4.過去

私の首筋に聖女としての証が現れたのは、六歳の頃だった。庭で遊んでいる時、急に首筋に焼けたような痛みが走り、気がついたら薔薇の形の痣になっていたのだ。


どうして自分なのか、やりたい人がやれば良いのにと、何度思ったことか。


人前に出るのが苦手だった私は、公爵家の令嬢としての役割だけでなく、聖女の役割も増えるのだと思うと憂鬱だった。


聖女は、国の結界の保護や天候の制御はもちろんのこと、病気の人への治癒や痛みの軽減などを施す。


当時、私はそれらの役割が嫌でたまらなかった。


だからミシェルに相談したのだ。ミシェルはクレマン家の領地に住む同い年の娘で、私の親友だった。


「私は聖女になりたくてたまらないのに!」


ミシェルに言われたあの日から、私とミシェルの二人で一人の聖女として生きてきた。


私は人見知りで、ミシェル以外に話が出来る友人がいなかった。ミシェルに嫌われたくなかったし、彼女と二人ならやれる気がしたのだ。


彼女と二人でなら、嫌だった役割もマシに思えた。




もちろんお父様には当然大反対された。


「他人とそのような大切な秘密を抱えるべきではない。第一、お前にはなんの得もないではないか」


本当ね、その通りだったわ。でも当時は、お父様の言葉よりミシェルの願いの方が大切だったの。




私が陰で聖女の力を使い、彼女が皆の前で使っているように見せていた。ただし念のため、彼女にはフード付きのローブで顔を隠すことを約束してもらった。


ミシェルはずっと約束を守り、顔を隠してくれていた。だが、最近になって彼女は表に顔を出し始めたのだ。


「どうして顔を出してしまったの?もしミシェルが聖女でないとばれたら大変よ!」


「ごめんね。でも神官達に顔を出して活動するように言われてしまって……」


今となっては、本当に神官たちがそんなことを言ったのか怪しいものだが、結果として皆が彼女のことを聖女だと認識するようになった。




……そう言えば彼女が顔を出し始めたのは、第一王子ユーゴとの婚約が決まった後だ。それにユーゴとの婚約話が出たと伝えた時、彼女は少しよそよそしかった気がする。


「そう……ユーゴ様と。おめでとう、フローラ」


その反応に、私はどう答えれば良いか分からなかった。


「あ、ありがとう。あなたとは聖女として、ずっと一緒よ」


と、答えたんだっけか。彼女はどんな表情をしてたかしら……思い出せないわ。




その後、彼女は顔を出しはじめ、その理由を聞くために会ったのが最後だった。




連絡が取れなくて心配していたが、婚約発表の準備で忙しいから彼女が遠慮しているのかもしれないとも思っていた。


いざという時には、きっと連絡をくれるはず。だからそれまでは、待つつもりだったのに。




ミシェルは私のことを疎ましく思っているのでしょうね。ユーゴも婚約が決まった時から私のことを鬱陶しがっていた。


二人からの憎悪を視線を思い出す。


私は自分でも気づかない内に、あの二人の不興を買ったのかもしれない。けれど、それで私に罪を着せて追放して良いという理由にはならないはずだ。


やられた分は、しっかり返してあげる。


いつまでも気弱で人前が苦手なフローラじゃないのよ。

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