第99話 恐怖を与える僕
『リンドブルム』を集落の近くに止めて、オーガの里に徒歩で近づく。集落は木の柵で囲まれており、門には二人のオーガが見張りに立っていた。
「何者だ? 里にヒュムの立ち入りは認めていない」
オーガ二人は槍を構えて問いかけてくる。
「人を探している。サマケット侯爵領の馬車が今日この里に来なかったか?」
「お前に答えてやる必要はない。去れ」
魔法を使って強行突破を試みようとしたが、エイブラムによってさえぎられた。
「こいつの婚約者がさらわれてしまって少し興奮しているんだ。申し訳ない。ユートピア子爵領オリジン町長のエイブラムだ。こっちは子爵代理のチェイスだ。すまないが少し話を聞かせてもらえないか?」
エイブラムが落ち着いた態度で対応をしたところ、門番二人は槍を下した。
「チェイス? 王立学園のチェイス殿か?」
「もう卒業しましたが、王立学園には通っていました」
「分かった。通れ。サマケット侯爵領の馬車は数時間前に里に入った。今はラーガ様が応対しているはずだ。ラーガ様もチェイス殿が来たと知ったらお喜びになるだろう」
(ラーガって昔助けたオーガか。ここがそいつの里とはこれは運が良かったな)
(オッ・サンの一日一善運動がこんなところで役に立つとはね……)
門番に案内され門を通ってオーガの里に入った。里にある建物は木造の簡素な建物だらけだ。文明のレベルとしてはさほど高くはないのかもしれない。里の中央には周りより巨大な建物が見えるが恐らくそこが族長の住まいなのだろう。その前にはサマケット侯爵領の家紋が入った馬車が停まっている。
「族長失礼します。客人を連れてまいりました」
門番のオーガに案内されるままに部屋に入ったところ、門番のオーガ以上に巨大な男、ラーガ・リューガとその妻マーナがサマケット侯爵領の兵士をもてなしているところだった。
一瞬ラーガの顔がこわばったが、僕の顔を見た途端笑顔を見せた。サマケットの兵士たちはぎょっとした顔をしてこちらを見ている。兵士の格好をしているが、そのうちの一人は見知った顔であった。
「大きくなったな。その節は世話になった。今日は何事だ?」
ラーガは僕のことがすぐにわかったようだ。
「私の婚約者がさらわれたみたいで探しているところです。周辺の馬車すべてを調べているところですが、サマケット侯爵領の馬車も調べさせてもらってよろしいですか?」
「私は構わぬがサマケットの者たちはどうだ?」
ラーガがにらみつけるようにサマケットの兵士に尋ねる。
「馬車には重要な物資が詰められていますので申し訳ありませんがお見せすることはできません」
兵士の格好をしたグレッグ・サマケット、サマケット侯爵の息子が答える。
「なあに、何が入っていたとしても他言はしませんよ。シエル以外でしたらね」
魔力に負の感情を乗せてグレッグに叩きつけるが、グレッグはこの数年で身体強化なり魔法なりを習得したようで、以前のように威圧されて倒れこむようなことはなかった。
「エイブラム様、私は馬車を見てきますのでこの場を頼みます」
「待て!」
グレッグとその脇にいた兵士二人が剣を抜き切りかかってくるが、いつの間にか僕の前に立っていたラーガに殴り飛ばされてしまった。
「私の前で恩人に手を出すとは良い度胸だ。命を持って償え」
「ありがとうございます。でもまだ犯人と決まったわけではありませんし、殺さないでください」
万が一こちらの勘違いだった場合は殺すわけにはいかないし、犯人だった場合はラーガに殺させるわけにはいかない。
「ここは私が見ておくから早く積荷の確認をしてくるがいい」
ラーガにお礼を言って外に出て、停めてある馬車の積荷を確認した。
「シエル!」
馬車の中には鎖につながれて虚ろな目をしたシエルがいた。何か薬でも飲まされているのかもしれない。シエルの自由を奪っている鎖を魔法で切り裂き、抱き上げる。
「エイブラム様、目は開けていますが意識がないようですが、何か分かりますか?」
エイブラムがシエルの様子を見て頷いた。
「恐らく魔薬で意識を混濁させているんだろう。時間が立てば元に戻るはずだ」
僕は安心してホッとため息を吐いた。
「良かった。しばらくの間シエルをお願いします。後始末をしてきますので」
シエルをエイブラムに預け、ラーガの屋敷に戻った。エイブラムは今日何度目か分からない深いため息を吐きながら見送ってくれた。
「戻ったか、どうであった?」
「ありがとうございます。おかげで無事発見できました。その三人は私が頂いてもよろしいですか?」
「好きにしろ。だが、こやつは侯爵の息子、殺せば面倒なことになるが……まあ、今後戦力が必要ならオーガも手助けしよう」
「お心遣い感謝します。そのときはまた相談させてください」
ラーガはにやりと笑って自らの椅子に座り込んだ。
「さて、君たちには色々と聞きたいことがある。何が最後の言葉になるか分からないから気を付けてしゃべるように」
魔剣を抜きグレッグの顔の前に突きつける。既に先ほどのラーガの一撃でかなりの傷を負っているようで動くこともままならないだろう。三人とも真っ青な顔になり小刻みに震えている。
「まず、一つ目の質問だ。シエルの誘拐はグレッグが主犯なのか、それともまだ後ろに誰かいるのか、どっちだい?」
グレッグの後ろに座る兵士に尋ねる。
「何のことだ! 私は何も知ら………………」
後ろの兵士の首を魔剣で跳ね飛ばした。本当によく切れる剣だ。身体強化の使えない僕でもなんなく首をはねることができる。
「発言には気を付けろと言っただろ? もう一度聞こう。シエルの誘拐の主犯は誰かな?」
「グレッグ・サマケット様とその父デンゼル・サマケット様です」
後ろにいた兵士は震えながらもなんとか振り絞って答えた。
「グレッグ、間違いはない?」
グレッグは何も言わずにうつむいて震えているだけだ。
「正直に答えてくれたら悪いようにはしないよ。グレッグ君、さあ、僕の目を見て。今回の件、君とその父の命でシエルの誘拐が行われたってことで間違いはないよね?」
グレッグは僕の目を見て頷いた。
「頼む! 俺が悪かった! 命だけは助けてく……」
懇願するグレッグの首を先ほどの兵士と同じように跳ね飛ばした。
苦しませずにひと思いに殺っただけ感謝して欲しい。
「君は二人の首をサマケット侯爵に届けてもらっていいかな? 五日……時間を上げるから、それまでにデンゼル・サマケットの首をオリジンまで届けて欲しいんだ。そうすれば今回の件は水に流そう。もし五日以内に首が届かない場合は、僕がサマケット領まで出向かせてもらうよ」
二人の首を拾い上げてまだ生きている兵士に渡した。兵士はなんとか立ち上がり部屋を出て行った。
「部屋を汚してしまってすみません。どうにも我慢ができなかったもので」
剣を鞘に納めラーガに謝罪する。
「構わん。家族がさらわれれば私も同じようにするだろう。サマケットはなかなか手ごわいぞ。五日後か……チェイス殿のためとあらばオーガも兵を上げるがどうする?」
「お願いします。ただ、僕が攻撃するまでは手を出さないでください。それでは、準備もありますのでこれで失礼させていただきます」
「分かった。では、サマケットでまた会おう」
ラーガの屋敷を後にしてエイブラムのところに戻った。まだシエルの意識は戻っていないようだ。
「サマケット卿の息子を殺ったみたいだな……間違いなくサマケットと戦争になるぞ。議会も黙っていないだろう」
「領地の一つや二つ程度、僕一人で相手をしますのでご心配なく。それより早くシエルの治療がしたいのでオリジンに戻りましょう。帰りは少しゆっくり戻りますよ」
「それは助かる……」
エイブラムからシエルを受け取りオーガの里を後にした。
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