シニア暴走便;難でも書くんジャー

チェシャ猫亭

第1話 芝と柴

 山のゴルフ場。

 スパーン、と打たれたボールがぐんぐん飛距離を延ばす。

「ナイスショッ!」

 芝刈り機の手を止めて賛辞を送ると、

 ショッショッショショッーーーーー

 山合いに、こだまが響く。


「そんな感じじゃないかね、山へ芝刈り、というと」

 矢野銀次郎が、苦虫を噛みつぶしたような顔で言う。

「はあ」

 座卓の向かいの堀辰徳は、マスクの下で言葉を濁した。堀自身も、今の今まで「山へ芝刈り」に何の疑問も抱いていなかったのだ。

「困ったもんだよ、今の若いもんは。柴と芝の違いもわからんのだから」

 二度のワクチン接種を済ませた七十三歳の銀次郎は、鼻マスクの下で語気を強くした。先日、ラジオで、若い世代が「柴」と「芝」を混同していると聞いて憤慨している。


「桃太郎のおじいさんや、二宮金次郎が刈ったのは『柴』なんだよなあ。木の下に落ちてる小枝や、刈っても木の成長に影響しない枝を集めに山に入った。それが柴刈りだ」

「二宮金次郎って、有名ですよね」

 昔、小学校の校庭に必ず銅像があったという勉強家のことだろうが、四十二歳の堀も、銅像の実物を見たことはない。桃太郎のおじいさんが、背中に何か背負っていた、あれが柴の束か。

「私も子供の頃、下校時に本を読みながら歩いた。道端の農家の人に、『金次郎みたいだな』と声をかけられたよ、はっはっは」

「昔から、読書家でいらしたんですね」

 堀は、おもねるように言った。


 堀は、ボランティアで近隣シニアの読書会の世話人を務めている。先日、大間違いファックスで銀次郎に迷惑をかけてしまった、その謝罪に、今日は矢野家を訪ねていた。

「『杏と寿司郎』だなんて、とんでもない間違いを」

 と頭を下げたが。銀次郎はあっさりと許してくれただけでなく、

「いや、読まずに感想文を書くという試みに挑戦出来て楽しかった。読書感想文もいいが、創作も楽しいな、と思いましたよ」

「はい」

「それで、私も何か創作、というと小説ですか。書いてみたいと思ってね。ここはひとつ、物知りな堀さんに意見を伺おうと」


「小説、いいですねえ」

 このジジイ、また面倒くさいことを、と言うわけにもいかず、堀は目じりを下げ、愛想笑いを浮かべた。

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