可憐にブルーム!

緑野キミ

第1話 可憐なる春は突然やってくる

水無月みなづき先輩。俺と、付き合ってくれませんか?」

 放課後の校舎裏、水無月輝流みなづき てるは告白された。相手はおそらく後輩であろう男子高生だ。端から見ればまるで青春の一ページの様な、甘酸っぱい恋模様だろう。桜吹雪が舞い散り、暖かい風がそれを流れに乗せて辺り一面を桃色に染め上げる。肩まで伸びた髪を風にたなびかせながら困惑の表情を浮かべる輝流の姿は可憐で、惚れられるのも無理はない。

「あの、申し遅れました。俺一年の松尾まつおです。始業日の昼休み、中庭のベンチで佇む先輩をお見かけして一目惚れしました」

 困り果てた輝流をみて、松尾は不安になったのか早口でまくし立てた。だが輝流が知りたいのは惚れられた経緯ではない。

「なんで突然告白してきたの? 君とは面識ないはずだけど」

 始業日は一週間前である。今まで輝流は松尾と会話したことがない。輝流は何度か告白をされたことがあったが、初対面でいきなりというのは初めての事だった。

「突然のことで申し訳ないとは思ってます。きちんと先輩と仲良くなってからすべきだと。でもそうしている間に誰かに先を越されたくなかった。ですから初めから好意を伝えて、そのうえで先輩に認識されたかったんです。中途半端に後輩ポジションだと恋愛対象として見てもらえないかもしれないでしょう」

 実際それを思いついても行動に移せる積極性を輝流は羨ましいと思った。輝流は恋愛には奥手なタイプだった。

 それに、松尾の不安も杞憂ではない。輝流は学内でもかなり人気があるほうだ。ソプラノの透き通った声に160に満たない低身長。艶のある黒髪は羨む女子も多い。まつ毛は長く、目の大きさが際立つ。肌にはニキビ一つなく、頬も唇も血色の良い桃色である。友人が少なく控えめな性格も人気の要因の一つだった。

「先輩は一年の間でも既に人気があるんですよ。超可愛いけどあまり人と関わらない性格なの守ってあげたくなるといいますか」

 輝流は褒められて悪い気はしなかったが、可愛いといわれるのは抵抗があった。

「可愛いってのは......ちょっとコンプレックスかな」

 輝流はそう言ってはにかんだ。松尾は慌てて言い変えようとするが、変わりの言葉が見つからないようだった。可愛いが駄目なら何が地雷になるのか分からないのだろう。しばし沈黙が続いた。輝流は早く告白を断りたかったが、なるべく角を立てない様な言い方をしようと考えた。経験上早めに断る方が良いと分かってはいたが、如何せん言い出すタイミングが難しい。

「ごめんだけど」輝流が意を決して断ろうとするが、松尾は被せて話し始める。

「可愛いと言われるのが嫌、なんですね。じゃあ美人、麗しい、可憐?」

 言い換えれば良いというものでもない。それら全てが輝流にとってはそれほど良いものではなかった。他人は贅沢に思うかもしれないが、輝流は凛々しく格好の良い容姿になりたかった。

「そういえば先輩何か言いかけました?」

 松尾が申し訳なさそうに言う。輝流は今しかない、と思い、深呼吸をして切り出した。

「ああ、言う決意が出来たから答えを出そうと思ってね」

 輝流のその一言で、松尾は体を強ばらせた。二人の間に緊張が走る。輝流は言い出すか迷ったが、言わなければ進まないと思い、続きを話し始める。

「君はショックかも知れないけど、僕は男だ。だからこの告白を受けることはできない」

 ようやく言い出せた、と言わんばかりに輝流は胸をなでおろした。松尾は驚きを隠せないようで口をつぐんでいる。輝流は正真正銘の男だった。容姿だけならそこらの女子より優れているため、時々このような勘違いをされる。無論、輝流は隠すつもりは無かった。「そうでしたか」と松尾は冷静を装ってはいたものの、表情から動揺しているのは明らかだった。輝流は困ったな、とばかりに頬を掻く。輝流は男に告白されるたびに勘違いを正していたのだが、真実を知った相手の反応を見るたびに胸が傷んだ。巻き込まれただけなのに自分が悪いような気がして、輝流はこの瞬間が一番嫌いだった。だからか輝流は言い出しにくかったのかもしれない。

「そうでしたか」松尾はもう一度同じセリフを吐いた。今度は少し落ち着きを取り戻したようで、現実を理解し始めていた。とはいえ、告白をした相手が男だったというのは中々ショッキングだろう。勘違いで同性に告白をしたという事実は松尾にとって不名誉なことに違いない。輝流もそれを察してか、優しく語りかけた。

「松尾くん、僕は誰にも言いやしないから気にしないでよ。まあ僕も他人に言いふらせるような自慢話ではないし。このことはお互い忘れよう」

 松尾は申し訳なさそうにすみません、と連呼した。輝流はなるべく笑顔で気にしないでと慰めた。

「今はもうまともに考えられないので帰らせてもらいます。ご迷惑をおかけして申し訳ないです」

 松尾は暗い顔をしつつも、精一杯の笑顔を向けてそう言った。輝流は常に誠実な松尾に少し好感を持っていた。

「少なくともさ、僕は君が嫌いじゃないよ。だから気が向いたら文芸部に来なよ。今新入部員募集中なんだ」

 文芸部員は現在三名、絶賛廃部の危機だった。前々から後輩が欲しいと思っていた輝流にとって渡りに船だ。

「嫌だったら来なくても構わないからさ。僕は待ってるよ」そう満面の笑みを浮かべながら勧誘してきた輝流に絆されたのか、松尾の顔も明るさを取り戻していた。

「前向きに考えさせてもらいます」松尾はそう一言言うと会釈をして去っていった。


 次の日、輝流は始業時間の一時間半前に起きた。これは習慣だ。学校は家からそう遠くないためこれほど早起きする必要も無いのだが、輝流にはそうすべき理由がある。意中の相手である藤宮春菜ふじみや はるなに会うためだ。

 春菜はクラスが違うが朝の図書委員の活動の際は顔を合わせることが出来る。そんな不純な理由で図書委員になって、朝が苦手なくせに早起きの習慣を身につけた。恋というものは恐ろしい。朝の支度を手早に済ませ、家を出る。輝流は鼻歌を歌いながらスキップで学校まで向かった。もう春とはいえまだ寒さが残る。春もそろそろ自覚を持った方が良いのではないか。輝流は季節に悪態をついた。こういいつつ、輝流は春が好きだ。何しろ好きな人の名前と同じ季節だからである。この能天気も流石と言わざるを得ない。

 そう時間がかからぬうちに学校へ着いた。校舎は暗く、寒かった。すきま風が吹き日陰になってるため朝は余計に寒さを増す。輝流はブレザーの裾に手を引っ込めて足早に校舎に入った。なぜブレザーなのに女子と間違えられるのかいつも疑問であったが、近年はブレザーを選択する女子も一定数いたようで輝流もそのうちの一人だと思われていたらしい。納得すると同時にどこか迷惑をこうむった気もしてならない。

 廊下の角を曲がると、正面から淡い光が漏れていた。図書室に着いたようだ。図書室のドアの正面には大きな窓があり、朝はそこから日が差す。周りが暗い分、その光が廊下まで届いてくるのである。扉が小さな音を立てて開く。輝流は周りを見渡しながら中に入っていく。少し埃くさいが、厳かな雰囲気があるこの場所が輝流は好きだった。特に朝のこの時間だと滅多に人はおらず、春菜と二人きりで過ごせるからだ。図書室は薄暗く、人の気配はなかった。輝流は落胆したが、鍵がかかっていないという事は確実に誰かがいる。輝流は図書室の奥を探すことにした。手前側の机やカウンターがある場所は窓から漏れる光で照らされていて明るいのだが、本棚がおいてあるあたりは日焼け防止のためにカーテンを閉め切っており、暗い。そこに春菜がいるかもしれないと考えたのである。輝流は電気をつけて本棚へ向かう。電気をつけてもやはり暗い。

 この暗さが落ち着くのだと輝流は思っているのだが、一人だと怖い。内心恐怖で今にも叫びたいところを押し殺していた。ビクビクしながら本棚の合間を探していると微かに椅子を引く音が響いた。音は図書室の隅、本棚の奥にある読書スペースから鳴った。恐る恐る近づくと小さな机で読書をしている女子生徒がいた。薄暗いが春菜でないことは一目瞭然だ。輝流は落胆した。

 彼女も輝流に気がついた様で椅子の背もたれに肘を乗せる形で振り向いた。そこに居たのは輝流が産まれて初めて見るレベルの美人だった。ダークブラウンの髪、整った顔、抜群のプロポーション。特徴的なのはその大きな目である。眼光鋭いが凛としていて美しい。輝流が見とれていると彼女もまた輝流をじっと見つめていた。長い沈黙が続き、輝流が精いっぱいの笑顔を見せると、彼女もぎこちない笑顔を見せた。

「あんた、図書委員?」

 彼女はぶっきらぼうに言った。声は落ち着いていて輝流よりも低い。

「うん、そうだけど......」

 輝流は校章の色から自分と同じ二年だと判断し、タメ口で答える。

「来るのが遅い。わざわざ先生を呼んで開けてもらったんだけど」

 口調こそきついものの、それほど怒っているわけではなさそうだ。ごめん、と輝流は平謝りをした。

「まあいい。本を借りたいから貸出の手続きお願い」

 深淵の様な瞳が輝流を見つめる。見続けると吸い込まれそうで輝流は居心地が悪く感じた。

「いいよ、カウンターまで来て」

 輝流は足早にカウンターに向かい、パソコンを起動した。彼女もあとを追いかけてくる。

「図書カード貸してくれない?」

 輝流がそういい終わる前に彼女は本二冊と共に図書カードを差し出した。

早咲可憐はやさき かれんさん......か」

 輝流は図書カードを見て無意識に呟いた。いい響きの名だと思ったからだ。

「うん、私の名前可愛いでしょ?」

 可憐はあまり謙遜をしないタイプのようだ。着飾らない素直さが魅力的だと輝流は内心思う。

「そーいうあんたは? 名前教えてよ」

 輝流は言うのを渋った。自分の名前は好きだが、同時に変わっていることも理解している。

「水無月輝流、変な名前でしょ?」

「そんなことない。私は可愛くていいと思う」

 可憐があまりにも平然と言うため、輝流はにやけてしまう。ちなみに読みがなのになぜ余計に流の字が付いているのかというと、単純に苗字とのバランスの問題だという。輝流はいかついので一文字の方が良かったと常日頃思っているが、今更どうしようもない。  

「可憐さんって何組? 僕はB組なんだけどさ」

「私はC、隣のクラスなのにお互い知らなかったんだ」

 こんな美少女がいたら絶対に記憶に残ってるはずだ、と輝流は少し気になった。

「C組ってことは春さんと同じクラスなんだ。あっ、藤宮春菜さんのことね。知ってる?」

「知ってる。すっごい影薄い子でしょ。あんまり話したことないけど」

「......影薄いんだ。春さんは図書委員で一緒だからさ。たまに話すんだよ。今日はいないけどね」

 可憐は春菜が図書委員ということすら知らない様子だった。

「私さ、友達少ないから。男子は苦手だし、それで男子にきつくあたってたら女子からも嫌われちゃってね。久々に仲良くできそうな子が出来てよかった」

 そういう可憐の顔はどこか寂しげだった。

「僕で良かったらさ、友達にならない? 僕も少ないんだ、友達」

 輝流は自分も男なんだけどな、と思いつつも特に疑問は抱かなかった。それよりも寂しそうで儚げな少女を見捨てるわけにはいかないという自己満が勝った。後々厄介なことになるとは知らずに。

「ほんと? なんか恥ずかしいね。面と向かって友達になろうって言われるのは」

 そういわれて初めて、輝流は自分がだいぶクサいセリフを吐いたのだと気が付いた。真っ赤に染まる輝流の頬に可憐は手を添える。顔を額がくっつく距離まで近づけ、可憐はささやく。

「裏切らないでよ。信じてる」

 輝流にはその言葉の意味が深く理解できなかったが、何も言わず首を縦に振った。わざわざそういうという事は以前裏切られたことがあるのではないか。知り合ったばかりで踏み込んだ質問は気が引けたためしなかったが、輝流はこのミステリアスな美少女に興味がわいた。

 その後、貸出手続きを終えて本を受け取った可憐は「またね」と言って図書室を出ていった。輝流にとってこの出会いはまさしく運命だったのかもしれない。閉まる扉と共に春が訪れる音がした。

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