第23話 海外出張(5)夢の残滓

 銃声がした時には、セレは前転してベッドの陰に飛び込んでいた。

 ナッツは追いかけて来て、ニタニタと機嫌よく笑っている。

「いいねえいいねえ!もっと逃げろ!叫べ!」

 そして、引き金を引く。

 それを、ベッドの上の詐欺師の死体を盾にして防ぎ、押しやる。

 ナッツが笑いながら

「おおっと」

と死体をベッドの上に戻す間に、クルリとベッドの周りを回って、及川の所へ行く。そして、及川の拳銃をもぎ取る。

 撃ったのは、セレ、ナッツ、モト、同時だった。

 ナッツは顔と胸に銃弾を受け、青年の上に重なるようにして倒れ込んだ。

 及川が、意識を取り戻す。

 モトはその及川の眉間に銃を突きつけた。

「くそ」

 愛する妻の顔が見えない。生まれてくるはずだった我が子を抱く姿が、おぼろげに脳裏に浮かぶ。

 下から、ほかの部下達が探し回っているような気配がする。

「モト!」

 撃たれた方の袖口に、及川はナイフを隠していたらしい。それを引き抜き、突き出す。

 が、モトは難なくそれを払い、ナイフを反対に奪い取ると、及川の腹部を縦に裂いた。

「うわあ!」

 臓物が溢れ出るのを、及川は慌てて抑えようとする。

「死ね」

 モトはナイフを及川の心臓に突き立てた。

「2階だ!!」

 部下達が階段を駆け上がって来る物音がする。

「もういいか?」

 モトは及川から目を離し、

「ああ」

と頷く。

「こっちだ」

 セレが言ってモトがそれに続き、ベランダに出た。手下達が部屋になだれ込んで来る。

「どこに行きやがった!?」

「窓から逃げやがったか!?」

 その声の後、セレは手持ちのそれを部屋に転がした。そして、庭の方を向いて念のために耳を塞ぐ。

 目のくらむような閃光が窓から溢れ、キーンという音と、悲鳴が漏れ聞こえた。

 室内制圧用のフラッシュバンだ。

 セレとモトがひょいと覗き込んだ室内には、立っている人間は1人もいない。

 2人は急ぎ足で彼らの間を抜け、家を飛び出して行った。


 海岸へ行き、そこらのボートを拝借して漕ぎ出す。

 マリカの家の騒ぎで、注目はそちらに集中しているし、この島に警察なんていない。セレとモトは急いで小島を離れると、沖で待機している筈の漁船に扮した仲間に合図を送った。

 無事に合流を果たすと、次に豪華客船が寄港する港を目指して急ぎ、セレとモトは仮眠して待つ事になった。


 妻が、子供を抱いている。

「あなた」

 高校生の頃と変わらない明るい笑顔で、モトを呼んだ。

「ほら。お父さんよ」

 そして子供に話しかけ、子供は何事か言いながら、その小さな手をモトの方へ伸ばした。

「ああ……小さいなあ。これが、俺達の子か」

 モトと妻は、微笑んで子供の顔を覗き込む。

「そうよ。この子は大丈夫。私が一緒にいるわ。だから、心配しないで」

「え?」

 妻が、モトを見上げて言った。

「待ってくれ!」

「あなたは、もう、過去に捕われないで」

 モトは焦った。

「待ってくれ!おい!」

「さよなら。またね」

 姿が薄れていき、小さな子供の指が、実体を失っていく。

 呼び止めようとして、名前を呼んだことがない事に気付く。

「頼む!待ってくれ!」

 消えかけた手の中の指をしっかりと握った。


「あ……」

 モトは目を覚まし、困惑したような顔付きのセレといきなり目が合って、それこそ困惑した。

「ええっと?セレ?どうした?」

 セレはうん、と言って、

「うなされてるみたいだから、熱でも出たのかと思って……」

と言う。

 それでモトは、

「大丈夫だ」

と言って起き上がろうとして、気が合付いた。

 しっかりと、セレの指を握りしめていた。

「うわあ!?」

「はは。何か夢でも見た?」

 セレが笑って、一応額に手をやって、

「熱はないな」

と呟く。

 モトは夢を思い出した。

「ああ。夢を見ていたんだ」

 妻の顔を、はっきりと思い出せる。

 その顔を思い浮かべていると、不意に目頭が熱くなって、ポタリ、と涙が落ちた。

「あれ?」

「あと1時間くらいだって。コーヒー貰って来ようか」

 セレはそう言って、船室を出て行った。




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