生卵
三文の得イズ早起き
生卵
遠くに大砲の音が聞こえて、そこから黒い煙が立ち上っていくのが見えた。
門番は門の向こうのその黒い煙を眺めながら「嫌な時代だよ。戦争だよ」と呟いた。
高い壁を乗り越えるように高く投げられた卵が、ふわりと浮かんでオムライスになって帰ってくる。
そんな奇妙な話を聞いた事がありますか?
ある時、門番が卵をフライパンに乗せて放り投げました。
「えいや!」
門番は力一杯、門の向こうにその卵を放り投げたのです。
卵は遠くに、遠くに、遠くまで飛んで行って星になりました。
星になった卵は、あくる日、オムライスになって門番の元に帰ってきました。
「ちょりーす」
オムライスはフランクに門番に話しかけます。
「ちょりーす」
門番もフランクに応答します。
「ありがとな。あの時、放り投げてくれて」
「いいんだよ。当たり前のことをしたまでさ」
「ありがとな。俺をフライパンにしてくれて」
そう言ってオムライスはニヤリとしながら足元を指差します。
あらまあ!
よく見るとオムライスはフライパンの上にいます。
あらまあ!
「そうやってオムライスになっても、フライパンの上から逃れられないのかい?」
門番は悲し気に言いました。
「そうさ。なんだって逃れるなんて術はないんだ。どうやったって追ってくる。君にとっての門がそれだろ? 俺にとってのフライパンがもう一個のそれだ」
「卵は、」と門番は口を挟みました。「卵は兄弟が多いだろ? 俺には兄弟なんていやしない。いつも一人だ。一人ぼっちなんだ」
「そうかい。卵は兄弟だらけだよ。おまけにみんな栄養豊富と来てる。最高だろ」
門番は無言で肯きました。
門番はにこやかにオムライスに語りかけます。
「何度も栄光を勝ち取った料理人がいてさ。そいつの店にはフライパンの形をした勲章が飾ってあるんだ。そいつは卵を卵とも思ってねえ。ただ料理が上手いってだけなんだ。勲章がフライパンなんだぜ? あんたそれどう思う?」
と、門番は挑戦的に言った。
「どうって」オムライスは口ごもって足元に踏みつけているフライパンをちらりと見た。「どうって、やっぱり良いと思うよ。フライパンの勲章なんて洒落てるじゃないか」
門番はオムライスのその答えに少しだけ不満気であった。
「涙を流しながら玉ねぎを炒めて、涙を流しながらフライパンでオムライスを作っている。そんな人達が兵隊に取られて、門番を襲うんだ。それが戦争だ。全く嫌な時代だよ」
門番は遠くで再び聞こえた大砲の音に耳を澄ました。
生卵 三文の得イズ早起き @miezarute
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