 ウィリアムは説明しづらいのか複雑そうな顔をしている。


「色々と不幸な偶然が重なってね……恐らく今でも王もジギスマンド侯爵も内乱を止めたいんだと思うけど、領民や他の貴族、その周りがそれを許さないんだ。まだまだこの内乱は長引きそうだよ」


「そうですか……もう一つ教えてください。近衛騎士団長は今どこにいますか? 僕の婚約者が一緒にいるようでして……」


「近衛騎士団長の家は貴族街南部だけど、今は警備もかなり厳しくなっているし貴族街に入るのは難しいだろうね」


 王都は二つの城壁に覆われており、内側の城壁の中が貴族街となっていて、当然警備も市民街と比べて厳しくなっている。


(下手に貴族街に侵入して見つかりでもしたら、騎士団がわらわらでてきそうだしリスキーだな……)


(いくらモーリスがいても騎士団が何人も出てくるとどうしようもないもんね)


「そうなれば探し出すのは難しいですね……何か良い方法はありませんか?」


 ウィリアムは少し考えたあとモーリスの方に顔を向けた。


「アンジェラさんに頼んでみるのはどうかな? 完全に信用できるわけじゃないけど、全く手掛かりがないなら頼ってみるのも一つの手かもよ」


「アンジェラのばあさんか……あのばあさんまだ生きているのか? アンジェラの占いは当たるときは当たるが、当たらないときは本当に当たらないからな」


「占い師の方ですか?」


「ああ、王都では、いや、下町では有名な占い師でね。当たるときは雪原に落とした綿でも見つけることができるくらいすごい人なんだよ」


「外すときは全く見当違いな外し方をするけどな。だが、今の状況ならアンジェラのばあさんに頼むしかないな。今も昔と同じ場所でやっているのか?」


「ああ、まだ亡くなったって話は聞かないし、昔と同じ変わらずスラム街でやっているはずだよ」


「そうか。よし! アル早速行くぞ。ウィリアム正直助かったぞ。今日はウィリアムのおごりだが、今度俺が王都に来たときはおごってやるよ」


「ああ、期待しないで待っているよ」


 僕とモーリスは席を立ちスラム街へと向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る