第37話 真犯人(1)初めての会話
新たな被害者が出たと、ワイドショーはどこもその事件を話題にしている。
昔の被害者について触れた事で、冤罪で誤認逮捕され、拘置所で病死した梶浦真之の事にも話が及ぶ。
『早々に犯人と決めつけたのは、許される事ではありませんよ』
そう言う週刊誌編集長というコメンテーターに、セレは冷たい目を向けた。
「あんたが言うか。決めつけて加害者の家族という記事を書いて、家の写真を載せたのを忘れたみたいだな」
そう言って、財布を手に買い物に出掛けた。
スーパーへ行くと、卵とトイレットペーパーを持っている人がやたらと多い。なので見に行くと、底値だったので、セレも迷わず店内用買い物カゴに入れた。
(今日はオムレツだって言ってたな。ちょうどいい。あとは、キャベツと牛乳と柔軟剤か)
頼まれているものを思い出し、売り場を回る。
と、律子とばったり会った。
「あ、梶浦君」
「久しぶり」
笑って律子は何となくカゴを見、柔軟剤を見た。
(ふうん。梶浦君の家は、あの柔軟剤なのね)
そしてセレも、何となくカゴを見た。
(あ、カツオの叩きだ。カツオもいいなあ)
そしてお互いに、見てないふりをする。
「あの、遅くなってしまったけど、姉がごめんなさい。姉が取材なんてしに行ったせいで、学校でとんだ騒ぎになってしまって」
律子は神妙な顔で頭を下げた。
「いいよ、もう。聞かれてたなんて思ってなかったんだし、父の無実は最近の事件のせいで有名になったから、2学期はもう何ともないだろうし」
「でも……あ、誤認逮捕のせいでどれだけ酷い目に遇ったか記事にしたらどうかな。マスコミとか警察へ反省を促すというか。
あ。学校でイタズラ書きした生徒とか噂を広めた生徒とかに、そういうのは罪になるよ、訴えられる事もあるよっていうための記事とか」
勢い込んで律子が言う。
「いや、これ以上目立ちたくないし、やめて欲しいかな」
セレは苦笑を浮かべた。
律子は律子なりに何かできないかと考えているであろう事はわかるが、東雲と同じで、有難迷惑でしかない。
「そう?何かできる事があったら言ってね」
「うん、ありがとう。じゃあ」
セレはそう言って早々に背を向けた。
律子は手を振って見送り、柔軟剤のコーナーに行って同じ商品をカゴに入れ、ハッとした。
「夏休みの間に、一緒に遊ぼうって誘えばよかった!」
愕然としてレジへ急いだが、もう、セレの姿は見えなかった。
セレはスーパーを出て軽く嘆息した。
(正義感とか法律とかで全部が収まるわけないのにな。
やっぱり、あんまり親しい人間を作るべきじゃないな)
そう思い、新学期からはうまく距離を作ろうかと考えた時、若い男が近寄って来た。
「お節介だね。女子高生っていうのは本当に」
セレは身構えたが、男は構わずに続ける。
「自分が一番、自分が正しいって思ってるよね。わかるよ」
セレは男──堀迫を見た。
見覚えがある。以前、へたな尾行をした相手だ。
「あなたは?」
「君の理解者、かな。大丈夫。心配はいらないよ」
堀迫はそう言って、セレに向かってにっこりと笑った。
(何だ、こいつは)
セレは堀迫を警戒したが、堀迫は、
「じゃあ、またね」
と、手をあげて駐車場を自分の車の方へと歩き出した。
堀迫は、
(このスーパーにちょくちょく来ておいて良かった)
と笑みを浮かべた。
以前セレがここを買い物に利用しているのを見かけて以来、こまめに来るようにしていたのだ。
(やっと言葉をかわせたぞ。うん。今日は気分がいいな。取ってあった高いワインを開けようか)
堀迫は機嫌よく、エンジンキーを捻った。
セレは堀迫が去って行くのを見ながら、忙しく考えた。
(誰だ、あいつ。話を近くで聞いていたんだとしても、僕が誰なのか知ってるみたいだし、桐原さんの事も知ってるみたいだったな。
それに、女子高生がどうのって……)
嫌な予感がして、店内に引き返す。
しかし、律子の姿は無かった。
律子とセレはお互いにお互いを探して、別の入り口に探しに行き、行き違いになっていたのだ。
(もう帰ったのか。まさかとは思うけど……いや、そもそも、そんな義理はないというか……)
迷いはしたが、いつも使うのとは違う出口から、聞いていた桐原家の方へ歩き出した。
(一応クラスメイトだからな)
という所で折り合いをつけたのだが、何かを誤魔化しているという自覚はあった。
こちらの道は静かな住宅街で、外に出ている人もいない。
と、前方に、横倒しになった自転車が見えた。しかし、乗っていた筈の人物は見えない。
嫌な予感に、急いで自転車の所へ行く。
自転車の前かごに入れていた買い物袋から、同じ柔軟剤とカツオの叩き、割れた卵が見えた。
「さっきのやつか」
セレはスマホを取り出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます