おっさん騎士が田舎でまったりスローライフを送ろうとしたら婚約破棄された公爵令嬢が転がり込んできた件

天宮暁

プロローグ ただのおっさん騎士が退職して田舎の代官に収まるまで

 俺は、何の取り柄もないただのおっさんだ。

 職業は騎士。

 というとエリートのように思われるかもしれないが、採用されてからこのかたずっと非正規のままの落ちこぼれだ。

 今年でついに40になり、騎士団から肩叩きに遭った。


 俺のいた騎士団は、さいわいなことに福利厚生はマシなほうで、騎士団都合の退職なら非正規騎士でも退職金と年金が出る。

 もちろん、正規の騎士と比べたら、すずめの涙もいいとこだ。

 それでも、畑でも耕しながら暮らす分には、悪くはない額だった。


 幸運にも、俺の上司だった騎士サマが、所領である小さな村の代官を探してた。

 ちょうど、前任者が高齢を理由に退職を申し出てきたところなのだという。


 上司と俺はとりたてて仲がいいわけでもなく、かといって悪いわけでもない、ぶっちゃけて言えば単なる仕事上の関係だ。


 口利きなんて期待できる関係じゃなかったのだが、タイミングがばっちり合ってしまった。

 上司としても、「ここでこいつに職を紹介しないのは、他の非正規騎士たちの手前どうかな……」といった計算が働いたのだろう。そっけない口調で、俺に代官の仕事に興味はないかと言ってきた。


 悪くない話だった。


 話がうますぎると最初は思ったが、本当に小さな村らしい。

 特産品があったりもせず、交通の要衝というわけでもないから宿の経営すら成り立たない。

 田畑を耕して農作物を育てるだけの、正真正銘の農村だ。


 税収が少ないから正規の代官を常駐させるには金が足りない。

 かといって、領地として預かってるからには、人を置かないわけにもいかない。


 というわけで、わずかながらも年金のある退職した非正規騎士――つまり、俺のような奴に話が回ってきたというわけだ。


「まぁ、君には横領をもくろむような度胸もないしね。そもそも、横領できるほどの税収もないんだけど」


 と、上司は冗談めかして本音を言った。


「基本、いてくれればいいだけだから。秋には収穫高に応じて徴税する必要があるけど、小さな村だから誤魔化される心配もない。のんびりした農村で、村人はおおらかだ。人を騙そうなんていう発想自体がないんじゃないかな」


「領地の防衛はどうするんです?」


「防衛? 誰が攻めてくるっていうんだい?」


 俺より十歳若い貴族出の上司が鼻で笑う。


「交通の要衝にあるわけでもない、金があるわけでもない。王国の治安は良好だから、盗賊なんかが流れてくるおそれもないだろう」


「モンスターはどうなんです? 辺境には出やすいって聞きますが」


 モンスター――祝福されざる獣たち。

 人の寄り付かない領域に、時たま発生する邪悪な獣だ。


 ただの獣だって、熊や虎、狼なんかになると危険だが、モンスターの危険さはそれとは次元が違う。

 ただの獣は、もし人間を襲ったとしても、その理由は腹が減ったか身の危険を感じたかのどちらかだ。

 とはいえ、人間は彼らにとって、そんなに美味い餌でもないらしい。よほど飢えてない限り、人間を好んで襲うことはない。人間側で警戒してれば、そうそう危険な目に遭うことはないだろう。


 しかし、モンスターとなると話が別だ。

 奴らは、腹が減ってるとか自己防衛のためにやむなくとか、そんなかわいげのある理由で襲ってくるわけじゃない。

 奴らは、生まれながらにして凶暴で獰悪どうあく、人間をただ愉しむためだけに殺すと言われてる。

 「祝福されざる獣」と呼ばれる所以である。


 平和な領地だろうと、モンスターが多いなら話は別だ。

 防衛のために多大な金がかかることになる。

 金だけで済めばまだしも、モンスターの大群に襲われて集落が全滅しました、なんてことになったらたまらない。


 俺の懸念に、上司は首を横に振る。


「山を超えたあたりにドワーフの集落があるらしくてね」


「ははあ。人はいなくても、彼らの目もあるわけですか」


「そう。祝福されざる獣は、人目のないところでしか生まれない。

 そりゃ、王都みたいに人の目が行き届いてるわけでもないから、まったく生まれないってことはないけどね。生まれたとしても、ごく弱いモンスターがぽつぽつと湧く程度らしい。

 あの辺りは、むしろイノシシのほうが出るくらいだ。剣の腕がいまいちの君でも、まさかイノシシに後れはとらないだろう?」


 ……いちいち一言多い上司なのだ。

 実際、名門の出で、剣の腕もいいから腹が立つ。


「はぁ、のどかなところなんですね」


「うん、それはたしかだ。僕にはちょっと退屈すぎるように思えるけどね」


「へえ、行ったことがあるんで?」


 この上司、そこそこの貴族なので、領地はけっこうな数を持ってるらしい。

 大貴族の中には、自分の領地を見たことすらない奴がけっこういる。

 自分の持ってる土地を一生見ることもないのに、そこからの上がりだけは入ってくるってわけだ。

 世の中絶対狂ってる。


 もっとも、


「僕は、自分の領地は数年おきに見て回ることにしてるよ。領民の暮らしぶりを知っておくのは領主の義務だ」


 この上司は、いやみったらしい奴ではあるが、貴族としての責任感は持っている。

 でなければ、俺も退職まで我慢できたかどうかわからない。これでけっこうカッカする方だからな。


「祭りで食べたイノシシ鍋はなかなかにおいしかったよ。素朴で田舎風だが、王都の洗練された料理にはない野趣があってね。村でかもしたどぶろく片手に鍋をつつく。平民出の君は、そういうのが好きだろう?」


「ほう。そいつはよさそうですね」


 王都の小洒落た料理なんかより、そっちのほうがよっぽど好きだ。

 それにしても、


(無駄に言葉にトゲがあるんだよな)


 意味もなく「平民出」とか挟んでくるのはこの上司の悪癖だ。

 いちいち気にせずスルーするのにもすっかり慣れた。そこまで含めて仕事のうちなのだ。


(どぶろく片手のイノシシ鍋か……)


 この上司にしては、そそる提案をしてくるじゃないか。


(いや、もともとこいつは人を動かすのが結構うまい)


 脅し、すかし、なだめ、利益で釣る。

 中央政界を泳ぎ回るための手管に通じた、いかにも貴族らしい男だった。

 上長である騎士団長とも関係がいいらしい。かといって下に威張り散らすこともない。

 こっちの好みを把握してるあたり、領地のみならず部下たちをもちゃんと見てるってことだ。正規騎士だけじゃなく、非正規騎士まで含めてな。

 口さえ悪くなければ、もうすこし人望があっただろうに。


「一度、見てくるといい。旅費は僕が出そう。退職予定の代官がまだ村にいるから、よく話を聞いてきてくれたまえ。返事はそれからでかまわないよ」


 というわけで、俺は上司に勧められたとおりに村を訪ねた。


 上司の言ったとおり、これといった特徴のない素朴な小村だった。

 土地の人たちはのんびりしてて感じがいい。


 山のすそ野の平野にあり、近くには綺麗な小川が流れてる。

 上流に他の貴族の領地があったりもしない。

 上流に他人の領地があると、利水権でもめたりするのだが、この村は川の最上流にあった。


 課税対象である小麦の他にも、川の水を使って東方の作物である水稲を栽培してたり、こじんまりした果樹園があったりした。

 上司の言ってたどぶろくは、村で作った水稲を醸したものらしい。


(いい村じゃねえか)


 ここでなら、長年の騎士団勤めの疲れをじっくり癒せそうな気がした。


 俺は上司に代官を引き受けると答え、第二の人生を、ここ、アスコット村で送ることにした。



 ――ここまでは、平々凡々の話だったんだ。

 ここまでは。

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