35.おまけ編 触れ合いですらないきっかけ

 あたしが高等部に上がってすぐのこと。

 球技大会が行われることになった。新しいクラスの人達との親睦を深める目的があるのだとか。楽しそうに騒いでいる男子達はもう仲が良さそう。

 でも球技大会は一年生だけじゃなくて、二年生や三年生の上級生も参加する。年下のあたし達が簡単に勝てるものではなかった。


「負けちゃったー」

「あとちょっとだったのにねー」

「惜しかったねー」


 クラスのみんなで慰め合う。まあこんなもんだよねー……。

 早くも試合に負けたあたし達は他の競技の応援に行くことにした。男子も女子もいくつかの球技に分かれている。


「ねえねえっ、男子の応援に行こうよ!」


 友達の一人がそう提案した。

 とくに観に行きたい試合があるわけでもなかったので考えもなく頷いた。

 女子グループで固まって体育館に移動する。試合には負けたけど、友達と仲良くなれたからいいかな。

 様々な球技が行われている。今あたし達が向かっている体育館では男子がバスケをしていた。


「バスケは深沢ふかざわくんが出てるんだよね」


 その情報にみんなが色めき立つ。

 深沢くんはクラスで一番格好いいとうわさされている男子だ。背が高くて運動もできるらしい。あたしが知っているのはそれくらいかな。


「深沢くんが出てるなら早く行かなきゃね。みんな急ごうよ」


 みんなの雰囲気に乗ってそんなことを言ってみる。言葉は間違えなかったみたいで、あたし達は小走りで目的の体育館へと急いだ。

 体育館にたどり着くと盛り上がっている声が聞こえてきた。観客は思ったよりも多い。


「やばっ。あの人も格好いい」

「背が高くて運動できる男子っていいよねー」

「あの先輩彼氏にしたーい」


 二階の観客席から試合に出ている男子を見ては黄色い声を上げる。あたしはそれに笑顔で対応する。

 スポーツって活躍している人がとてもキラキラ輝いている。それに魅了されるのは自然な感情だ。

 それはプレーしている人達ほど感じられるのかもしれない。

 一般的な体育のレベルで、バスケのような球技だと点を入れる人が限られてくる。それはもちろんキラキラ輝ける人。そんな人にボールが集まるからさらに注目を集めていく。

 パスを出した人、ディフェンスをがんばった人。様々なことでチームに貢献したとしても、一番輝いた人ばかりが評価される。


「きゃー! あの先輩またシュート決めたわ!」


 これが当たり前の評価。そうして決められた人ばかりが喝采を浴びるようにできている。

 みんなが盛り上がっている中、あたしは一歩退く。


「琴音?」

「……お姉ちゃん?」


 気づけば隣にお姉ちゃんがいた。


「え、藤咲先輩?」

「マジ? ものすっごい美人なんですけど……」

「髪長くて超綺麗……肌きめ細やかすぎ……」


 お姉ちゃんの存在に気づかれただけでこの騒ぎ。周囲の注目が当然のように集まる。

 藤咲彩音。みんなが憧れる女の子。それがあたしのお姉ちゃんだ。

 観客席にいる人だけじゃなく、試合中の男子達ですらお姉ちゃんの方を向いている。こんな光景を、あたしは見慣れてしまっていた。


「お姉ちゃんはどうしてここへ?」

「クラスメートの応援に来たのよ」


 ほら、とコートを指差す。お姉ちゃんに見られているとわかってか、男子が今までよりも張り切ってプレーする。

 体育館が異様な雰囲気へと変わった。それがたった一人の女の子の存在からって、見慣れたとはいえ変な感じは変わらない。

 お姉ちゃんのクラスの人達は順調に勝ち進んだ。みんなが騒いでいた先輩男子はお姉ちゃんのクラスの人だと知った。

 背が高くて運動ができて顔も格好いい先輩。それでもお姉ちゃんと並べばかすんでしまうだろう。


「ね、ねえ、琴音ちゃんは藤咲先輩の妹だったよね?」


 そんなキラキラ輝いている姉と比べられ続けるのは、けっこうしんどい……。


「ほら、みんなが応援しなかったから深沢くん負けちゃったよ」

「あっ、あー……残念」

「でも深沢くん一年だけど先輩相手にもがんばったよね」

「そうそう、惜しかったって」


 あたし達のクラスの男子は深沢くんばかりの応援だった。声には出せなかったけれど、ちゃんと他の人もがんばっていた。

 そうこうしていると、お姉ちゃんのクラスの試合が始まった。


「あ、あのっ、……あの先輩のお名前を教えてもらってもいいですか?」


 友達の一人がお姉ちゃんに話しかけた。他の子は緊張した面持ちで見つめている。

 あの先輩……。お姉ちゃんのクラスの男子で、格好良くて一番シュートを決めている人だ。みんながそう言っていた。


「あれは岡田おかだくんね」

「へ、へぇー……藤咲先輩は岡田先輩と仲良かったり?」


 お姉ちゃんに見つめられるだけで彼女の緊張が強まった。


「いいえ、特別仲が良いというわけではないわね」

「そ、そうなんですねっ」


 声が裏返りながらもこっそりガッツポーズしていた。もしお姉ちゃんがライバルだったら簡単に諦めていたのかもしれない。


「「「岡田先輩! がんばってぇーー!!」」」


 友達は声をそろえて声援を送る。その岡田先輩は慣れたように手を挙げて応えた。


「琴音のクラスは負けてしまったようだけれど、他の球技の応援には行かないの?」

「うん。みんなバスケの試合が観たいからね」

「そう……」


 みんな応援に夢中だし、あたしが休憩していても気にしないだろう。

 応援に混じらずぼーっと試合に目を向ける。上級生同士の試合だからか迫力が違っていた。


「……」


 彼の存在に気づけたのは奇跡的だったのかもしれない。

 相変わらずシュートを決められる人ばかりが目立っていて、岡田先輩なんかはその中でも一番活躍しているように観られているだろう。

 チームの誰もが岡田先輩にパスを出していて、どんなにマークがつけられようとも変わらない。強引にパスしても決められる力が先輩にはあったから。

 でも、あたしは岡田先輩とは別の人に目が離せないでいた。

 決して目立っているわけじゃない。だけど、みんなが面倒で諦めてしまうこぼれ球を確実に取ってチームに貢献している人がいた。

 その人は背が高いわけでもなく、運動ができるって感じでもない。失礼ながら華やかさとは無縁の外見だと思った。


「ヘイパス!」


 岡田先輩がパスを求める。先輩にはすでに二人もマークがついていた。

 彼はそれを気にしたのか。他の男子にパスを出した。ノーマークだったから簡単にパスが通った。

 普通の状況なら何もおかしなプレーではない。でも、ずっと岡田先輩にばかりパスが集中していたことを思えば異常だった。

 この空気に逆らったプレーをできる人が、この場にどれだけいるのだろうか? 素人には難しい。あたしはそう感じた。

 彼はその後も岡田先輩にパスを出さなかった。

 そのおかげか岡田先輩へのマークが緩んでいった。得点源が抑え込まれることなく、お姉ちゃんのクラスは勝利した。


「やばいやばいやばい! 岡田先輩格好良すぎ!」

「岡田先輩のおかげで勝ったようなもんだもんね!」


 こういった評価が当たり前で、誰もがキラキラ輝いている人からは目を逸らせない。

 だから、そんな注目されている岡田先輩を一切気にせず、自分の仕事をこなした彼が本当にすごいと思った。


「お姉ちゃん……あの人……」


 横を向けばお姉ちゃんの姿はなかった。勝った男子を褒めてあげに行ったのかもしれない。


「……あの人の名前、聞きそびれちゃったな」


 キラキラ輝いたりしない彼の小さな貢献は、あたしの中で確かな存在となっていた。

 さっきはどんな気持ちでプレーしてたのか。どんな考えがあったのか。彼の口から聞いてみたかった。

 あの先輩と話してみたい。ただの興味かもしれないけれど、彼と接してみたいと思ったんだ。


 それがまさか、その彼があたしを脅して彼女になってくれと言うだなんて、この時のあたしは思ってもみなかったんだ。


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