酔っ払い、一応働く

「うーん、5分、5分っすかぁ」

 立ち上がると、相変わらず男らはこっちを睨んでいました。

 せっかくの再会、ここは身綺麗にしておいてあげたいです。

「お掃除しときますかー」

 動き方からして、あのおじさま方はあまりいい人ではありません。なんならマフィアや誘拐犯の類である可能性も。

 しかも見ている対象がたった一人で動いている名家のご令嬢。ここは警戒しておくべきでしょう。

「ちょっとトイレ行ってくるっすー。ココアさん、動いちゃだめっすからね」


 まずは1人目。

 ベンチに座って新聞を呼んでいたおっさんに話しかけます。

「すいませーん。トイレどこか知りませんかー?」

 寂しいことに相手は返事もくれません。

「ふぅん、困ったなぁ。トイレの場所分かんないと」

 そいつの隣にどかっと座ります。

 トイレに行くと言ったはずの俺が突然ベンチに座って、ココアさんが首をかしげているのが分かりました。

「代わりに、おじさんのこと聞くしかなくなっちゃうじゃないっすか」

 おじさんの肩に手をあてて、叩きます。

 そうするとあら不思議、袖口から麻酔針が出てくるんです。

 おじさんの頬がぴくっと動きました。どうやらこいつに気付く程度の実力はあるようです。


「んで?おじさん達、あの子のなんなんすか?」

「…………」

「そっすか、言ってくれないっすかぁ。んじゃ、別の人に聞いてみますね」

 指を少し動かしただけで、おじさんはぐっすり。

 後の一人一人と目を合わせながら、お休み中のおっさんに貰った小型無線機で話しかけます。


「こんにちはー。本島教会衛兵会第五位アルフレッド・アーサーと申しますー。皆さんがこちらの少女に対し何らかの敵対的行為を計画している可能性があると判断いたしましたー。釈明・証言等ある場合は1分以内にこの無線機を通してその旨お申し出くださいー」

 おっと、2、3人鼻で笑っています。ちょっとむかつきますね。


「1分30秒が経過いたしましたー。それでは聖女教教会及び聖女教共和国憲法に基づきましてー」

 ここで4人の内一人が目を見開きました。ああ、本島でしか権力を振るえないはずの衛兵会に何かできる訳はないって思ってたんですね。

 でも残念、本島含め聖女教に関わる3つの島からなる独立国家聖女教共和国には、こんな憲法があるんです。

「『一国民として』、国家と崇高なる聖女教を守るため犯罪の現行犯を逮捕いたします」

 さて、お仕事の時間です。

 


*  *

「つかっ――!!」

 変な叫び声と一緒にやって来た隊長は珍しく訓練服で、しかもタオルを首にかけていました。

「おっ、隊長―!ほんとどうやって来たんすか?」

 その時にはもちろん、おっさん達は遊園地の街灯に縛りつけてあります。

「……心愛お嬢様」

 呟くと、隊長はがっくりと膝を折りました。本当に珍しい光景です。

「お兄様!わたくし、ずっとお会いしたかったんですのよ!」

 抱きつこうとしたココアさんを避けるのではなく、しゃがんだまま手を前に出してそっと突き離しました。もはやあり得ねえ光景です。

「年始のご挨拶の際にも申し上げましたが、心愛お嬢様、私はあなたの兄ではありませんし、あなたは私の妹でもありません。お間違えなきよう」

「そんなっ、でも!」

「あー……」


 なんとなく察しました。

 隊長、いつもの人たらしっぷりをお家でも発揮しちゃってたんですね。

 まず、隊長はイケメンです。顔つきはまだ幼いですが、白髪交じりの頭と高い身長がそれをいい感じに中和して、お姉様にはかわいい、女の子にはかっこいいと憧れられます。

 そして性格もいい。聞き上手で温和、相手の望むものをさり気なく差し出すのが上手いです。

 そこに頭脳明晰文武両道知行合一一言芳恩、とにかくリーダーに必要な要素が凝縮したような方なんです。

 だから、たまにそんな隊長だけを求めて俺達の詰所にやってくる人がいます。相談に乗ってだの、仕事とかいいからお茶飲もうだの。

 仲間内では、そういう人を『隊長にたらしこまれた』っていってるんです。本人はちょっと嫌がりますけど。


「でも!また帰ってくるとおっしゃっていたではありませんの!」

「年始にですね。あの時は沢山の方が本家へお見えになるので、私も穂積家の皆様方と一緒にお客様へご挨拶をすることになっているのです。これは私が穂積を名乗る代わりにと当主様と交わした契約ですよ。それからお嬢様、『帰る』ではなく『参る』です。私の家は本島の職員寮ですので」

 おっと、こんな小さな女の子相手に当たりがちょっと強めです。話には聞いていましたが、どんだけ穂積家と仲悪いんでしょうね。

「でも、でも……」

 あーあ、ココアさんしょげちゃいました。


 そんな女の子に隊長はようやくため息をついて、頭をぽんぽん叩きます。

「ここまでどうやっていらしたのですか。どなたかとご一緒に?」

「いいえ!一人で参りましたの!」

「まじっすか」

 隊長はぐるりと辺りを見渡します。

「そうですか、お一人で」

 そしてあっという間にベンチでお休み中のおっさん達に気がつくと、ぼそっと言いました。

「ところでアーサーさん、あちらの方々は?」

「さっきなんか変な動きしてたんで、とりあえずと」

「なるほど。――お嬢様、こちらの遊園地には美味しいチュロスが売っているんです。いかがですか?」

「いただきますわ!」

 目を輝かせるココアさんの上で、隊長は衛兵会限定のサインを始めました。


『SPです。彼女の』

 ……いやいやいや。あれでSPはありません。周囲への配慮もなしに、対象のココアさんを睨みつけておいて。家名をどれだけ汚すつもりですか。

「シナモンとチョコがありますね。どちらがいいですか?」

『はっ?でも動きおかしかったし、警告も聞きませんでしたよ?衛兵会の人間だって名乗って憲法の話まで出したのに』

「シナモンにいたしますわ!」

『彼女を何としてでも安全に教会へ届けるよう言われたのでしょう。はじめてのおつかいという奴です。そのためには法律のひとつやふたつ』

『犯してでも子供一人で旅行させろってことっすか?んなまさか』

「かしこまりました。――すみませんアーサーさん、ご覧のなりなのでお金を持っていないんです。お願いできませんか?」

「了解っす」

「ありがとうございます」

 売店へ向かう俺に隊長はいつも通り、にっこりと微笑みました。

『最低でしょう?穂積家って』



*  *

 その後少し待って来た3台のパトカーを見て、おっさんらはようやく顔を青くしました。

 知らなかった、あいつが突然、とわめいていましたが、録音しておいたさっきの無線の記録のおかげで効果なし。俺の手帳も併せて、多分今晩は留置所でお泊りでしょう。


 警察署のベンチで、隊長は嫌そうに携帯を耳に当てていました。

「――はい。ええ、お嬢様はこちらに。SPの方々は留置所です。国内で暴力行為を働いていたので。いいえ、いたしません。――いたしません」

 隊長がきっぱりと断っているあちらからの提案、なんか分かるような気がしてしまいました。

 雰囲気は静かですが、隊長、見たことないほど怒っています。暁姫に手をズタボロにされた時だって、謝って来た彼女へは笑顔で大丈夫ですよ、お気になさらないでください、とか言ってたんですけどね。

 でもまぁ、怒鳴ったりしないだけまだ理性的――。

「……は?あなたは教会をなんだと思っているんだ!」

 前言撤回。怒鳴りました。

「社会科見学?受験のため?知ったことか。今日の所は東島のホテルにでも入れて差し上げます。社会科見学は、ルームサービスの取り方とATMの使い方にでもするといい。他には一切関与いたしません。もし襲われたらSPの質が悪いせいだ。では、後はお嬢様と直接お話を」

 そして、今にも泣き出しそうなココアさんの顔を覗きこみました。


「真夜姫様の宿坊に泊まりに来たんですか?」

「はぁ?」

 ココアさんのことを考える前に、声が出てきてしまいました。

 姫様の宿坊は、イコール修行場です。メイドと近衛以外の人物は立ち入り不可。宗教学や一般教養なんかの講師さんすら、長い廊下で外と繋がる講義室までしか入れません。赤の他人を部屋に入れるなんて論外なんです。

 ココアさんはまさか隊長に睨まれるなんて思ってもみなかったようで、恐る恐る頷きました。

「だって、だってお父様が……」

「あなたの受験のことなんて、教会には一切関係ありません」

「ち、違いますの!わたくし、お兄様に――」

「兄ではないと言っているでしょう!」

 たじろいだココアさんに、ようやく隊長もやりすぎたと気付いたようです。

 辛そうに額を手で押さえました。


「まーまーまー、落ち着いてくださいよ二人とも」

 ここで取りもてるのは、やっぱり自分しかいないでしょう。

「隊長、そろそろ姫様のお出迎えの時間でしょ?あと俺やっとくんで」

「……申し訳ありません、アーサーさん、せっかくのお休みに。後でしっかりとお詫びさせて頂きます」

 部下に向かってこんなしっかり頭を下げられる上司なんて、きっとそうそういないんでしょうね。

「おっ、じゃあアブデラさんとこのお店で一回おごりってことで!楽しみにしてるっすからね」

 もう一度俺に申し訳ございません、と言ってから、隊長は本島に戻っていきました。


「さて、と」

 警察署を出るには、出来上がった書類にあと一回サインをしないといけません。全部俺の名前にしておいてよかった。隊長のが混じるとやり直しになるかも知れませんからね。

「ぐすっ……」

「ん?」

「お兄様、わたくしのことがお嫌いなんでしょうか」

 隊長がいなくなって気を張る必要がなくなったのか、ココアさんはついに泣き出してしまいました。

「あー……」

 模範解答は多分、かわいい女の子を傷つけないための一言『そんなことないですよ』なんでしょうね。

 きっとココアさんは喜ぶでしょう。

 そして、今度こそ仲良くなってみせると隊長にべったりくっつこうとするでしょう。

 隊長は我慢強い方だ。今回のことでココアさんの態度を学んだら、どれだけべたべたされようと冷静にココアさんと接するでしょう。

 そしてそれは、隊長の大いなる負担になります。

 尊敬するあの人に向かってそんなこと、俺にはできません。


「あのですねー、ココアさん」

 おっきい目に見上げられました。

 そういえば、子供と触れ合うなんて何年ぶりなのやら。

「穂積のお家のこと、好きですか?」

「もちろんですわ!」

 ココアさんは足をぱたぱた振ります。

「お父様もお母様も、お爺様もお婆様も、皆優しい人ばかりですのよ。お家もどのお友達より豪華で、来る人がみんなびっくりするようなものも沢山ありますの。すごいでしょう?」

「おお、それは憧れちゃいますねえ」

 きっとこの子にとっての誇りなんでしょうね。

「でもですね、ココアさん。隊長――お兄さんは、そのお家を出ていくように言われちゃったんですよ」

「……え?」

 ああやっぱり、知らなかったみたいです。


「お兄さん、ちょっと難しいお話で、ココアさんがちっちゃい時までお家に帰れなかったんです。それでテレビとか新聞とかにも穂積家の名前が出ちゃいましてね。記者さんとかテレビ局とかそういう人を遠ざけるために、お兄さんが出ていくしかなくなっちゃったんですよ」

 要するに囮、ですね。

 もちろん、もちろんココアさんのせいじゃありません。

 でも隊長にとって、穂積家はそういう場所なんです。


「世の中には色んな人がいて、色んな生き方があります。はいかいいえかなんて狭い考え方じゃなくて、穂積さんから離れる生き方をしたい人もいるんだって、分かってあげてください」

 ココアさんが小さく頷いた時、丁度くまさんのバッグの中から着信音が聞こえてきました。

「お父様ですわ!」

 どうやらメッセージが届いたようです。

「明日迎えをよこす。それまでに、何か受験にいい情報を持ってきておけ。……ですって」

「うーん、困りましたねえ」

 元は姫様の宿坊に行くつもりだったんです。きっと女の子らしいテーマがいいでしょう。

 それなら――。

「あっ」

 俺の頭の中で、ある人が最悪に嫌そうな顔をしました。

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