第二話

「山口さんが先生に言った事って、本当なのかな?」

「本当だとしたらどうなるんですか?」

「もしも、本当に西森さんにそんな力があるんだとしたら、先生にはそれはわからない世界の話ではあるけれど、ただ暴力を振るっただけではなく必要な事だったって認識になるわね」

「それって、ウチは悪くないってことですか?」

「あのな、西森は山口が憎くて叩いたんじゃないよなって早坂先生は確認しているんだよ。西森は山口が憎くてただ理由もなく叩いたのかって聞いてるんだ。もしも、ちゃんとした理由もなくただの暴力行為だったとしたら、お前は良くて停学、悪くて退学になるかもしれないんだ。西森、お前はそれをちゃんと理解しているのか?」

「え、退学って本気ですか?」

「それは我々が独断で決めることじゃないんだ。まずは先生たちがちゃんと西森と山口の話を聞いて、それをまとめてから校長先生たちに話をして、お前たちの意見をもう一度ちゃんと聞いてから処分が下されると思う。ここだけの話で誰にも言わないでもらいたいんだがな、俺も早坂先生も西森に退学処分がくだされることなんて望んでないんだ。ただの喧嘩なら退学に何てならないだろう、でもな、先生たちはちゃんと気付いていたんだぞ。早坂先生のクラスで山口が仲間外れにされているってな。体育の時は特に分かりやすかったけど、調理実習の時も一人だけ輪に入れていない山口を心配してたって家庭科の若井先生も言ってたからな。それだけじゃないぞ、お前たちのクラスを担当している先生方は皆山口が仲間外れにされているって知ってるんだ。先生は何度か山口と面談したりもしてたんだけど、本人は全く気にしていなかったみたいだったんでいじめではないと判断していたんだが、さすがに暴力行為を見逃すことは出来ないんだ。つまりだ、お前たちが日ごろから山口を無視していたりしたことは先生たちはみんな知っているんだ。そこで西森が山口を殴ったとなれば、もしかしたら退学もあり得るんじゃないかという話だ。もう一度聞くぞ、西森が山口を叩いたのは暴力行為ではなく治療行為だったという事でいいんだな?」

「……。はい」

「そうか、それなら退学処分はさすがに無いだろう。先生はここに来る前に山口と少し話してきたんだが、山口は西森が悪いんじゃなくて自分が悪いって言ってたぞ。その後に、西森が山口の言っていることを認めないんだったら殴ってでも認めさせてくれって言ってたからな。先生は生徒を殴るようなことはしないって言っておいたんだが、西森が物分かりが良くて助かったよ」

「ちょっと待ってください。山口がウチを庇ってくれてたって事なんですか?」

「そうだぞ。山口は先生たちからずっと誰かから酷い目に遭ったら言うようにって言われているからな。西森が山口を叩いたことで西森がいじめの主犯みたいになるのを避けたかったんじゃないかな。先生は山口の考えはわからないが、お前たちが思っているよりも山口は大人だと思うぞ。大人でも叩いてきた相手を庇うなんて出来ることじゃないけどな」

「そうよ。先生も西森さんが山口さんを叩いた瞬間を目撃して気が動転してしまっていたけれど、その後の山口さんの発言を聞いてすぐに西森さんの事を庇っているんだなって思ったわ。だからね、この後山口さんからも話を聞くことになるんだけど、その前に叩いたことは謝った方がいいわよ。西森さんだってもう子供じゃないんだから、自分がどういう立場にいるか考えてみてね」


 西森さんが山口さんを叩いたという話はあっという間に広まっていた。すぐに校長先生の耳にも届いたようで、その日の授業は午前中で終了してお昼からは臨時の教職員会議が開かれた。私のクラスを受け持っている先生たちは皆口々に山口さんが日ごろから仲間外れにされていたことを知っていたのだが、それに対して何の対処もしていなかったことを反省していた。ただ、それらはすべて山口さんが望んでいた事でもあったために校長先生はどう判断してよいのか迷っているようだった。

 結局話は纏まらなかったので、校長先生が当事者から一度話を聞いてもう一度会議を開くことになったのだった。西森さんは私と寺田先生の話を聞いていたので完全に大人しくなっていたのだが、山口さんがどう出るかによって西森さんの処分が変わってくるために私は気が気でなかった。西森さんは山口さんにちゃんと謝っていたのだけれど、山口さんは「なにも気にしなくていいよ」とだけ言っていた。


 山口さんは校長先生や教頭先生にされた質問にも全て西森さんは悪くないと答えていた。最初は山口さんが西森さんに脅されて言わされているのではないかと疑っていた校長先生ではあったが、西森さんの事を本気で庇っている山口さんの姿を見て校長先生と教頭先生は何かを感じ取ったようだった。最後にはなぜか山口さんが西森さんに謝るという展開になっていたのだが、それには西森さんも私も寺田先生も教頭先生も校長先生もみんな困ってしまっていた。


そして、山口さんを叩いた西森さんにくだされた処分は、とても寛大な物であった。

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