第九話

 受験も終わって後は結果を待つだけだったのだが、ウチはあまりいい手ごたえを感じてはいなかったので不安な気持ちになっていた。愛莉はきっと難なく合格しているとは思うのだけれど、ウチが落ちていたらどうしようという不安は拭い切れなかった。もしかしたら、解答欄を一つずつずらして書いてしまっているのではないか。そんなケアレスミスがあるのではないかと不安な気持ちで合格発表の時を待っていたのだが、ウチも愛莉も無事に大学には合格していた。同じ学部を受けたと思っていたのだけれど、ウチと愛莉は別の学部に合格していた。同じ大学に通えるなら学部の違いなんてどうでもいいかと思っていたのだが、大学のパンフレットを見てみるとウチと愛莉の学部は校舎が別になっていて少し離れた場所にあるのだった。


「お互いに合格出来て良かったね。愛莉もドキドキしてたみたいだけど、私もちょっと不安になってたんだよね。誰でもミスはするもんだし、それが私の場合は受験の時だったりするのかなって思っちゃってさ、そういう事ってあるよね」

「うん、ウチは愛莉に勉強を教えてもらってなんとか合格できたよ。ママも喜んでくれてたし、本当に愛莉にはいくら感謝してもし足りないよね」

「そんな事ないって、梓が毎日ちゃんと頑張ってきたから合格できたんだよ。私だって梓に勉強教えることで自分の苦手だったところも理解出来たってのもあるし、二人だから合格できたのかもしれないね」

「でもさ、ウチは愛莉がいなければ違う高校に行ってたかもしれないし、そうなってたら大学に入ってなかったと思うんだよね。ママもウチが大学に行くとは思ってなかったみたいでさ、ママに相談したらかなり悩んでたみたいなんだけど、愛莉と一緒に勉強頑張ってる姿を見て応援してくれるようになったんだよ。ウチの頭じゃ大学なんて無理だって思ってたみたいなんだけどさ、本当に愛莉と一緒に過ごすようになって成長したねって言われたよ」

「梓は奥谷とかと一緒で勉強出来なかったもんね。でもさ、あいつらと違ってちゃんと学ぼうって気持ちは強いよね。もしもだけどさ、同じ中学に通ってたらもう少し楽に勉強できたかもね」


 ウチが大学に合格出来たのは愛莉がいたからだと思う。中学の時にちゃんと勉強して愛莉と同じ高校に行こうと決めた時にこの運命は決まったのかもしれない。色々と細かいエラーはあったけれど、それはもう終わったことなんできれいさっぱり忘れてあげることにしよう。


「そう言えば、今日は久しぶりにウチに来てゲームでもやろうよ。受験のストレスもあったし、今日からは手加減して上げないからね」

「ええ、それじゃウチは一生愛莉に勝てないじゃない。ちょっとは手加減して欲しいな」


 他愛もない会話を交わしながら愛莉の家に向かうと、その道中で奥谷とバッタリ出くわした。奥谷はウチラの姿を見付けると曲がる場所ではないんだろうなと思われる場所で急に曲がり、そのまま路地へと消えていった。


「奥谷の家ってあっち方面なの?」

「いや、この道をまっすぐ進んでた方が早いと思うけど、私らに会いたくなかったのかな?」

「私らっていうか、愛莉に会うのが気まずいってだけじゃない?」

「え、なんで私に会うのが気まずいって思うの?」

「だってさ、前に奥谷が告白してきたときに断ってたじゃない。それがあるから顔を合わせるのが気まずいって思うんじゃないかな。ウチも、もしも愛莉に振られてたら学校でも顔を見れないと思うし」

「そっか。そんなもんなんだね。でもさ、私はそういうの気にしないんだけどな。死んじゃった宮崎が奥谷の事を好きだったみたいだし、奥谷に相応しいのは私よりも宮崎なんじゃないかなって思ってたからなぁ。それはもう叶わぬ願いだけど、奥谷には私よりももっとふさわしい素敵な人が見つかると思うんだよね」

「泉が奥谷の事を好きなのって女子はほとんど気付いてたのにさ、泉はそれがバレてないと思ってたし、奥谷にいたっては好意を向けられているという自覚すら持ってなかったみたいだもんね」

「そんな意味でもお似合いの二人だったのにね。でも、なんで宮崎ってあんなことをしちゃったんだろうね?」

「さあ、誰にも言えない秘密でもあったんじゃないかな。愛莉には誰にも言えない秘密とかってあるの?」

「秘密か。私はあんまりないかもしれないな。家族にも隠し事とかしてないし、もちろん梓にも隠し事なんて無いからな。そもそも、私には何かを隠すような関係の人がほとんどいないからね。いても隠したりはしないけどさ。そういう梓はどうなの?」

「ウチはね。結構隠し事あるよ。小さいときに泣き虫だったとか、その割には男子と殴り合いの喧嘩をしてたとか。あ、そうそう。奥谷の事で言ってないことあったの思い出した。もしかしたら、奥谷が裂けてる相手って愛莉じゃなくてウチかもね」

「いったいどんなことをやったら奥谷が避けるようになるんだよ」

「まあ、それは秘密って事で」


 いつもは一人で歩く寂しいこの道も愛莉と二人一緒だったら楽しい時間に変わっていた。ウチは他にも隠し事が色々あるので愛莉には申し訳ない気持ちになってしまったけれど、いくら恋人でも言える事と言えない事ってのはあるんだよね。

 あっという間に愛莉の家へと向かう旅路は終わりを迎えた。

 愛莉の家に入ると愛莉ママが晩御飯の下拵えをしているようだった。今日の愛莉の家のご飯は唐揚げなんだなと思ってみていると、なぜかウチと愛莉が手伝うことになった。手伝うと言っても、唐揚げ用のお肉にちょうどいい感じに衣をつけるだけなのだ。


「二人が手伝ってくれたおかげで思っていたよりも早く終わったわ。そうだ、唐揚げはいつも多めに作ってるんで良かったら梓ちゃんの家に持って帰ってね」

「え、でも、それは悪いですよ。衣をつけただけでも美味しそうに見えるんですけど、これがカラッと揚がったら美味しさの表現がちゃんと伝わるか気になっちゃいそうですね」

「美味しく食べてもらえればそれでいいところはあるからね。それにさ、よく見たら一番多く唐揚げの下拵えをしたのって梓じゃないかな。意外とこういう作業って黙々とやってるよね。梓は誰かと話したらダメな設定とかあったりする?」

「いや、そんな設定はないけど。今までだって作業効率はそこまで下がってないし、一緒に勉強とかしてた時も黙々とって状態じゃないかったでしょ」

「そうだよね。実際は何もないけど梓は単純作業が好きなだけだったりしてね」

「そうかもね。単純作業は好きかもしれないな。ずっと前だけど、一人で餃子を包んでた時はママが帰ってくるまでひたすら作ってて食べきれなかったよ。今でもその時のの頃が冷凍庫で眠っているかも」

「その餃子ってちょっと気になるかも。餡も皮も手作りなの?」

「餡は手作りって言っても問題無いと思うけど、皮は市販されている奴を使ったよ」

「ねえ、これからあなたたちの学校で起きたあの件について第三者委員会が会見を開くみたいだよ」


 愛莉ママが言う通りで、テレビにはどこかの会見場が映し出されていた。これから何をやるのだろう灯って見ていると、泉が自殺した件についての調査報告書の発表だそうだ。


「教頭の西野でございます。本日お集まりいただいた皆様には先日の第三者委員会による調査の結果を報告させていただきたいと思います。結論から申し上げますと、自殺された生徒に対するいじめなどの行為は確認することが出来ませんでした。自殺の原因は今現在でも不明なままではございますが、自殺された生徒に対するいじめやそれらに類似する行為等は一切確認されませんでした。他の生徒が受けた精神的ショックのケアの必要もありますので、マスコミ関係者の皆様には当校の生徒に対する取材等の活動はご遠慮くださいますようお願い申し上げます。もう一度結論を申し上げますが、自殺された生徒に対するいじめ等はございませんでしたので憶測や推測でニュース記事を書くのはお控えくださいますよう、お願い申し上げます」

「我々の取材の結果ではいじめはあったと複数の生徒から証言もあったのですが」

「第三者委員会の報告ではいじめの事実は確認出来なかったという話です」

「第三者委員会の方による説明は無いのでしょうか」

「その予定はございません。これ以降の取材も当校の職員に対するものは原則禁止とさせていただきます。本日はお集まりいただきありがとうございました。以上で会見を終了させていただきます」


 学校側の会見は一分とかからずに終了していた。この第三者委員会の調査は泉に対して自殺に追い込んでしまうようないじめがあったのではないか、という名目で調査されている以上は泉に対して行われたことのないいじめがあったかどうかの確認をするだけなのだ。そして、今まで一度も泉は誰かにいじめられたことなどは無かったのだ。

 ただ、ウチは何となく泉をいじめたような気になっていたし、ウチに対する調査があともう少し後になっていたのならきっとウチは黙っていることが出来なかっただろう。そうなってしまうと、泉が最後にあったと思われる人物がウチになってしまう。泉の死亡推定時刻を考えると、ウチ以外の誰かと生きて入り状態で会うのはむずいかしそうだと思っていた。


「こういう時の会見っていじめはありませんでした。ってお決まりのように言うのよね。泉ちゃんは小さい時からいい子だって知ってるけどさ、いい子ほどいじめっ子の標的になるともいうし、お昼過ぎのテレビでもあんたたちの学校で何度かいじめがあったって言ってたのにね。泉ちゃんがいじめられてるところは想像できないけど、正義感が強すぎるのもよくなかったのかね。愛莉も梓ちゃんもいじめたりいじめに会ったりはしてないよね?」

「梓はいじめられるような事にはならないと思うし、私がいじめられたとしてもちゃんとやり返すから大丈夫。それにさ、いくら陰湿な事をされたってそれ以上にしてやり返しちゃうから誰も私をいじめようなんて思わないんじゃないかな」

「ウチもいじめとかは大丈夫ですよ。ちょっと変な感じになっちゃうときはあったかもですけど、それでもウチラは何となく仲良くやってますからね。愛莉に何かあった時はウチが守りますから大丈夫です。こう見えても、ウチって結構友達多いんですからね」

「そうね、梓ちゃんが愛莉の味方になってくれているのは心強いわね。それに、二人とも受験勉強一緒に頑張った絆もあるみたいだし、今度は別の時に梓ちゃんのママも呼んで何か美味しい物でも食べに行きましょうね」


 ウチのママと愛莉ママは昔から仲が良いのだけれど、最近はママの仕事が忙しくてなかなか時間が合わないようだ。ママの休みの日でも夕方近くまで寝ていることも多いし、普通の生活をしている愛莉ママとは生活リズムが違い過ぎるのかもしれない。でも、ウチと愛莉のために食事会の計画を立てればきっとママは時間を合わせてくれるはずだ。


「ねえ、ちょっといいかな?」


 愛莉がウチの耳元で優しく囁いてくれた。その吐息はとても心地よく、ほのかに甘い匂いも感じていた。


「ちょっと梓に見せたいものがあるから一回部屋に行ってくるね」

「あら、それならご飯はもう少し後にした方がいいかしら?」

「大丈夫、すぐ終わるともうから作ってていいよ。あんまり遅くなると外が暗くなっちゃうし」

「そう、それなら作っておくからね。出来たてを食べてもらいたいんだからね」

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