第69話 うわさが広がるのを食い止められない僕

 騎士団との演習が終わって数日後には案の定、新しい噂が町中に流れていたようで、そのことをうちに遊びに来ていたモニカとビリーが嬉しそうに報告してくれた。


演習の後はモニカとビリーは僕に話しかけてくれるようになり、学園が終わった後、毎日のように僕の家に入り浸っているのだ。今はシエルとクリス、エリーを含めてお茶をしているところだ。


「今思いだしても先日の演習は大変だったな。オーガは出るは、キングウルフは出るは、チェイスがいなかったら死んでたぞ。そういえば結局チェイスは演習で何単位貰ったんだ?」


 ビリーがしみじみと語る。


「演習参加、騎士団援護、魔獣討伐で三単位もらったよ。ワルター班長は十単位くらい上げろって学園に申請したみたいだけどさすがに却下されたみたい」


「そういえば魔王チェイスがオーガすらも支配下に置いたって噂が流れているらしいよ。ほんとチェイス君は町中の人気者だよね」


「おれが聞いたのは、魔王チェイスが世界征服のための軍団を作っていて、騎士団とオーガの軍を手に入れたって噂だったな」


 モニカもビリーも楽しそうに話しているが、いろいろと間違っている気がする。僕が魔王という話は定着してしまったのだろうか……


(グレッグはちゃんと締めたのにな……グレッグが大と小を漏らしながら謝る姿は今思い出しても笑えるよな。まあ、変な噂の源はグレッグだったんだろうが、町中がチェイスのことに興味津々でいろんな噂が飛び交っているんだろう。前の噂より多少マシになっているし良しとするか)


「ご主人様は人気者なのですか?」


 エルフのエリーはきちんとご飯を食べるようになったことからか、最近少しは少しふっくらしてきたようだ。ガリガリだったころに比べてかわいくなったと思う。


「町中のみんながチェイス君の話をしているからね。すっごい人気者だと思うよ。シエルにとっては不満かもしれないけど」


 エリーは嬉しそうに笑っているが、確かにシエルは少し不満そうにしている。


「さすがに婚約者に変な噂ばかり流れていたら嫌だよね」


 シエルの方を見て話しかける。


「チェイス君はいろいろと目立っているし、変な噂が流れても仕方がないよ。チェイス君が優しいのは知っているから大丈夫」


「シエルはチェイス君がモテていることが不満なんだよ。男の子は変な噂を楽しんでいるだけだけど、女の子はチェイス君の第二婦人の座を狙っているからね」


 モニカがにやにやしながら僕とシエルの方を見てくる。


「第二婦人を取る気はないんだけどな……」


「チェイスは甘いからな。すぐに付け込まれて二人目、三人目と婚約者を増やしそうだ」


 クリスも面白そうに話す。


「私もそれが心配で……別に何人婚約者を増やしてもいいけど変な子だと嫌だから、増やすときは事前に相談してよ?」


 クリスの言葉にシエルがため息を吐きながら答える。


 だんだんと居心地が悪くなってきたので、エリーと一緒に奥の工房に逃げ込んだ。エリーに任せている味噌の製造実験も順調に進んでいるがまだまだオッ・サンの評価に叶うものではないらしく改良を行っているところだ。


「このあたりはだいぶ発酵が進んでいるようだしちょっと味見してみようか」


 小樽から味噌を少し取り口に含んでみる。


(なんか違う気がするんだよな……麹や発酵期間のせいなのか材料に問題があるのか分からん)


(僕は充分美味しいと思うけどね。もうこれで完成でいいんじゃないの? )


(いや、ここで妥協はできんぞ! 他はともかくとして食い物に関しては納得のいくまでやるからな!)


「いかがですか? 材料の割合を変えたり、麹も改良しているのですがあまり変化はないのです」


「良くなってきていると思うけど、まだまだ改良できそうだから今までどおりいろいろと試してみてよ。エリーもこの作業はだいぶ慣れてきたみたいだね」


 エリーは既に文字も書けるし簡単な計算もでき、物を覚えるのもとても速い。工房での作業もその他の家事も既に卒なくこなせるようになっている。


「はい。家事も工房での仕事も楽しいですし、ご飯もおいしいですし、皆さんも親切にしてくれるので毎日とっても楽しいです」


 エリーが満面の笑みを浮かべて話すエリーはとてもかわいい。娘を持った父親はこういう気持ちなのだろうかと思ってしまう。


「それならよかったよ。だいぶ生活に余裕も出て来たみたいだし、空いている時間に魔法を教えようと思うんだけど大丈夫?」


「ご主人様が教えてくれるのですか!? 是非お願いします!」


 エリーが目をキラキラさせながら喜んでいる。


「エリーにも国立学園に通ってもらいたいと思っているし、二年後の国立学園合格目指してしっかり教えるからね! シエルやクリスにも時間があるときに教えてもらえるように頼んどくよ」


「ご主人様と同じ学校に通うのですか? 奴隷のエリーにはもったいないと思います……」


 珍しくエリーの表情が暗くなった。


「奴隷解放できるだけのお金はすぐに溜まると思うからエリーはすぐに奴隷じゃなくなるよ。もし学園に通いたくなかったらエリーが好きなようにしても大丈夫だからね」


 なぜかエリーは俯いて涙を流している。


「エリーは奴隷のままでいいのでご主人様とずっと一緒に居たいです。なんでもするのでエリーのことを捨てないでください」


 奴隷から解放されるのが嫌なのだろうか……僕から捨てられると思ったのか……エリーはボロボロと涙を流しながら訴えかけてくる。


「エリーのことを捨てたりしないから大丈夫だよ。エリーが一緒に居たいならずっと一緒に居てもいいからね。でも僕にも何があるか分からないからエリーには一人で生きていけるだけの能力は手に入れて欲しいな」


 エリーを抱きしめながら落ち着かせる。


 エリーは本当に娘みたいだと思う。

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