第21話 海外出張(3)囚われて

 モトは男達に縛られて、マリカの屋敷に連れて行かれた。

(潜入成功だぜ)

 強がって見せて、怒りと衝撃をなだめようと努力する。

 一瞬たりとも、忘れた事が無かった。妻子を殺した憎いやつ、それが及川咲磨だ。出所した直後にモトの妻子を殺害し、行方をくらましていたが、ここに逃げ込んでいたらしい。

(見付からなかったはずだ)

 嘆息して、妻子を脳裏に思い浮かべる。

 いや、思い浮かべようとして、愕然とした。はっきりと思い出せないのだ。

(なぜだ!?ああ。これは、罰か?復讐に我を忘れて及川を探し回り、犯罪者には容赦を無くし、持て余されて、挙句の果てには公安の名を持つ殺人者だ。

 俺が死んでもお前達のところに行けるとは思ってはいなかったが、思い浮かべる事すら許してはもらえないようだぜ)

 自嘲の笑みを浮かべ、及川を横目で睨む。

(それならそれで、こいつだけは)

 その視線に気付いたのか、及川がモトを見て、笑った。

「いいざまだな、刑事さんよ!もう1人のガキをおびき寄せたら、一緒にあの世へ送ってやるぜ。親子で仲良くしてな!」

 そして殴られ、気を失った。


 セレは込み入った細い路地を走り、壁を越え、追っ手をまいた。

(及川とか呼んでたな。誰だろう。昔逃がした容疑者とかかな。

 それより、これからだな)

 地元の子供と同じようにしゃがみ込み、セレはマリカの家をじっと眺めた。


 マリカの部下にはいろんな人がいる。

 預貯金のデータに侵入して、大勢の口座からほんの1円ずつ抜き取って巨万の預金を不正に得たほか、各国の軍隊や政府のコンピュータに侵入してラクガキを残して遊び、世界中から指名手配されているクラッカーのラビット。彼が公安職員のメールに入り込み、ここへ人員を送り込む計画がある事を察知した。

 急襲部隊を率いたのは及川咲磨。邪魔をした女を殺した事から、殺人に何の禁忌もなくなった。特に妊婦の腹を割いて胎児を取り出して殺すのが好きだ。

 ほかも暴力を何とも思っていない者ばかりだが、その中でも筆頭は、ビトとナッツだ。ビトは拷問が大好きで、どんな快楽よりも、被拷問者の泣き声や呻き声、叫び声に興奮するらしい。

 ナッツは子供好きだ――とはいえ、普通の意味ではない。子供をいたぶり、犯し、恐怖を与えて殺すのが好きだ。好みは8歳から中学生までだが、日本人のセレは、充分好みの年齢に見えた。

「なあ、なあ。仲間の居場所を吐かそうぜ。指、何本まで耐えられるかな?」

 ビトは舌なめずりをして言い、隣ではナッツが、

「どんなかわいい悲鳴を上げてくれるかなあ?助けてってお願いしてくれるよな?それで裏切られた時には、絶望して泣き叫ぶのかな。一生懸命歯向かって来るのかな」

とウットリした顔で言っている。

 マリカは正直彼らにはついていけないものを感じてはいたが、仲間にしておくと何かと便利なので、好きにさせていた。

「任せるわよ。あなた達で相談して好きにしていいわ。その代わり、私に被害が無いようにしてね」

「もちろんだ」

 及川は、全身の服や装飾品でひと財産という出で立ちのマリカに笑って答えた。


 モトの前に、及川が現れた。

 及川がモトと因縁があると言えば、ビトも「次は必ず譲るから」という約束で譲ったのだ。その代わり、セレはナッツの獲物に決まった。

「久しぶりだなあ。いやあ、久々に会った日本人が刑事さんだなんてなあ」

 及川はそう言って笑った。

「そうだな。こんな所にいたんだな」

 モトは静かな口調で、目はギラギラとさせながらそう言う。

「日本で手配されて、流石に隠れるにも困ってね。伝手を頼って」

 及川は言って、思い出すように目を眇めた。

「ああ。本当に懐かしいな。あんたの奥さん、最高だったぜ。りんりんに張った腹に刃を入れるとさ、つるんとした感じで赤ん坊が出て来るんだ。小さくて、人間じゃないんじゃないかって思うくらいの。フニャフニャしてるし。

 それをまだ意識のある母親に見せた時の反応!

 それに、その目の前でその子を殺した時!

 いやあ、やめられないぜ」

「変態クソ野郎が――!」

 モトが吐き捨て、及川は機嫌よく笑いながら、思い切りモトの頬を殴り飛ばした。

 

 


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