第3話

「山口ってさ、奥谷の事って好きなの?」

「何の冗談かわからないけど、私が奥谷を好きだってどうしてそう思ったのかな。そういうのって迷惑なんだけど」

「迷惑とかじゃなくて、奥谷の事が好きなのか答えろって言ってるんだよ」

「奥谷って昔から知ってるせいなのか、弟しか見てないんだよね。いや、どっちかって言うと人懐っこいペットみたいな感じかも。ペットとして見たら好きかもしれないけど、奥谷はペットじゃないから好きじゃないってことだと思うよ。この答えで満足かな」

「お前はふざけてんのか。それとも私をなめてるってことなのか。どっちでもいいんだけどさ、その態度は良くないと思うんだけど、私になんか文句でもあるっていうの?」

「そりゃ文句の一つや二つくらいあるでしょ。いきなり奥谷のこと好きなのかって聞いてくるとか意味わかんないし、答えたら答えたで逆切れされるし。あ、もしかして西森って奥谷のこと好きなの?」

「は、私がなんで奥谷の事を好きにならなきゃいけないんだよ。奥谷の事が好きなのは歩と茜だよ」

「へえ、渡辺と吉井は奥谷の事が好きなんだ。それならいい事を教えてあげるよ。奥谷って眼鏡をかけてる女の子が好きらしいよ。あ、二人は眼鏡かけてないから関係なかったかな」

「お前、いい加減しろよ。あんまり調子に乗っていると痛い目を見るぞ」

「ちょっと、みんな見てるからやめなよ。亜紀が私達のために山口に聞いてくれているのはわかるんだけどさ、もうすぐ授業も始まっちゃうしそれくらいにしとこうよ」

「そうだよ。亜紀はちょっと熱くなりすぎだよ。早坂先生ももうすぐ来ると思うし席に戻ろうよ。私も歩もそんなに気にしてないから大丈夫だって」

「授業終わったら面かせよ。逃げんなよ」

「なんで私がお前らに付き合わなきゃいけないんだよ。用があるんなら放課後じゃなくて学校が始まる前の朝の方がいいんだけど」

「何勝手なこと言ってんだよ。こういうのって放課後にやるって決まってるだろ。いいから授業終わったらすぐそこにある公園で待ってろよ」

「放課後は用事があるから無理だって言ってるだろ。お前は少し相手の事を思いやった方がいいぞ。渡辺も吉井もお前のそういう暴走するところに困ってるみたいだけど、自分ではそういうの感じないわけ?」

「は、何言ってんだよ。そんなわけないだろ。な?」

「私らの事はもういいからさ、チャイムなったし席に戻らないとダメだって」

「そうだよ。山口の事なんていいからさ。問題起こしたら大変なことになっちゃうし落ち着こうよ」

「ああ、そうだな。放課後に近所の公園で待ってるから逃げんなよ」

「だから、放課後は用事があるって言ってるだろ。お前は人の話を理解する能力が無いのかよ。そんなんだから国語の簡単なテストでも赤点とっちゃうんじゃないかな。渡辺も吉井も赤点とってないのに一人だけ赤点って恥ずかしいやつだな」

「はあ、そんなの今は関係ないだろ。マジムカついたわ。ここで今からやってやろうか?」

「こら、もう授業は始まっているんだから早く席につきなさい。何か揉めていることがあるなら先生が両方の話を聞いてあげるから後で職員室に来なさい」

「いや、大丈夫です。先生には迷惑かけませんから」


 うーん、もう少し亜紀ちゃんには頑張ってもらいたかったんだけど、山口って意外とメンタル強いのかもね。あんな風に亜紀ちゃんに言い寄られたら私だったら泣いちゃってたかもしれないな。それにしても、山口が放課後に何か用事があるって何なのか気になるな。どうせろくでもない事なんだろうけど、もしかしたら逃げる口実なだけかもしれないよね。それはそれでいいんだけど、問題は奥谷君が今のやり取りを見てどう思ったかってことなんだと思うんだけど、亜紀ちゃんはそれを全く考えていないように見えるんだよな。そんなんだから毎回赤点ぎりぎりの成績しか取れないんじゃないかって思っちゃうよね。

 それにしても、早坂先生がもう少し遅く来ていたら山口はどんな目に遭っていたのか想像もつかないな。暴力ってことは無いと思うけど、本当に痛い目を見ちゃうかもしれないね。亜紀ちゃんは精神的に追い詰めるとかできそうにないけど、歩ちゃんと茜ちゃんは案外そういうの得意かもしれないよね。でもさ、私の方が上手に出来るんじゃないかなって常々思っていたりするんだよね。


 今日の授業が全て終わっていたので、あとはホームルームが終われば帰れるんだけど、亜紀ちゃんは授業の合間の短い休みでも山口を公園に誘ってるんだ。でも、山口はそれに一向に乗ろとせずに早朝なら予定もないし言ってもいいみたいなことを言ってるよ。

 どうしても放課後にしたい亜紀ちゃんと、時間はどうでもいいと思ってる山口の言い合いはいつまでも終わるそぶりを見せなかったんだけど、さすがに今回は亜紀ちゃんが折れちゃうんじゃないかな。亜紀ちゃんは単純で頭も悪いんだけど、山口の意見を取り入れることに決まってしまった。


「山口さんと亜紀ちゃんの戦いってどういう風になるんだろうね。本当に戦うのかわからないけど、亜紀ちゃんはきっと手加減しちゃうんだろうな。山口さんはそれでも亜紀ちゃんに負けそうだけどね」

「そうだよね。ウチも普通に喧嘩したら亜紀が勝つと思うけど山口って無駄に頭がいいから何か仕掛けてくるかもしれないよ」

「その準備で忙しいのかもしれないってことなのか。亜紀ちゃんにこの事を伝えた方がいいかもね」


 それにしても、亜紀ちゃんが話しかけてたせいで奥谷君が山口に話しかけに行ったじゃん。クラスにみんないるあの状況で派手にやり過ぎなんだよな。亜紀ちゃんってちょっと感情的になることが多いし、私はそれがあんまり得意じゃないから恫喝的な事はしない方がいいんじゃないかなって思っちゃうよね。


「それにしてもさ、早朝が良いって言ってたけど何時の予定なんだろうね?」

「あれ、時間は決めてないんだっけ?」

「私らが見てた時は決めてなかったと思うけど、そんなに早くから本当に山口さんはやってくるのかな?」

「そりゃ、やってくるでしょ。あんだけ自分で言っといて山口さんが来なかったら大変だよ。それと、私は亜紀ちゃんがやりすぎないように見届けに行こうかとは思っているよ」

「おお、私は朝が苦手だから見に行くのはやめておくことにするよ」

「本当はウチも行きたいんだけど、亜梨沙と一緒で朝が苦手だからやめておくよ」

「わかった。亜梨沙ちゃんも梓ちゃんも山口さんが怪我をしないように祈っておいてね」


 翌日早朝


 学校近くの公園で待っている西森亜紀と渡辺歩と吉井茜。そして、少し離れた場所から見守っている私がいるわけなんだけど、八時を過ぎても山口はやってこなかった。

 ぎりぎりまで待とうとしていたみたいだけれど、亜紀ちゃんは慌ててパンを食べだして教室へと向かっていった。

 教室について中へ入ると、私達の事をあざ笑っているような表情の山口がそこにいたのだ。亜紀ちゃんは当然のように怒っているし、普段は大人しい歩ちゃんと茜ちゃんも怒っているのだ。それは当然と言えば当然なのだが、私も待ちぼうけを食らってしまったので山口に対しては怒り以外の感情は見当たらなかったのだった。


「本当に朝からあんな場所にいてご苦労な事ですね」


 山口が言ったその一言は私達四人を怒らせることになってしまったのだった。

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