第121話 下水道を進む僕
水は思っていたよりは暖かかったが、それでも今は真冬、水につかっていると体温が奪われていくのを感じる。
(感度は悪いかもしれんが探査魔法を常に使っておけよ。いつ魔獣と遭遇するか分からんからな)
オッ・サンの言うとおり水の中での探査魔法の感度はかなり悪かった。だが、なんとか数メートル先程度であれば分かるような状況だ。
僕は魔法を使えば水中でも酸素を取り込むことができるため、ある程度の時間は潜っていられるが、モーリスは強化魔法を使っても五分程度が限界とのことだ。下水道とつながっている横道が数百メートル程度であればなんとか通過できそうであるが、途中で魔獣などが現れたら非常にまずいことになる。
探査魔法が使える僕が先導する形で横穴に入っていく。横穴は高さ三メートルほどあり、充分な広さがある。
百メートルほど進んだ先で何か大きな生き物がこちらに向かってくるのを感じた。大きさ一メートルほど……恐らくネズミ系の魔獣であろう。横穴の中は真っ暗なため僕が光魔法で光源を作っている。魔獣はその光を見てこちらに向かってきたのだろう。
モーリスも近づいてくる魔獣に気が付いたようで、ミスリルの棒を腰から抜いて僕に下がるように合図をする。
魔獣もこちらの存在に気が付いているようでモーリスにまっすぐ向かってくる。モーリスは軽く腕を引くと、すさまじい勢いでミスリルの棒を魔獣に向かって突き刺した。ミスリルの棒は魔獣の頭を貫いたようで全く動かなくなってしまった。あたり一面が魔獣の赤い血で染められていく。
モーリスが先に進むぞとの合図を出したため、それに従い、今度は僕がモーリスの後ろを追いかけていく。
幸いなことに二百メートルほど進んだところで抜け出すことができたようだ。
「とんでもない臭いだな……魔獣もあちらこちらにいるし油断するなよ?」
「ええ、とにかく水の流れに沿って行きましょうか。いつかは川か海にたどり着きますかね?
下水道も高さ三メートルほどあり、汚水が流れる水路の両脇には一メートルほどの通路も設置してあり問題なく行動できる。
「予想以上に広いな……汚水を流すだけならこんなに広く作る必要はないと思うが……何か別の目的があるのか?」
「最先端の下水道としてはこの規模が標準なようですよ。汚水の中を見て下さい、半透明のぶにょぶにょが壁中に引っ付いているでしょう? あれが汚水中のエネルギーを元に増殖するスライムという魔獣です。スライムが汚水を綺麗にして、スライムをネズミやローチ系の魔獣が食べることで下水道内の食物連鎖が出来上がっているんですよ。ちなみに増えたネズミやローチ系の魔獣は定期的に冒険者によって狩られています。下水道は冒険者が狩りやすいように広い空間になっているとのことです」
オリジンで下水道の設置をしているときに僕もモーリスと同じ疑問を持って聞いてみたのだ。スライムが存在することにオッ・サンはすごく興奮していたが、実物を見ると一気に興味をなくしてしまった。スライムは魔獣といっても壁に張り付いているだけでほとんど身動きしないから面白くないのは仕方がない。
「アル……昔から賢かったが、しばらく見ない間にまた賢くなったな……」
「今開発している町の下水道設備を作るときに教えてもらいましたからね。いつかはイースフィルにも下水道を導入できるといいですね」
イースフィル程度の人口規模であれば、汚水は川に垂れ流しでも問題はないが、ある程度の人口規模になれば河川の汚染を防ぐために何らかの汚水処理施設が必要になってくる。
「何百年後の話か分からんがな……しかし、アルもイースフィルを離れて色々とやっているんだな。やはりイースフィルで生活するよりは外に出てよかったな」
確かにイースフィルに閉じこもっていてはできないことを沢山経験できた気がする。結果論の話にはなるがルタに一度殺されたことも悪いことばかりではなかったのかもしれない。
久しぶりの会話を楽しみながら歩いていると突然モーリスが声を上げた。
「魔獣が来るぞ! 青の毛が気持ち悪いな……」
「通称、青デブネズミですね。下水道で一番多いタイプです。速さは大したことありませんが万が一噛まれると病気になる可能性が高いので気を付けてください」
毛皮はゴワゴワとした薄汚い青色で、肉は臭い脂ばかりで、毛皮としても肉としても全く需要がない最悪の魔獣である。燃料になら使えるかと一度油を搾って燃やしてみたことがあるが、とんでもない臭いがあたり一面に巻き散らかされたため燃料として使うのもあきらめてしまった。青デブネズミを討伐した後は、下水に投げ捨て、スライムに処理させるのが鉄則だ。
青デブネズミを処理したと思ったら続いてピンクローチが現れた。ピンクローチは臭くて食べられないだけならまだしも、臭い体液をまき散らすうえに油だらけの体を切り裂くと剣がすぐにダメになることから、これまた冒険者から人気がない魔獣だ。見た目が最悪に気持ち悪いのも人気のない理由の一つだ。
まともに相手にするのは面倒なため、襲ってくる魔獣は土魔法で貫いて倒しているが、あたり一面に刺激臭の伴う臭いが充満してしまっている。
「強くはないがあまり相手にしたくない魔獣だな……できれば自分の剣では切りたくないな……」
襲ってくる魔獣を倒しながら先に進むとようやく出口の光が見えてきた。
「結構頑丈そうな鉄檻だが……これは外に出られるのか? どこか他を探すか……」
「僕が魔法で切り裂きます。魔獣はあふれ出るでしょうけど多少混乱してもらった方が僕たちも逃げやすいですし……」
下水道は外の川につながっている。ここまで来ると汚水からはほとんど臭いがせず、かなり浄化されていることがわかる。
鉄格子を切り裂き外に出ると、地平線の先まで広がる耕作地が広がっていた。
「この広大な畑は……やはり王都周辺のようだな。あの北側の城壁が王都か……」
「あれが王都……さすがに大きいですね……オルレアンと比べても全く遜色がありませんよ」
「アルはフレイス共和国にいたのか。俺は王国の外に出たことはないが、若いころは王都で学んでいたこともあってな。少し懐かしい気分だ」
「父様が王都にですか……その割には下水道の仕組みとか全く知りませんでしたよね」
「そんなところ全く興味がなかったからな。冒険者の仕事も何回かしたこともあるが、下水道での狩りの仕事なんか気にも留めなかったよ」
まあ、確かに下水道での狩りは本当に食い扶持がないような最底辺の冒険者が行う仕事で貴族の子供がするような仕事ではないから知らないのも仕方がない。
「父様はこれからどうしますか? イースフィルに戻るのかどこか別の地に行くのか……」
「俺は一旦イースフィルに戻る。リリーが面倒を見てくれているとは思うが、ルーナのことも心配だからな」
「ルーナ? 父様の新しい妻ですか?」
「そんなわけないだろ! そういえば言っていなかったな。アルがいなくなってから出来た子供、アルの妹だ。もうすぐ3歳になるがとてもかわいいんだ」
「意外と母様と仲が良いのですね……僕としては複雑な気持ちですが……それにしても妹ですか……僕も一目見てみたいですね」
「まあ、アルがいなくなって寂しかったというのもあるが……とにかく、ルーナをイースフィルに置いておくのは不安だ! 一度様子を見てどうするかを決める」
「分かりました。僕はシエル、婚約者が近衛騎士団長と一緒にいるようなので救出に行ってきます。なんとか僕を取り返そうと動いていると思うんで放ってはおけませんので」
「いつの間にか婚約者か……本当に大きくなったな。よし! 俺の方は急ぐことはないからな、俺も一緒に行くぞ!」
「それは心強いです! 先日も一対一で負けちゃいましたから……」
「近衛騎士団長だからな……噂では歴代の騎士の中でも一、二を争うとの話もあるから負けるのも仕方ないな」
剣士としての腕も凄まじかったが、魔法の実力もかなりのものだった。もう一度戦ったとしても勝てる望みは薄い。だが、モーリスが前衛で戦ってくれれば充分に勝機はある。
「では早速王都に侵入して情報収集と行きましょうか!」
「王都の地理に関しては任せておけ! 若いころ遊びまわったからな!」
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