第四話

 もしかしたら、恋愛アプリに私の事を登録している人がいるかもしれない。そんな事を考えていたのには訳があって、私には大学時代に彼氏がいた。その彼氏とはうまく行っていたはずだったのだけれど、私の教育実習で忙しくなってしまった期間と彼氏が就職試験やら面接対応で忙しくなった期間が見事にズレてしまって、お互いの気持ちに余裕が無かった時に考え方のズレも生じてしまい、どちらともなく疎遠になってしまって、気が付いた時には自然消滅という形になっていた。私としてはやり直してもいいと思っていたのだけれど、彼が就職活動を行っている際に知り合った他大学の学生と親密になってそういう関係になったそうだ。それを彼の口からではなく友人から聞いた時には目の前が真っ暗になってしまったのだけれど、それと同時に私は教員として誠心誠意尽くそうと心に誓ったのだった。

 そんなことがあったのだが、それが関係あるのかないのかわからないけれど、私にはそれ以降彼氏と呼べる人は身近にいなかった。年齢の近い男性はほぼ恋人がいたし、私に言い寄ってくる男性は皆既婚者だったりした。私には破滅願望は無いので不倫などはしようとも思わないし、ソレを越えてまで結ばれたいと思えるような魅力的な男性も身近には見当たらなかった。

 だが、そんな私に思いを寄せてくれているような人がいるかどうかという事は、とても気になってしまう。もしかしたら、生徒の中に私に思いを寄せている人がいるかもしれないし、大学時代の友人の誰かが私の事を今も好きだったりするのかもしれない。そんな妄想をしていても答えなどでないのだが、弟の天に私の事を登録している人がいないか聞いてみるという最高の手段があるのだ。


「ねえ、天にちょっとお願いがあるんだけど、聞いてもらってもいいかな?」

「姉さんの給料日ってつい最近じゃなかったっけ?」

「お金の話じゃないのよ。ちょっと天にお願いがあるんだけど、私の事を好きな人がいるか調べてもらってもいいかな?」

「ああ、調べるのは構わないけど、姉さんの事を好きな人がいたとしたら、姉さんはその人の事を登録するの?」

「相手に寄るかな。よほど変な人じゃなくて私が大丈夫だなって思うような人だったらするかも」

「もしもさ、誰もいなかったとしてもショックを受けたりしないよね?」

「え、そうだったとしたら多少はショックを受けるかもしれないけど、誰か一人くらいはいるんじゃないかな」

「でもさ、作った僕が言うのもなんだけど、恋愛アプリってそこまで普及してないんだよね。それにさ、相手の情報をちゃんと入れないといけないっていうハードルもあるし、姉さんの事を好きな人がいたとして、その人が恋愛アプリを登録していて姉さんの生年月日とか正確に知ってる必要があるって結構難易度高いと思うんだよね」

「ええ、でもさ、好きな相手の事だったら生年月日とか調べようと思ったりするんじゃないかな。同じ学年だったとしたら誕生日さえ分かればいいだけだしね」

「女子の誕生日を知るっていうのは結構ハードル高いと思うんだけどな。でもさ、そこまで知りたいなら止めはしないけれど、誰もいなくても僕のせいにしないでね」

「わかってるわよ。じゃあ、天の部屋に行けばいいのかな?」

「部屋はちょっと。配線とか整理している途中だからここにノートを一台持ってくるよ。姉さんの事を好きな人を探すだけならそれで大丈夫だと思うしね」

「ん、ちょっと引っかかる言い方してない?」

「そんな事ないって、ちょっと待っててね」


 弟の天はそう言って部屋へ戻っていった。私も待っているだけじゃなんだし、時間もありそうだから隣で仕事でもしてようかな。そう思って、自分の部屋にノートパソコンを取りに戻った。あんまりパソコンの使い方がわかってないのだけれど、わからないところは天に聞けばいいんじゃないかなと思ったのは内緒にしておこうかな。

 部屋に戻ってパソコンと資料をまとめたファイルを持っていこうと思っていたのだけれど、鞄の中を見ても目的の資料が見つからなかった。確かに鞄に入れておいたと思ったのだけれど、鞄の中身をすべて出してみても見つからなかった。来週までにまとめておけばいいので急ぐ必要はないのだけれど、やろうと思った時に見つからないというのは明日以降のやる気にもかかわってくるような気がしていた。やろうと思った時にやってしまわないと、案外やらずに時間だけが過ぎていくなんてことは往々にしてあることなのだ。

 しかし、無いものは無いで仕方が無いので割り切るしかない。今は資料が無いのでどうすることも出来ないし、明日学校に行ったときに職員室の自分の席をもう一度確認して真っ先に資料をカバンにしまうことにしよう。忘れないようにアラームとメモをセットしておこう。


 結局私は手ぶらでリビングに戻ったのだが、すでに天は私の情報を入力して調べてくれているようだった。


「残念だけどさ、姉さんの事を登録している人は誰もいなかったよ。でもさ、これで姉さんの事を好きな人が誰もいないって思わないでね。このアプリを使ってない人の方が全然多いんだからね」

「ねえ、ちゃんと私の情報を正確に入力したんだよね?」

「もちろん。姉さんの名前も生年月日も血液型もちゃんと入れたよ」

「おかしいわね。体育の寺田先生は私の事を好きだと思ってたんだけど気のせいだったのかな。それにしては、私の事をどこかに誘ったりすることが多いと思うんだけど。ねえ、ちゃんと生年月日と血液型を入れたんだよね?」

「うん、誕生日はクリスマスイブで血液型はO型でしょ?」

「そうよ。あってるじゃない。私の誕生日って覚えやすいと思うだけど、なんで誰もいないんだろう?」

「だからさ、このアプリを使ってる人ってそんなに多くないんだよ。姉さんの事を好きな人がこのアプリを使ってるとは限らないし、その体育の先生だって使ってるとは限らないだろ」

「でもね、寺田先生が私に何度か恋愛アプリをやってますかって聞いてきてるんだよね。それってさ、自分の情報を入力してくださいってアピールなのかと思ってたんだよね」

「そう言われるとその先生が登録してる可能性も有るよね。その先生の名前と生年月日と血液型がわかったりする?」

「血液型はわからないけど、誕生日は昨日だって言ってたわね。知らなかったからプレゼントとか用意してなかったけどね。確か、私より八歳上だったと思うよ」

「姉さんより八歳上で昨日誕生日って事は、姉さんの生まれ年から八年引けばいいって事だから、これで良しと」

「ねえ、天って引き算とか苦手だっけ?」

「え、これでも数学と英語は得意なんだけど、どうして?」

「私の生まれ年から八年引いたらそうならないでしょ。あと一年引かなきゃダメよ」

「あれ、姉さんって今年で三十路じゃなかったっけ?」

「あのね、私はまだ二十八歳だし、今年の誕生日で二十九になるんだけど。もしかして、天ちゃんは私の事もう三十になると思ってるのかな?」

「いや、勘違いってやつかな。最近は自分の年齢とか確認する機会もなかったし、自分の年齢がわからなくなってたんだよね。ははは」

「本当かな?」

「本当だよ。嘘なんかついてないって。そうだ、姉さんの生年月日を正しいのに直してもう一度検索してみようかな。そうだ、そうしよう。姉さんも結果を早く知りたいんじゃないかな。正しい情報に直したら、ほら、出てきたよ」

「どれどれ、ほら、私の事を好きな人がいたじゃない。やっぱり寺田先生はそうだったんだね、これを知っちゃうとこの先話すのも気まずいな。それに、私の事を好きな生徒さんも何人かいるみたいね。でも、この子達って一年生だから接点無いんだけどな」

「へえ、接点が無いのに姉さんの事を好きになるなんて凄いね。姉さんはモテモテだな」

「でもね、私のクラスの男子にも私が担当しているクラスの男子にも誰もいないってのはどういう事なんだろうね。一人くらいいてもいいんじゃないかなって思うんだけどさ」

「もしかしたら、姉さんの誕生日を知らないだけなんじゃないかな」

「そんなことは無いと思うわよ。クラスLINEに私も誕生日を載せちゃったからね。私の事を好きな生徒がいるとしたら、そこから知ることは出来ると思うんだけどな」

「あ、あれなんじゃないかな。姉さんのクラスにいる美少女が独占してるのかもしれないよ。きっとそうなんじゃないかな。その子がいなければ姉さんの事が一番好きだって生徒もたくさんいると思うな」

「ねえ、天ちゃんはもしかして、私の年齢を間違えていたことを何とか誤魔化そうとしてない?」

「そそそ、そんなことは無いよ。全然、全然普通にそう思っただけだからさ」

「まあいいわ。そうだ、せっかくだから学校一の美少女である宮崎さんが好きな人が誰なのか見てみようかな。それくらいならいいよね?」

「見るくらいならいいかも。でも、誰にも言っちゃだめだからね。その子がかわいそうだし、アプリの信用にも関わることだからさ」


 私は宮崎さんの誕生日と血液型を確認して天に調べてもらった。


「へえ、宮崎さんは奥谷君の事が好きなのね。何となくそうなんじゃないかなって思ってたんだけど、この二人が両想いになったら学校中が大騒ぎになっちゃうわね。でも、奥谷君が好きな人は誰なんだろう?」

「奥谷君って演劇部のイケメンの人でしょ?」

「そうなのよ。でも、よく覚えていたわね」

「いや、演劇部の公園のDVDを何度も見せられたから嫌でも覚えているよ。でもさ、彼は男の僕から見てもカッコいいと思うかも」

「そんな奥谷君が好きな人は誰なんだろうね?」

「ちょっと待ってね。奥谷君の好きな人は、僕の知らない人だな。姉さんのクラスの子かな?」

「うん、山口さんはクラスの子ね。奥谷君と山口さんと宮崎さんは幼馴染で学校がずっと一緒だって言ってたわね。でも、同じ幼馴染なのに宮崎さんじゃなくて山口さんを選ぶのって以外かも」

「そんなに可愛くないの?」

「うーん、そこまで可愛いって感じではないんだけど、性格が独特なんだよね。いじめられててもそれを気にしないし、嫌な事はハッキリ嫌と言える強い子なんだよね。もしかしたら、奥谷君ってその辺が好きだったりするのかな?」

「どうなんだろうね。で、その山口さんが好きな人も僕の知らない人だな」

「え、誰だろう。ちょっと見せて」


 山口さんが好きな人は私が全く想像もしていなかった名前が書かれていた。


「ねえ、山口さんが好きな人のところだけハートがついているんだけど、これってどういう意味なの?」

「あ、これは両想いって事だよ。山口さんが両想いって事は、奥谷君には今のところ何の可能性もないってことだよね。もったいないな」

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