たった2ケ月の幸せ

 私は子どもの頃から生き物が好きで、カブトムシやザリガニ、金魚、てんとう虫など世話をして育てていた。

 カブトムシは糞まみれのクヌギから糞だけを抜き取り、フカフカのクヌギを足して霧吹きをかけて幼虫を育てるくらい結構マメ。


 そんな私が昆虫ではない生き物を初めて育てたのが、セキセイインコだった。

 小鳥専門店でつがいを飼って、そこから何羽も増え祖父が庭に鳥小屋を建てたくらいに増えた。


 雛から手乗りにした子が1羽と、友だちから譲ってもらったコザクラインコの雛と共に2羽の手乗りを育てた。

 すっかりインコの魅力にハマってしまった私だけど、この子たちを失くしてから数年間はインコが好きだったこともすっかり忘れてしまうくらいインコライフからは遠ざかっていた。




 自分が心身の不調から体調を崩していた期間が数年あり、その間やたらと人からはペットを飼うことを勧められた。

 特に「犬はいいよ」「猫可愛いよ」と言われることが多かった。

 

 実際自分もインコを飼ってから数年後期間がかぶる形でヨークシャテリアのオスも飼っていた。

 癒されるのも分かるけど最期まで看取る大変さも経験していたので、話半分で聞いていた。


 年頃で一人っ子の娘からは「ペットを飼いたい!」とせがまれるようになり、いろいろ検討していくうちに『そうだ!インコを飼おう!』ということになった。







 とある祝日、近場のホームセンターを巡るが中々出会えず。

 ふと思い至り、二十年近く前に買った小鳥専門店がまだやっていることを知り、恐る恐る行ってみることになった。


 そこにはお年を召されたおばあちゃんが震える手でインコたちの世話をしていて、子どもの時以来ぶりに来たその空間にいろいろな意味で震えた。


 複数の鳥かごが設置された部屋には、一つのケージに二羽ずつ程で配置されあちこちからいろいろな声が聞こえていた。

「声かけてね」

 そうおばあちゃんは言って、椅子に腰かけていた。


 娘は鳥たちが大音量で鳴いているのにじゃっかん引き気味ではあったものの、一羽の青い鳥を指さした。

「この子綺麗」


 私はおばあちゃんに声をかける。

「この子下さい」


「メスだけどいい? つがいだと少し安くなるよ」

「この子だけでいいです」


 そう言って連れ帰った子は、青春と書いて青春アオハルと名付けられ「ハルちゃん」と呼ばれる我が家の家族となった。


 メスだからか、彼女の性格なのかとにかくあまり動かない。

 まるでフクロウのような子で、かと言って元気がないわけでもなく…怖がりで慎重な性格。


 豆苗が大好きで、手を近付けても逃げない程度には慣れてきた。



 ある時「ハルちゃん一羽で寂しそうだね。 あんなにお友だちいっぱいいたのに」と言う話になり、結局その一カ月半後に二羽目を迎えることにした。


 同じ鳥専門店で私が一目ぼれして連れ帰ったのが、朱夏シュカと名付け「シューくん」と呼ばれることになるパステルレインボーの元気なオスインコだった。


 しばらく様子を見ていると、緊張気味な二羽も徐々に打ち解けお互いが気になる様子。

 試しに会わせてみたら、シューくんがハルちゃんを大好きでいつも追いかけてちょっかいを出しに行く。


 ハルちゃんも、シューくんも荒鳥で手乗りではないものの、ストレス発散と運動不足解消のために定期的に放鳥させていた。


 その度にシューくんはハルちゃんに会いに行って、毛を繕いあったり隣で居眠りしたりしてお互いの存在を確認しあおうように過ごしていた。


 普段は大人しいハルちゃんも、ケージの掃除の為にシューくんと離れ離れになり姿が見えなくなると「どこ行ったのー? ねえ? どこにいるのー?」と呼びかけるように鳴き、シューくんも「ここだよー」と応えるように鳴いていた。


 仲のいい二羽を見るのが何よりも幸せで、日々の糧となりインコを飼ってよかったと実感する毎日だった。





 そんな安定した日々から一転、新年早々シューくんがどことなく元気がない。


 いつもはうるさいくらい元気で、目が合えば出して欲しくてアピールしてた子が大人しいなと感じた。

 エサはきちんと食べているけど、毎日見ていた自分には何かおかしいと思った。


 県内に鳥専門で診てくれる病院は三件ほどしかなく、田舎の我が家からは一番近くても一時間程かかる。

 とりあえずいろいろ調べて、専門ではないけれど小動物も診てくれるという近くの病院へ連れて行った。



 防寒カバーでケージを覆って、大事に大事に抱えて行った。

 初診で問診表に記入し、待合室で待ってる間もたくさんお喋りしていたシューくん。

「うんうん、みんないるねー」

 と話しかけながら、診察を待っていると名前が呼ばれ奥の狭く暗い部屋に案内された。


「シューくん。 人には慣れてない感じ?」

「はい、手乗りではありません」


 そういうと先生は暗い部屋で「体重測りたいな」と捕まえ、ちょいちょいと触診したりした。

「毛が広がってうずくまってる感じではないね」

「はい、まだ鳴いて動き回る元気はあります」

「糞を検査して調べてみましょうか」

「はい」


 そう言うと、先生は綿棒で採取し始めた。

「ん? これ糞じゃない、吐いた痕だね」

「そう言えば…気持ち悪そうに首を振ってました」


「可能性としてはメガバクテリアってインコにはよくある厄介な病気があるんだけど」

 その名を聞いてドキッとする私。


 インコ関連の動画で幾度となく目にしてきたその病気は、見た目もボロボロになり辛そうで嫌だなと思っていたものの代表だった。


「検査するので座ってお待ちください」


 検査を追えたシューくんは変わらず鳴いていて、たまに移動する体重を感じ大事なものを抱えているんだと思った。


 しばらく待っていると再び呼ばれ、検査の結果が伝えられた。

「メガバクテリアを疑ったんですけど、糞からは今のところ異状は見当たりませんでした。 かわりに吐物からはそのう炎初めいろいろな菌が見つかりました」

「そのう炎…」

「抗生物質を出すんですけど、問題はどうあげるか…。 人に慣れてれば一滴をくちばしから飲ませられるんですけど、餌に混ぜるか水に混ぜるかになるんですけど、正確な量が分からないので、どのくらい効くか…。 とりあえずそんな形で様子を見てもらえますか」


 そう言われ、またシューくんを大事に抱え帰宅。


 栄養が大事だと調べネクトンを注文し、保温が大事だと温めるようにして、抗生剤も餌に混ぜた。

 けれど、翌日、翌々日と吐いた形跡は続き、薬が効いているのか分からなかったので、直接手であげるようにした。


 冷えた手で掴んではいけないと、手袋をしてそっと捕まえてさっと飲ませる。

 夜も何度も様子を見る、そんな日々を繰り返していたけど、見た目にも吐いたものが付いてボロボロしたきたのを目の当たりにして、これはメガバクテリアかもしれないなと思った。


 すぐに獣医に連れて行きたかったけど、外は雨と寒さで厳しくこの状態のシューちゃんを連れ出すのはかえって酷だと判断した。


 その翌朝のことだった、深夜見た時はきちんと止まり木にいた彼が下に横たわっていた。

 まだ微かに温かい。


 もう少し早く起きて気付いてもっと温めてあげていれば。

 プラケースに移して、さらに保温してあげていれば。


 たらればと自責の念が駆け巡る。


 必死で温めるがもう彼は虹の橋を渡ってしまったんだと悟る。





 生き物は大変だ。

 分かっている。

 覚悟を持って迎えた。


 犬三十万円、猫二十万円、インコ三千円。

 生体の値段なんて関係ない。

 ペットはペット、家族だ。


 餌以外にも、こんなおもちゃ好きかな?

 こんなオヤツ好きかな?

 なんてお金が出ていく。


 不調になってからも、病院代やサプリ代、保温器具や光熱費もかかる。

 心配でよく眠れないから、心が落ち着かなくなる。


 毎日祈るような気持ちで過ごしていた。

 必死で、親身に世話してきたつもりだった。



 短期間だったけど、もう随分長いこと一緒にいたような気がした。


 ハルちゃんにも申し訳ない思いでいっぱい。

 大好きな弟分を失くしてしまった。


 この数カ月、君がいてくれてお母さんはとても幸せだったよ。

 もっと一緒にいたかったよ。

 ごめんね、シューくん。

 ありがとう、シューくん。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る