酔っ払い、令嬢と出会う

 その命令を下した時、真夜姫様の目はいつもよりずっと輝いていました。

 いや、命令っていうかあれは頼みかな。

 ――ねえ、アーサーくんも聞いたでしょ?黎くんが敬語使わないで話してた人!

 ――黎くんは『なんでもない』としか言ってくれなかったけど、やっぱり気になるよね。

 ――ね、ね、気になっちゃうよね?!

 でもまあ朔夜さんの病室の前までは連れてきた訳だし、そんなきつく隠すようなことでもないんじゃないかなと思ったんで、本人に直接聞いてみました。

 ――ああ、姫様の前で個人的な話はと思いまして。友人ですよ。

 ――アブデラ・ウフキルといいます。歳は確か今21でしたかね。

 ――職業?東島にある居酒屋の店員ですよ。

 裏取りました。

 取れました。

 報告しました。


「終わりかよ!!!!」

 だんっとビールグラスを置いた俺の肩を、隊長は優しく撫でてくれました。

「アーサーさん、そろそろ水飲んだ方がいいですよ?明日休みだからってやり過ぎです」

「なんで隊長そんな強いんすか!まだ15でしょ?!飲めるようになったばっかじゃないっすか!どーしてさっきっからロックしか飲んでないんすか!」

「これはそこまできつい酒じゃありませんから。ほらほら、そんなんじゃ帰りの船乗れなくなりますよ」

「もう、もういいっすわ……隊長空とか飛べるんしょ?俺のこと持って帰ってくださいっす……」

「僕は空は飛べませんよ。アブデラ、水」

「はいはい」


 なんだかんだで、隊長はそのアブデラさんの店に連れてきてくれました。

 酒も食い物も美味い店です。ついでに、真夜姫様のご実家の酒も何種類か置いてました。隊長が頼んだそうです。

「たいちょぉ、きいてくださいよぉ……姫様がいい人過ぎて、俺らやることないんすよぉ……」


 小間使いとして育てられた頃は、馬車馬のように働かされると聞いていました。他の姫を蹴落とし貶め辱める、それこそ俺らの仕事なんだって。それがまさかの、常識の域だった姫様方によるメイドへの暴行について一度調べたきり。今回のは……任務に数えていいのかどうか。

「いいことではありませんか。それにアーサーさん、今が華と思っておくべきかも知れませんよ?3年後にはもっと性格の悪い方にお仕えしなきゃいけない可能性もあるんですから」

「あっ!今たいちょぉ言いましたね!他の方に仕えるって言いましたね!姫様が預言者様になることはないって意味に聞こえちゃいますよ!不敬ですよ!報告しちゃいますよ!」

「かも知れない、と言っただけですよ。さあ、お水です。落ち着いたら連絡船乗りましょうね」

「酔っ払いの扱いすら慣れてるぅ!このスパダリめぇ!!」


 スパダリって何ですかスパダリって、とため息交じりに呟いた隊長は、結局1時間後の連絡船で一人帰っていきました。

 その、なんていうか、動けなくなった俺を、近くのビジネスホテルに置いて。

 


*  *

「う~~」

 翌朝。

 連絡船の乗り場で、俺はミネラルウオーターを煽っていました。

 とりあえず寮に帰って、もっかいシャワー浴びて、明日の予定確認したら隊長に謝って寝ようと思います。

 にしても姫様のご実家の酒は美味かった。アブデラさんに聞いたらご家族も気のいい方ばっかりだそうで、俺達が暇な理由も分かった気がします。


「……ん?」

 そこで気がつきました。

 チケット売り場がなんだかもめているようなのです。

 2人のスタッフさんに囲まれてるのは、十歳くらいの女の子。

 随分お高そうなレース付きのスカートにおっきなリボン、それからくまさんの形のリュックを持って、大人にも臆せず叫んでいます。

「ですから何度も言ってますわよね!この程度のはした金、後でお兄様が払いますわ!早く乗せてくださいまし!」

「いやぁだからね、そのはした金がないと乗せられないんだよ。お父さんお母さんは?いないの?」

「……他人のプライベートに土足で踏み込むなど、恥ずかしいとは思いませんの?!」

「あのねぇ君」

 ――なんだ、あれ。

 放っておいても良かったんですが、ちょっとした好奇心で話しかけてみることにしました。


「こんにちはー。本島教会衛兵会第五位アルフレッド・アーサーですー。どうしました?」

 いつも懐に入れている手帳を見せます。

 姫様の近衛っていうのはそこそこに地位があって、そこそこに色んなことが許されています。

 手帳もそのひとつ。ちょっとしたトラブルなら警察官の代わりに対応することができるんです。本当は本島の教会内だけでの権利なんですが、東島でも相談と警察への引継ぎくらいならできます。

「ああ、衛兵さん?!助かった、この子がねえ」

「ええ、聞いてました。船に乗りたいんですよね」


 しゃがんで女の子と目線を合わせてみたら、思いっきり睨まれました。

 子供扱いされるのは好きじゃないみたいなので、なるべく丁寧に。

「いかがなさいました、お嬢様?」

 ふんっ!と、目をそらされてしまいました。

 ――うーん、もうちょっと打ち解けないとな。

「本島へは、巡礼でお越しに?」

「違いますわ」

 この辺でチケット売り場が混んできたので困り顔のスタッフさんにそっちを指してあげると、何回も頭を下げながら戻っていきました。

「……お兄様に、会いに来ましたの」

「お兄様、ですか。職員さんで?」

 ここじゃ邪魔になるので、近くの自販機でぶどうジュースを買ってから待合席へ。

「はい!あなたなんかよりずっとずっと偉い方なんですのよ!」

「おっと、これは失礼いたしました!」


 背筋を伸ばして礼をしながらも、俺はそれはないだろうなぁ、と思っていました。

 教会の職員は3部門。礼拝堂・研究堂・衛兵会に分かれます。

 礼拝堂は自らもお祈りをするとともに、巡礼にやって来た方々のお世話をする部門。

 研究堂は聖女教の由来や教典について詳しく研究する部門。

 そして衛兵会が、教会を悪者からお守りする部門。

 聖姫様の近衛、第五位は結構なエリート。礼拝堂や研究堂でそう名の付く役職まで成り上がるには、最低でも四十歳代までかかります。

 衛兵会は身体を動かす分早く出世できますが、俺の記憶ではこんな小さい妹のいる人はいなかったはず。

 まあ、これから絞ってみることにしましょう。


「ところでお嬢様、お名前をお伺いしても?」

 お嬢様はジュースの缶を両手で持って、ぺたぺた足を振りました。

「心愛ですわ」

「ココアさん?かわいい名前っすね。苗字は?」

 ココアさんは、またむすっとしてしまいました。

「……内緒ですわ」

「えー?」

「プライバシーですのっ!」

「そうっすかー」

 頑として言う気はなさそうです。両親もいないようだし、家出か喧嘩か、そんなとこでしょうか。


「じゃあココアさん、お兄さんのお名前教えて貰えませんか?」

「……」

 困ったな、また黙ってしまいました。

「答えて貰えなきゃ、お兄様呼んであげられないっすよー」

 ココアさんは迷ったようですが、結局また叫びました。

「プライバシーですわ!」

「うーん……」

 苗字もお兄様のお名前も教えてくれないとなると、俺らしい手を使うしかなくなってしまいます。

 病院でごろごろしているであろう相方に、電話をかけるのです。


『どうした』

 全く、愛想のない声です。

 メイドの時の猫なで声も俺は苦手ですが、同じ人とは思えません。

「もしもーし朔夜さん、暇っすかー?」

『お察しの通りだ。何か用か?』

「今、東島の連絡船乗り場にいるんすけどね、ちょっと困ってる子とお友達になったんすわ。調べてほしんすけどー」

『ああ』

 朔夜さんがPCを取り出す分の数秒間待ってから続けます。


「本島教会内の多分職員で、――えーっと、歳いくつです?9歳の妹がいる人。妹の名前は――どう書くんす?心に愛でココアさん。お願いできるっすか?」

『それだけか?苗字は?職員の名前は?』

 向こうも呆れているようです。

「それが教えてくれないんすわ。プライバシーだって」

『なんだ、随分と勝手な話だな。放っておけ、そんなガキ』

「まあまあ、そう言わずに。データ照合してくれるだけでいいっすから」

『全く。待ってろ、10分後に連絡する』

 さらっと言ってますが、これ、小間使いとしてもとんでもねぇ速さです。

「はーい。頼んます」


 電話を切って、俺はココアさんに笑いかけました。

「んじゃ、ちょっと遊びに行きましょっか」

「遊び?教会へは連れて行ってくださいませんの?」

 もうすぐ、次の連絡船が着きます。

「俺遊びたくなっちゃったんすよー。ちっちゃいですけど遊園地ありますから、そこ行きましょ」

 そう、遊びたくなっちゃったんです。

 ――散らばってこっちをじろじろ見てる、がたいのいい5人のおっさん達と。



*  *

 ちっちゃい遊園地にはしゃいできゃあきゃあ言ってるココアさんの向こう側、本島の方を眺めていました。

 男達はファストファッションの店で揃えたような普段着。うまく背景に溶け込んではいますが、筋肉の付き方や微妙な目線から見るに、元は軍人か傭兵をやっていたんだと思います。

 全員が拳銃を所持。そう新しくない型なので丁寧に使い込んでいるか、あるいは中古屋で買ったんでしょう。


 目に余るのが、先ほどからのこいつらの暴力行為です。

 遠慮なく人を突き飛ばしたり、子供を蹴ったり。注意した人に銃をちらつかせて脅す、なんてこともやっています。全く、この島をなんだと思っているんでしょう。

 入場チケットを買って財布をバッグに入れたところで、丁度朔夜さんから電話がありました。

『私だ』

「待ってましたよ!どうでした?」

『全職員から修道士まで調べたが、心愛という名前の妹がいる者は、本島にはいない』

「えー」

『だが、妹じゃない親類ならいる』

「つーと?」


 朔夜さんは、ふっと笑いました。何か面白い情報を見つけた時の癖です。

『穂積家次期当主道長氏の令嬢が心愛という名前だ』

「じゃ、じゃあ」

『だから苗字も家族の名前も言えなかったんだな。穂積家の令嬢がこんな所にいると知れてはまずい』

 ココアさんを見下ろします。なんとなく似ているような、似てないような。

「隊長の……姪っ子さん?」

 なんてこった。

 お兄様、本当に俺より偉い人でした。


*  *

 とりあえず着信を入れておいたら、隊長は10分後に折り返してくれました。

「お疲れさまっす、アーサーですー。すみません隊長、今電話大丈夫っすか?」

『お疲れさまです。ええ、丁度ダリオさんにしごかれていたところなので』

 ダリオさんは、衛兵会でも5本の指に入るほどの近接戦の達人です。隊長はいつも、この方に稽古をつけてもらっています。

「あ、それはますますお疲れさまです。えっとですね隊長、実は」


 ちらっと隣を見ると、ココアさんはたった今買ったリンゴ飴をなめています。

「『妹さん』がですね、今隣に来てるんすわ」

 隊長はなぜか、黙り込んでしまいました。

「あれ?隊長?もしもーし?」

『……アーサーさん』

 ようやく返ってきたその声は、妙に低くなっていました。

「はい?」

『今、東島にいらっしゃるんですか?』

 なんででしょう、作戦会議の時と同じ声です。

「え?ええそうっすよ、遊園地んとこにいます」

『分かりました。5分で行きます。その子には、落ち着いて待つように伝えてください。アーサーさん、お願いです、どうか、どうかその子を頼みます』

「へ?分かってますよ……ってか5分って、隊長本島の訓練場なんじゃ」

 そのまま電話は切れてしまいました。

「どうしたんでしょう、隊長」

 とりあえず振り返って、ココアさんに笑いかけました。

「よかったっすね。お兄さん、もうすぐ来るみたいっすよ」

「本当ですの!」

 ココアさんは、嬉しそうにぴょんぴょん跳ねました。



*  *

 人けのないテトラポットまで、訓練場から走って3分。

「アブデラ!聞いていたな!」

「ええ。しかし本当にお嬢様なのでしょうか?」

「……分からない。とにかく」

 誰もいないことを確認してから、右手を掲げる。

「神命である!飛べ!」

 視界が闇に包まれた。

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