34.おまけ編 彼女持ちとなった俺、初めての夏休みを迎える

 夏休み。彼女ができて初めての長期休みを迎えた。

 学生最大の長期休暇である。遊園地に映画館、動物園に水族館、海や山もいいよな。もちろん夏祭りは欠かせない。夏はデートスポットが目白押しだ。どこへ行こうかと迷ってしまう。嬉しい悲鳴ってやつだね。


「は? 祐二先輩、何言っているんですか?」

「え?」


 夏休みのデートプランを話し合おうと、正真正銘俺の彼女である琴音ちゃんに切り出してみた。

 しかし返ってきたのは冷ややかな目。あれ、恋人に向ける目じゃないですよ?


「祐二先輩はわかってないようですね。むしろ危機感なさすぎてあたし心配ですよ」

「え、何が?」


 マジでわからん。俺ってば何かやっちゃった?

 疑問が顔に出たからなのか、琴音ちゃんは頭を抱えた。頭痛だろうか。夏風邪はバカが引くと聞くし、琴音ちゃんには健康でいてもらいたいものだ。


「祐二先輩には受験勉強があるでしょ!」


 な、なんだってぇーーっ!?

 よく考えなくても俺は高校三年生。大学受験を控えた受験生であった。


「でもせっかくの夏休みだし……琴音ちゃんと遊びたいし……初めて彼女ができてからの夏だし……」

「そ、そんな顔しないでくださいよ。あたしも勉強見てあげますから」


 後輩にこんなことを言われてしまうとは……。先輩としてのプライドがない俺に恥ずかしく思う心はなかった。彼女といっしょに勉強ってのもいいシチュエーションだよな。

 そんなわけで俺が考えたデートプランはことごとく却下された。悲しい。



  ※ ※ ※



 夏休み初日から俺の家で勉強することになった。

 琴音ちゃんも俺の家に来て自分の課題を片付けている。


「それはいいんだけどさ」

「なんですか?」

「なんでまたメイド服?」


 琴音ちゃんは俺の家に来てすぐにメイド服へと着替えてしまった。しかも髪型をツインテールから三つ編みを混ぜたサイドテールに変えてきた。けっこう印象が変わるなぁ。


「祐二先輩が……」


 琴音ちゃんがはっとして、咳払いをしてから言い直した。


「祐二様がやる気を出してくれるかなと思いまして」


 メイドモードになった琴音ちゃん。いくら俺がメイド好きだからって単純に考えられたものだ。

 まったく、俺だってそこまで単純な奴じゃないっての。


「ふふっ、やる気になってくれているようで嬉しいです」

「そ、そんなことねえしっ」


 気がついたら課題が一つ終わっていた。あれ、あんなにも問題数があったはずなのにな?

 さすがに一年の琴音ちゃんが三年の俺に教えられるはずもなく、それぞれ自分の勉強に集中していた。

 何気に、誰かと勉強会なんかするのは初めてだ。

 こういうのって友達グループとおしゃべりしながら勉強しているイメージだった。いやいや、しゃべりながらとか勉強できないだろ、と思ったものである。


「……」

「……」


 俺達は雑談もせず、ただただ黙々と勉強に集中していた。

 勉強するだけなら間違ってないんだろう。でもさ、わざわざ恋人とするようなことでもない気がするのは俺だけだろうか?

 せっかくだしイチャイチャしたいね。家で彼女と二人きりなんだからさ。

 勉強しながら、メイド姿の琴音ちゃんを眺めてはリフレッシュする。それを繰り返していると、なぜだか勉強が捗った。


「そろそろ休憩しましょう。お茶でも飲みますか?」


 二時間後。ようやく休憩時間となった。

 琴音ちゃんが麦茶を持ってきてくれた。俺の家だってのにもう慣れたものである。さすがはメイドだ。


「ぷっはー! 頭使った後に飲む茶はうめーぜ!」


 冷蔵庫で冷やされた飲み物って最高だね。疲れた身体に染み渡るぜ。


「祐二様祐二様」

「どうしたの琴音ちゃん」


 琴音ちゃんは正座して自分の太ももをぽんぽんと叩いた。


「休憩されますか?」


 その仕草で彼女が意図することが伝わった。

 つまり、膝枕である!

 い、いいのか!? そんなリア充イベントやっちゃっていいんですか!?

 と、考えてから自分が彼女持ちのリア充状態だと思い出した。素晴らしいステータス異常である。


「休憩するー」


 ゴロンと横になる。頭は琴音ちゃんの膝の上。後頭部に当たる感触が心地いい。

 勉強で溜まった脳の疲労が抜けていくようだ。あ~、極楽~。


「今日の祐二様は勉強がんばりましたねー」


 そう言って琴音ちゃんが頭を撫でてくれる。

 何この子、超甘やかしてくれるんだけど!

 後輩なのに先輩を甘やかしてくれるとは……。これもメイドカフェで鍛えられたご奉仕精神からなのかもしれない。


「なんかさ、俺って勉強嫌いなんだけど、琴音ちゃんといっしょに勉強しているとすごく捗ったよ」

「あたしもです。一人でやるよりも二人の方が捗りますね。大発見してしまいました」


 俺達は笑い合った。こんな俺だけど、琴音ちゃんとは不思議と波長が合う。


「気になってたんだけどさ」

「なんですか?」

「今日はなんで髪型変えてたの?」


 亜麻色の髪が結ばれてサイドテールになっている。触ってみれば、見た目通りのサラサラな手触りだった。


「髪型を変えたら祐二先輩に『可愛い』と言ってもらえると思いまして……」


 え、そんな狙いがあったのか!?

 やべーよ。俺「可愛い」どころか今の今まで髪型変わったって突っ込みすら入れてねえよ。なんでだろう? とは思ってたんだよ。口にしなかっただけでさ。


「か、可愛いぜ琴音ちゃん……」

「はいっ、褒めてくれてありがとうございます!」


 今さらな褒め言葉だってのに、琴音ちゃんは満面の笑顔になってくれた。

 やっぱり琴音ちゃんは健気で可愛い。こんな子に膝枕されてイチャイチャしているだなんて……俺ってば幸せすぎて大変なことになったりしないかな?


「祐二様も、勉強している姿が格好よかったですよ」

「そ、そうかな?」


 もうちょっと勉強したくなってきた。琴音ちゃんの前なら苦手な勉強だってしたくなるものらしい。


「それに、この時間が祐二様の将来に関わっていると思うと、なんだか嬉しいんです」


 俺の将来。どこの大学に進学するかで俺の将来は変わってくるだろう。

 それを琴音ちゃんは気にしてくれている。


「ありがとな琴音ちゃん……」


 自分を気にしてくれている人がいる。それってけっこう幸せなことなのかもしれない。

 照れ笑いを浮かべる琴音ちゃん。それはとても優しい表情だ。


「……」


 次第に甘い空気が流れていく。

 いろんな意味でやばい体勢で、俺と琴音ちゃんは見つめ合う。

 俺を見下ろす琴音ちゃんの目はとても優しい。視線だけでくすぐったくなるレベル。


「……」


 言葉を交わさずに意思疎通ができたのか。琴音ちゃんの顔が徐々に迫ってくる。

 メイドに膝枕されている俺はただ寝転がっているだけ。琴音ちゃんの行為をただ待ち望んでいた。


「……っ」


 互いの息が触れ合う距離まで近づいた。

 胸がドキドキする。つーか胸が苦しい。声には出さないが、ゆっくりと近づく琴音ちゃんの動きがじれったかった。

 こ、ここは俺も動いた方がいいのか? いやでも膝枕されてるし……。年上として余裕を持っていた方がいいんじゃないだろうか?


「ただいまー」

「「っ!?」」


 俺と琴音ちゃんは同時に飛び上がった。

 父さんが帰宅したのである。いつも遅い時間に帰ってくるってのに、今日に限って早いお帰りだった。


「や、やべっ! 父さん帰ってきちゃったよっ」

「あ、あたしメイド服なんですけど! どどど、どうしましょう!?」


 二人揃ってあたふたしてしまう。その間にも父さんの足音が近づいてきていた。

 初彼女を父親に紹介するというイベントまで、あと五秒。三、二、一…………。


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