やっぱり、悪くない。

まだ日は落ち切っていなくて、僕たちは一緒に夕食をとることにした。

 洋服の件もあったのでここは奢りたかったが、彼女がそれを頑なに拒否した      もんだから仕方なく割り勘にすることにした。

 そこでも彼女はカメラを回していたので僕は気を取り直して、わざとテンションを上げた。

 「これから夕食でーす。私はハンバーグを頼みましたー」

 「僕もハンバーグにしましたー」

 「真似されましたー」

 「してませーん」

 彼女が先に食べると言うので僕が撮影をした。

 鉄板の上で今もじゅうじゅうと後を立てている肉厚のハンバーグはデミグラスソースのいい香りを漂わせて、僕の腹の虫を刺激してきた。

 ナイフで大きめに切ったハンバーグを口へは運んだ瞬間、

 「んーーーー! おいしい! 最高!」

 これは撮影用じゃない、彼女のリアルなリアクションだろう。

 ――早く食べたい。

 二口目を食べた彼女の口から待ちに待った言葉が出てきた。

 「次は君が食べる番だよ」

 すぐさまカメラを彼女に手渡し、ナイフとフォークを握った。

 「ちゃんとるアクションしてよー」

 カメラが回ったことを確認すると、今にも破裂しそうなほどに膨らんだハンバーグにナイフを入れた。割れ目からはこれでもかという量の肉汁が溢れ出し、うまみを確信させる匂いが腹の虫に限界を与えた。

 彼女にならい大きめにカットして口に放り込んだ。

 「う、うま! やべぇ」

 危うくカメラの存在を忘れて食べ続けるところだった。

 「ほんとおいしいね」

 そうカメラに向けてコメントすると、カメラの後ろに見える彼女の顔が我が子を見ている母親のように優しく微笑んでいた。

 少し照れくさくなり、「もういいだろ」と言って撮影をやめさせた。

 撮影を終え、残りのハンバーグを堪能することした。

 「私、男の人とご飯食べたの初めて」

 「へえ、意外」

 「ちょっと、今君の言葉には二つの意味があるぞ」

 「なに?」

 「一つは私が誰とでもご飯に出かける軽い女。もう一つは私クラスの美少女なら彼氏とご飯なんて何回もしている」

 「もちろん、軽いなんて思っていない。後者だよ」

 彼女はえへへとはにかんだように笑った。

 「言わせておいて照れないでよ」

 「君って意外と素直だね」

 「意外、とは?」

 僕は仕返しのつもりで聞いてみた。

 「もっとひねくれた意見を言ってくると思ったの」

 「ひねくれてなんかいないよ。正しいことを言っているだけ」

 彼女はまた頬を赤くしていた。

 「それって、私を美少女って認めたってことだよ?」

 「そうだね。君はかわいいよ。ペンギンには負けるけど」

 むーっと彼女は頬を膨らませた。でもまたすぐに笑った。

 この笑顔は卑怯だ。怒っていても例え泣いていてもこの顔をされたらなぜか安心してしまう。

 「……ほんと、すごいね君は」

 不覚にも声に出してしまった。

 「何が?」

 「君の口についているソースがだよ。高校生なんだから気を付けなよ」

 え? どこどこ? と彼女はスマホで口元を確認した。

 そして、えへへと笑ってナプキンでふき取った。

 「君はどうしてユーチューブをやりたいと思ったの?」

 「んー、何かを残したくて」

 彼女の笑顔がほんの少しだけ曇る。

 「どうして?」

 「んー、芸能事務所入りたくてね。でも自分からオーディションを受けに行く勇気がないからスカウトしてもらいたいの。だから、世界中に流れているユーチューブならどこかの事務所が私を見つけてくれるかな思って」

 そう言って彼女は笑ったが、どうも僕には作り笑いにしか見えなくて、何かを隠している気がした。

「そっか。でもそれならバズるまで続けた方がいいんじゃないの?一か月じゃとても……」

「いいの。私が一か月って決めたんだから。それに君も忙しいだろうしね」

 「まあ、君がいいならいいんだけどさ」

 そのあとしばらくの間、沈黙が流れスマホを見ると七時半と表示されていた。

 「そろそろ帰ろっか。外もすっかり暗くなってるし」

 「あ、ほんとだ」

 駅までの帰り道と電車では特に何も話さなかった。それでも、そこに決まずさはなかった。

 「昨日の動画、帰ったら投稿するよ」

 「うん! 今日の動画は明日?」

 「んー、今日編集できればね」

 「わかった!」

 最寄り駅に着き、僕は先に降りた。

 電車の中から彼女が笑顔で手を振っていたので、僕も振り返し、自分が自然と笑顔になっていることに気付いた。

 「やっぱり悪くないかもな。偽カップル」

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