第五話

 宮崎さんは相変わらず奥谷君の事を思っているようなのだけれど、奥谷君の目には山口さんの姿しか映っていないようで、奥谷君の視界には宮崎さんは入っていないようだった。見た目も性格も男子なら山口さんよりも宮崎さんを選びそうな感じはするのだけれど、長年交流のある奥谷君にしかわからない二人の違いというものがあるのかもしれない。

 だが、そんな関係にある三人の幼馴染は傍から見ていると奥谷君と宮崎さんがお似合いのカップルなんではないかと思うのだが、お互いの好きな人を見ているとこうもうまく行かないものなのだなと感じてしまう。そうは言っても、宮崎さんも奥谷君も本当に好きな人を諦めてしまえば恋人くらいすぐに出来そうなものなのだが、その二人が付き合うという可能性は限りなく低いのではないだろうか。何となくではあるが、宮崎さんは見た目も中身も非の打ち所がないと思うのに、どうも完全に信頼してはいけない何かがあるような気がしてならない。


 そうだ、せっかくだから、弟の天に頼んで宮崎さんとメッセージの交換をしてみようかな。


「ねえ、恋愛アプリのメッセージの送り先をバレないように変えることって出来るの?」

「それくらいなら出来るけどさ、今度は何がしたいの?」

「ウチの生徒でとってもいい子がいるんだけど、その子は見た目も性格もとっても優れているんだよね。でもさ、その子が好きな子はその子の事を全く好きじゃなくて、このままだったらかわいそうだなって思って、私が代わりにその子とメッセージのやり取りを出来ないかなって思ったんだよね」

「あのさ、そんな事をしてなんになるんだよ。大体、姉さんが代わりにやり取りしたってバレた時にその人がショック受けるだけじゃないかな。それってあんまりいい事とは思えないんだけど」

「そうなんだけどさ、今のままじゃどっちにしろ病んでしまいそうだし、奥谷君なんてログインすらしていないのに宮崎さんは健気にメッセージを送ってるって、どう考えても気の毒だよ。相手が見てるかもわからない状況なのに、こんなのってかわいそうじゃない」

「いや、でもさ。こういうのってお互いのペースとかもあるわけだし、運営が絡むような事でもないと思うんだよね」

「それはそうかもしれないけど、多少はサクラもあった方がいいんじゃないかな」

「サクラね。サービスを始めたばっかりの頃ならそういうのも雇おうかと思ったこともあったけどさ、今はわざわざそんな事をしなくてもある程度は運営出来ているしね。何より、勝手にメッセージを送ってやり取りしてもバレるんじゃないかな」

「そこはさ、宮崎さんと私のやり取りが終わったのを奥谷君のメッセージに宮崎さんが一人で会話してる感じに加工して送ればいいんじゃないかな」

「送ればいいんじゃないかなってさ、そんな簡単に言うけど、それって結構面倒な気がするんだよね。わざわざその子のためだけにシステムを書き換えなきゃいけなくなるし、男の子が全く関係ない話題を送ったりしたら混乱しちゃうかもしれないしさ」

「そんなに面倒なの?」

「試したことが無いからわからないけど、結構面倒な感じになるとは思うかな。でも、その二人ってフレンドポイントの関係で他とはグループ組まなそうだから出来るかも。でも、そんな事をしたらポイントの還元率がおかしくなっちゃうかも」

「ポイントがおかしくなるってどういうこと?」

「多分なんだけど、宮崎さんが奥谷君宛に送ったメッセージにつくポイントが本来なら二人に同時に付与されることになるんだけど、メッセージが届いているのは奥谷君ではなく姉さんになるわけで、奥谷君につくはずのポイントが行き場を失って消えてしまう可能性があるんだよね。でも、そのポイントが消えずにおかしな係数で反映されて普通ではありえないくらいの高ポイントが付く可能性も有るんだよね。多くポイントが付く分には構わないんだけど、本来つくべきはずのポイントが付かないってのはあんまり好ましくないんだよね。これは僕の個人的な見解なんだけど、このアプリの本来の目的は恋人と楽しむってものじゃなくて、本当に好きな人に振り向いてもらいたい人が頑張るためのものってコンセプトなんだよね。姉さんがやろうとしていることはそのコンセプトから大きく外れてはしまうんだけど、多少はしょうがないかなって気もするんだよね。僕も二人のやり取りをちょっと見てみたんだけど、この男の子は女の子に対して全く気遣うって気持ちも無いみたいだよね。だけど、この女の子のメッセージの送信頻度を見るとそれも仕方ないんじゃないかなって思えてしまうな」

「私も宮崎さんの気持ちは少しはわかるけど、ちょっとこれはやりすぎってくらい送ってる気がするよね。もしも、私が奥谷君の代わりにメッセージを送ったとして、それに気を良くした宮崎さんが暴走しないとも限らないからね。そうなったらどうやって止めたらいいかわからないな」

「ちょっと思ったんだけどさ、この状況で姉さんが奥谷君の代わりにメッセージを送ったとして、あのスピードと量で送られてくるメッセージに対応する事って出来るの?」

「いや、さすがに無理だと思うよ。私も暇なように見えてやることはたくさんあるからね。そっか、中途半端に返信しても宮崎さんの気が晴れるって事でもないかもしれないね」

「そこでさ、僕がその奥谷君の代わりになってもいいかな?」

「良いけど、そんな事をして大丈夫なの?」

「別に悪い事をしようってつもりもないし、この子達に会おうって気も無いからね。それに、奥谷君がアプリでやり取りしている人との会話を見たら何となく性格も分かってきたからさ。姉さんが問題ないって思うなら僕が奥谷君の代わりに宮崎さんとやり取りをして、そのログを奥谷君に送ることにするけど、どうかな?」

「天がそれでいいならそれが一番だと思うけど、本当に大丈夫?」

「うん、僕もゲームの周回の合間にちょちょっと相手してみるよ。もしかしたら、次のアプリかゲームの参考になるかもしれないしね」

「じゃあ、おねがいするね」


 一人の教師としても一人の人間としてもやっちゃいけないことだとはわかっているのだけれど、なんとなく三人の幼馴染の関係が今のまま何も変わらないというのはよくない事のように思えた。

 三人の感情の矢印がお互いに向き合う日が来るといいのだけれど、三人でいるうちはその矢印から外れる人は絶対に出てくるのだろう。奥谷君が一途ではないというのであれば話は別なのだが、そんな事は無いだろう。奥谷君はきっと小さい時から変わらずに山口さんの事が好きなのだろう。それは誰も変えられることなんて無いんだろうね。

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