第13話 スパイ狩り(3)遠距離狙撃
車が急発進する音が響き渡る。
「ああーっ!あの野郎!」
モトの声に続いて、
「シイーット!」
という声もした。
彼らがフォックスと呼ぶスパイは、園内に駆け込み、すぐに隠れて追っ手4人をまんまとやり過ごしてから車に戻ったのだ。
「ここは一時休戦と行こう」
クリストファーが言い、セレはそれを呑んだ。
クリストファーとケントが急いで車に走って行く。
「セレ!」
セレは周囲を見回した。
「おい、セレ!」
「ここから仕留める。追いかけてもさっきの続きだ」
セレは、遊園地内で一番高いところ、ジェットコースターの線路によじ登った。
走って来た道だが、遊園地の外周をグルリと1周まわる形になっていた。遊園地周遊道路とでも言おうか。その先でどちらに行くにせよ、出口と入り口がすれ違う形になっているT字路を通過しなければならない。
線路の上に上ると、背負って来たバッグを開く。
愛用のスナイパーライフル、バレットM82が姿を見せる。セミオートで、1986年にアメリカで開発され、世界へと広がり、使用されている銃だ。バレル部分が取り外せ、取り回しもきく。その上、通常の弾丸も炸裂弾なども使用できる。コンクリートを撃ち抜けるほどの威力も持つ。
「おいおい。まじか。ここからだと3000あるぞ」
モトは言いながらも、観測手の位置に付く。
遠距離狙撃の世界記録は、名前は明かされていないが、2017年5月、カナダ軍特殊部隊のスナイパーがイスラムでマクミランTAC―50を使用して行った3540メートルだ。それまではイギリス陸軍のクレイグ・ハリソン近衛兵軍曹機関銃手2名をL115A3を使用して撃った2475メートルだった。
1000メートルやそこらなら、スナイパーにとって、狙撃できるのは当たり前だ。銃の性能以上の距離となると、あらゆる事象を計算しなくてはいけない。風の向き、風速といっても、ここ、2000メートル先、途中。その全てを考慮しなければならない。そのほかにも、日光の当たり具合、途中に水溜まりはあるか。それにターゲットの動きも、2000メートル先に弾丸が届くまでには6秒から8秒かかるので、それも計算に入れなくてはならない。
普通の狙撃ならここまで考えなくとも、遠距離となると、高度に数学的な計算を必要とするのだ。
まずは、その辺りへ向けて1発撃つ。
それで着弾点を見る。
「やや右に修正」
双眼鏡を見ていたモトが言い、セレが修正をかける。
もう1発。
「OK」
それで、車はどこかと探す。
「いた。9時の方向だ」
モトに言われて、セレはそれを目で追った。
次いで、スナイパーライフルを構えて、サイトに入れる。
静かに息を絞り、心臓までも止めるようなつもりで、静かに引き金をそっと絞る。
スコープの中で、白い車が一瞬膨らんだように見え、次の瞬間、爆発した。弾丸がガソリンタンクに飛び込んだのだ。
その後ろから追いかけていたグレーの車が急停車して、ケントとクリストファーが下りて来ると、周囲を見回した。
セレはそこまで見ると銃を下ろし、バッグに手早く片付け始めた。
「ミッション終了。セレが3000の距離から狙撃しやがったぜ」
モトが、幾分興奮した声音で言うと、リクが返事を返した。
『マジ!?記録更新じゃん!』
確かにそうだ。そうだが、
「暗殺だからな。記録に残せないよ」
セレはそう言って、肩をすくめた。
車は爆発炎上し、形もとどめていない。
「フォックスも、これじゃあ死んだな」
「やってくれたな。
しかしどこからだ?」
クリストファーとケントはあたりを見回した。
追って来ている車はない。
と、真っ暗な廃遊園地が目に入った。ジェットコースターの線路が不気味に見える。
「ん?まさか、あそこからか?」
クリストファーが目を見開いて言うのに、ケントは笑った。
「あそこ……あそこか?拳銃で?」
「いや。あの子供の方が、それらしいバッグを背負ってた」
「それでも3000はあるぞ?無理だろう?クリストファー、お前ならできるか。スナイパーとして」
クリストファーはためらった。
「俺には無理だろう。でも、あいつがどうかはわからん」
クリストファーは硬い顔をし、唇を悔しそうに歪めた。
「まあいい。撤収だ」
そして彼らは、グレーの車で走り去った。
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