第9話:歪まされた祈り
それからの〈
ある日のことだ。若者を中心として小規模ながらデモが発生した。
それが起きたということ自体も問題だったが。起こったそれに対して、警察や国防軍はあろうことか〈パメロイド〉を投入し制圧を試みた。一触即発となったその状況の中に、〈夜明けの鐘〉は〈メーヴェ〉に搭乗し白昼堂々と現れて乱入した。
かと思えば、「私が自由である様に君達もまた自由だ」と講釈を垂れつつも、夜まで約八時間そのデモを見守る、という珍事でその一日を終えていた。
言葉だけで言えば本当に珍事だが。デモ隊が諦めるまで不平不満を打ち明ける中、両者共、武力衝突を起こすことはなく、死傷者無しで終わらせるというのは彼が居たためであっただろう。
『夜明けの鐘は今、武装が尽きていて戦えない。故に奴は今戦闘ができないのだ』
別のデモが発生したある時。そんな楽観的なことを考えていたある部隊の指揮官が、〈パメロイド〉二十機を投入してデモ隊に攻撃を行ったところ、乱入した白い機体が部隊を壊滅に追いやった。その際の恐怖かあるいは責任からかその指揮官は精神を病み後に辞任した。
本当に少しずつではあるが、段々と日本の民意は〈夜明けの鐘〉を支持する様になっていった。
変わりつつある世の中。しかし。
政府を支持する者達もまた、この国には多く居るのである。
『
その頃、国営放送を通じてその演説は放送された。
中央政庁──旧東京タワー跡地に立てられた国会議事堂に代わる行政施設である。
『何とも嘆かわしいことであり、そして愚かしいことである。何故こうも過ちを犯す者は現れるのか』
そう語るのは
容姿端麗、
『秩序故の不自由は、悪ではない。混沌たる自由こそが真の悪なのだから』
そう一際声を張り高らかに宣言する。
『前時代、自由主義がこの国に何をもたらしたのか、知らない者は、忘れた者は居るまいな? それが緩やかな退廃だったことを。自由などというモノの元、為さねば成らぬ義務を放棄し、自らの夢欲望を優先し、怠慢に身を委せて資源を喰い潰す者達がいたことを。そしてそのツケを払わされた者達が居たことを。
否、忘れたとは言わせない』
その拳を強く握りながら、鬼龍院は訴えかけていた。
『2010年代半ば、世界規模で起きた新種ウイルスの
交易は断絶し、自由化を優先していた先進各国は不安に駆られ、そのまま連鎖的に情勢が悪化し経済的にも破綻した。挙げ句にはそれが、第三次世界大戦を引き起こす切っ掛けとなった』
世界警察と呼ばれた先進国アメリカの失墜。それが2019年に起きた第三次世界大戦の
あるいは当時の大統領が錯乱して先制核攻撃を行ったなどという噂も流れた。今や国連さえまともに機能しているかわからない現状ではその真相は深い闇の中であるが。
『かつて戦争があった』――そんなたった一言の真実で、世界の先進国のほとんどが壊滅的被害に陥ったという事実を現していた。
『それに引き換え、この国はどうだろうか。
自由を捨て、秩序の元に生き、国民それぞれが己に課せられた責務を全うする。その結果、再びの繁栄を手にすることができたではないか』
そんな中、日本だけが無事であった。
憲法九条を忠実に守っていたというのもあるだろうが、むしろ見向きもされなかったという方が理由としては正しいか。
幸か不幸か戦時中にいつの間にか感染症も収束していた。ワクチン開発が進んだこともあるが、集団免疫の獲得が大きかったとされている。
それでも、戦争による直接的被害が無かったとはいえ、日本は感染爆発による被害はしっかりと受けていた。
70%近い企業の廃業による経済・財政破綻。何より輸入に頼り極端に低下していた当時の食糧自給率では、国民への食糧供給が圧倒的に間に合っていなかった。
2020年代初頭、それを覆す為に作られた法令が提示、施行された。『自治体・企業自動徴集令』──後に『自由禁止法』の原点となる法令である。
『自由禁止法の
この施行により、急増した失業者を再就業させることで、政府はこの国を立て直すことに成功した。
特に農業者、彼らは一時期慢性的な後継者不足に悩まされていた。それがどうだろう。今や繁栄を約束されたも同然となった。
これが秩序と混沌の差であると、それ以外に何が言えようか』
それは最初はただの急凌ぎだった。あるいはただの願いか祈りだったのかもしれない。
現に先の法律によって地方に余り気味だった土地と失業者及び非就労者の大半を半ば強制的に徴用したことで、食糧自給量を飛躍的に向上させることができた。これが復興の起点となったことは否めない。
『故に私は断言する! 自由は、自由こそが! 忌むべき、禁じられるべき悪なのだと!』
だが、それを誰かが悪用した。
黒塗りになった世界地図の中、日本だけが立て直しに成功した──その結果だけを見て『自由を許さず、ただ決められたことにのみ従わせればいい』と、誰かがそれを歪めてしまった。
あるいは、目上の人間を敬い従うことを美徳とする儒教的価値観が、歴史の中で根付いていた日本人の性格に悪い意味で噛み合ってしまったのであろうか。様々な要因の積み重ねとして、出来上がったのが『自由禁止法』であり『ただただ目上の人間に命令された行動だけが許される極端な管理社会』であった。
『故に! 我々は、自由解放戦線並びに
秩序に逆らう愚者共には、我々の秩序こそが正義の名の元に鉄槌を下すのだ!』
「なぁ~にが、自由こそが悪だよ! 適職診断もまともにやらせねぇで!」
「自分たちが良ければどうだっていいんだ」
「こんな法律さえなければ、別れる必要なんてなかったんだ」
演説を聞いていた〈自由解放戦線〉の面々はといえば、ほぼ満場一致で批判を放っていた。
ある者は社会環境に、あるいは仕事に適性がなく社会から脱落した者だった。
家族からの虐待や学校・職場での酷い苛めの対象にされながらも、身分故に逃げることが叶わなかった者だっている。
ある者は親の命令によって想い人と付き合うことができなかった。
一昔前であれば行政に守られたかもしれない者達。それすらも彼らには武力でしか訴えることしかできなかった。
沈黙を貫いていた小早川秀俊。彼もまた自らの過去故にここにいる。
親友を行政に殺された。なんと言うこともないことを『大罪』として訴えられ、そのまま獄中死したというのだ。
あんな法律なぞなければ。彼は両親に命令されて地元に戻ることさえなかったはずだ。ある分野で大成していてもおかしくない、そんな奴であった。
その親友の死に様を聞き、居ても立ってもいられず馬鹿正直に訴えにいったら、お尋ね者にされ妻と子供を置いて行くしかなくなってしまったわけだが。
「リバティーの奴は、この声明をどう思っているんだろうな」
ようやく口を開いたと思えば、出てきたのはそんな言葉。
彼にはあの時の
親友の訃報の時、彼には息子が一人居たと聞いていた。何と言う名前だったかは覚えていない。生きているなら彼くらいであろうか。
そんなことを考えながらも、彼は今後の自分達の在り方を考えることにした。
「しかし、どうしたものかのう……」
所は変わるが。
その会議とも呼べぬ国会でも、反吐が出る思いをする者は少ないが居た。
その日の夜。湯船に浸かりながら彼女は、目の前で見ていた演説を反芻していた。
「なんとかバイアスなどというものじゃろうて」
心理学には疎かった為か、正しい用語が出てこなかったが。分かってて言っていたのだろうな、と内心で察していた。
無論、当時から反発がなかったわけではない。
現に、法案の成立時に『地方の文化と地域民の尊厳を守る為に従えない』という言い分の元、北海道地方は独立自治区として日本国から離脱。その後すぐに沖縄地方もまた『文化の保全の為』として琉球連邦と改名し、こちらもまた独立。
交易以外での国交はほとんど無いが、両者あるいはどちらかが〈自由解放戦線〉等の
そもそもして当時デモが無かった理由は、そんなことをしている余裕がなかったからであろうと。少し考えれば察せられることであった。
誰も気づかなかったのか、あるいは気づかない振りをして目を瞑っていた為か。気がついたときにはこんな社会になっていた。
「ただ与えられた命令を果たすのみの社会。賢く生きている様に見せて、その実、停滞しているだけじゃろうて」
停滞し続ける社会は、綿で首を絞める様にゆったりと、しかし確実に衰退していく。わかってはいてもその状況を変える力を持ち合わせていないこともまた自覚していた。
「こんな現状を打破してくれるというなら、な……」
どちらかといえば自分は彼の側の人間だと自覚していた。しかし彼のやり方は間違えているとも思っていた。故に、〈夜明けの鐘〉を支持したい、などと独り言でも言えるわけでもなく。
それ以上は、床に着くまで口を
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