第十話

 ウチは何を見せてもらえるのだろうと思ってワクワクしながら愛莉の部屋へと向かった。二階には愛莉の部屋の他には愛莉パパの仕事部屋と書斎があったと思うのだけれど、今もそれは変わっていないようだった。


「あのさ、本当はもっと前に聞いておきたかったんだけど、大学の結果が出てからの方がいいかなって思って待ってたんだよね。それでさ、ちょっとこれを見てもらってもいいかな?」

「え、なになに?」


 愛莉は机の上に置いてあったタブレットをウチに見せてきたのだけれど、そこにはウチの姿が写っていた。いつの写真だろうかなと思ってみていたのだけれど、制服は冬服なのにマフラーを巻いていないのだから衣替えがあってすぐの頃のようだ。衣替えがあったのは学校祭のちょっと前だったから、その頃になるのかな。そう言えば、今年の秋は肌寒かったからマフラーと手袋は早めに出していたような気がする。という事は、この写真は学校祭の前後ということになるのかな。


「ウチが写っているけど、どうしたの?」

「この写真ってさ、続きがあるんだけど見てもらってもいいかな?」

「うん、あんまり変な感じに写っていないといいけどね」


 愛莉は指をスライドさせて次々と写真を見せてくれた。最初は一人だったけれど、途中から奥谷君が写りだした。奥谷君も制服が冬服になっていたのだが、今よりも髪は短かった。確か、学校祭の演劇のために少し髪を短くしていたような気がしていた。

 ウチと奥谷君の写真は三枚ほどで終わったのだけれど、その後にはウチが泉と何かを話している写真が数十枚ほど続いていた。少し離れた位置から撮影されているのでハッキリと顔は見えないのだけれど、知っている人が見ればウチと泉だと簡単に分かるような写真だった。


「梓が宮崎の友達なのは知ってるけどさ、この時って何してたか覚えてる?」

「ああ、確か、泉が奥谷君に告白して失敗したってなってた時じゃないかな。たぶん、その日だと思うよ。泉と公園で会ったのってその時くらいだったと思うからね。それがどうかした?」

「どうかしたって、梓と会った後に宮崎が亡くなってるっていうのに何も感じていないの?」

「泉が亡くなったのは悲しい事だけどさ、過去をいつまでも引きずるのって良くないと思うんだよね。だからさ、泉の死は悲しいけど生きている私達はこれからもっと前向きに生きないとダメだと思うんだよね」

「その考えはわかるよ。でもさ、梓と会った後に宮崎が亡くなったのって、二人の間に何かあったんじゃないかって思うよね?」

「別に気になるようなことは話してないと思うけどな。愛莉は私達の会話を聞いてなかったの?」

「うん、ちょっと遠くにいたから何も聞いてないよ。でも、二人が喧嘩してるってよりは梓が慰めているようにも見えるんだよね。本当に、梓は宮崎の自殺に関係無いんだよね?」

「もちろんだよ。私は泉を慰めることはしても、陥れるようなことはしてないからね」

「それならいいんだけどさ、もう一つ聞いてもいいかな?」

「なにかな?」

「本当に時々なんだけどさ、梓って自分の事を“ウチ”っていう時と“私”っていう時があるみたいなんだけど、何か理由でもあるの?」

「え、そんな時ってあったかな。特に意識していないけど、大学受験の面接の練習をしていた時の癖が抜けてないだけかな。たぶんそうだと思うよ」

「そっか。ちょっと私の思い過ごしだったかな。宮崎が亡くなった直前の事だったから気になっちゃってね。でも、宮崎の自殺に梓が関わってなくて本当に良かったよ。ねえ、本当に信じてもいいんだよね?」

「もちろんだよ。ウチは愛莉以外の子に興味無いからね。でも、泉とか亜梨沙とかは仲のいい友達って思ってるかも。亜紀と歩と茜もね。あれ、ちょっと待ってもらってもいいかな」

「なに?」

「前に誰かも言ってたと思うけど、泉以外ってみんな名前が“あ”で始まってるよ」

「梓、愛莉、亜梨沙、亜紀、歩、茜。本当だ。そう言えば、早坂先生も有紀だったね。亡くなった泉だけ違うってのも変な感じがするね」

「まあね。偶然だと思うけどさ。それにさ、ウチが何か言ったとしても、泉はそんなに簡単に自殺なんてしないと思うよ。あの子は意外と弱いところもあったけれど、立ち直る速さは誰にも負けていなかったからね」


 ウチは泉に対して何もしていない。何もしていないと思う。何もしていないはずだ。きっとそうだ。でも、心のどこかで泉を疎ましく思っていたような気もしていた。だからと言って、泉が亡くなったこととそれが関連するとも思えない。泉が亡くなったのは何かウチの知らないところであったからに違いない。ウチは泉と仲が良かったと思うのだけれど、泉は最後の時に連絡をくれなかった。もしも、泉が私に連絡をくれていたとしたら、力になってあげて助けることが出来たかもしれないのにな。


「そっか、それを聞いて安心したよ。私はこの写真を撮った日から誤解してたみたいだね。ごめんよ。ちょっと不安になってしまったんだけど、梓に直接聞けばよかったね」

「でもね、愛莉が不安になる気持ちってわかるかも。その状況が逆だったとして、ウチが愛莉と泉が話している姿を見た次の日に泉が亡くなっていたとしたら、やっぱり泉の事を疑っちゃうかもしれないもん」

「ああ、宮崎と私が会った次の日に宮崎が亡くなってたとしたらさ、完全に私が何かやってると思うよ。絶対余計な事を言って宮崎を追い詰めてしまうと思うし。いや、わからないけどそんな風に思うってだけね」

「ま、その現場を見た後に起こったことを考えると疑うのも仕方ないよね。それよりもさ、なんで大学は同じなのに学部が違うのよ」

「それについてはごめんなさい。私はどうしてもあそこの法学部に行きたかったんだよね。梓の学力じゃ法学部は奇跡が起こっても無理だと思ったからさ、せめて同じ大学の別の学部で梓の興味がありそうなところって調べたら別になったってだけだからね」

「もう、それならそれで言ってくれればいいのに。ウチは愛莉に何か悪いことしちゃったかなって落ち込んでたんだからね」

「でも、同じ大学なら一緒に暮らせるんじゃないかな?」

「え、一緒にってどういうこと?」

「いや、家賃とか高そうだし、ルームシェアとかどうかなって思ってさ」

「それいいかも。ママも一緒に住む相手が愛莉なら反対しないと思うし、お互いにとって特しかないかもね」


 ウチは愛莉から出たルームシェアという言葉を聞いて一気にテンションが上がっていた。思わず愛莉に抱き着いてしまったのがその証拠である。愛莉も愛莉で私を優しく受け止めてくれていた。抱き合って何度もお互いの背中を叩き合っていたのだけれど、下から愛莉ママがウチラを呼んでいる声に気付いてお互いにハッとなって離れてしまった。


 春からは一緒に暮らせるのかと思うと心の中が暖かいもので満たされているような幸せな気持ちになっていた。

 その後に頂いたご飯も全て美味しかったのだが、正直に言って何を食べていたのか思い出せないくらい春からの新生活の事で頭がいっぱいだった。


 私は辛い事を乗り越えてやり切った後には良い事が必ず待っているんだなと感じていた。良い事の後に悪い事が待っていないように注意を払って生きていこうと思っていた。

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