第11話 スパイ狩り(1)国家機密の漏洩

 その仕事は、取り立てて障害があるようにも思えなかった。

 情報を売るのは普通のサラリーマンで、相手こそプロのスパイとは言え、グループで動いているわけでもないようで、殺すのに手こずるとも思えなかった。

『あれかな』

 モトの声がして、セレは、

「了解」

と短く返した。

 日本の自衛隊に武器を納入している会社の社員が、アジアのとある国に出張へ行った時、現地のスパイに麻薬所持の濡れ衣を着せられた。麻薬所持は死刑という法律があっただけでなく、ろくな捜査もないことが有名な国で、サラリーマン――東條智宏はかなり動揺したらしい。情報を流すならという取引に応じ、スパイに仕立て上げられたのだ。

 最初は大した情報を要求されなかったらしい。社員の噂程度のもので、誰でもその気になれば手に入るようなもの。

 それがだんだんと要求が上がって行き、気が付けば機密情報に及んでいたのだ。

 これはスパイの、常套手段だ。「この程度なら」と思わせて罪の意識を鈍くし、いつの間にか本当に大事な情報も漏らしてしまうようになっているのだ。

 そのために、この東條とスパイを殺し、渡そうとしている情報を収めたディスクを破棄せよという命令が下りて来た。

 東條は社員専用の会社のバスで駅に出ると、コンビニに入り、イートインスペースでコーヒーを飲み始めた。2人がけのテーブルが4つという狭いスペースだ。そこに同じくスーツ姿のサラリーマンが来ると、空いていた東條の後ろの席に座り、コーヒーを飲み出す。

 そのまま待っていると、足元の自分のビジネスバッグと一緒に東條が置いたコンビニの小袋を持って立ち上がる。そして、空になったカップをゴミ箱に捨てると、何食わぬ顔で出て行った。

 そして東條も数秒置いて立ち上がると、店を出て反対側へ歩き出した。

 これまで情報を渡す相手がわからなかったので、受け渡しを待つ以外方法がなかったのだ。

 モトがこのスパイを追い、セレは東條を殺しに向かう。

 お誂え向きに、東條は人気の少ない方へと歩いて行く。

 セレは足音を立てずに近付き、追い抜く瞬間に、東條の脾臓にナイフを押し込んだ。

 東條は苦悶の表情を浮かべたが、激痛の為に声も出せない。そしてそのままズルズルと倒れ込んで行った。

 後は素早く姿を消すだけだ。

 しかしここで、モトから焦ったような声がした。

『なんだ、こいつら!?』

 セレはモトの向かった方を見た。

「どうした」

『妨害だ。仲間かも知れん』

「リク」

『その神社に入って、社殿の右奥に進んで』

 リクのナビゲートに従い、セレはその神主もいない小さな神社を突っ切る。

 小さい鳥居の向こうで、モトが欧米人と殴り合っているのが見えた。

 ガタイのいい男だ。モトも近接格闘が好きだが、この男も同じタイプらしい。

「もう1人が追って行った!」

 殴り合いながら、顎でモトが指す方へとセレは向かう。

「シーット!」

 男は小さく舌打ちし、更に激しくモトと殴り合い始めた。

 セレが追いかけて行くと、スパイが走って行くのを、欧米人が追いかけているのが見えた。

 スパイはアジア人だが、妨害したのは欧米人だ。

(味方じゃないのか?これは、3つ目の組織?)

 考えながら走っていると、運のいい事に、こちらが停めた車の方へと走って行く。

 スパイは道端に停めた車に飛び乗り、発進した。追っていた欧米人は悔し気にあたりをキョロキョロしている。そしてセレは、自分達の車に飛び乗った。スパイの停めた車の、2台手前だ。

 梶浦瀬蓮名義の免許証はないが、偽造した別人名義の免許証ならある。

 走って行くと、まだ殴り合いをしていたモトと欧米人が出て来たので、ぶつける勢いで近付くと、サッと2人は離れ、モトは助手席に飛び乗って来た。

 ドアを閉めるのも待たずに発進させる。

「何なんだ、あいつら」

「知らん。くそ!」

 モトは悔しそうに頭を掻き、深呼吸して前方に目を凝らした。

「リク、白のセダン」

 セレがナンバーを告げると、すぐにリクから返事が入った。

『いた!そのままその道を進んで、2つ目の信号を左』

 ナビゲートされるがままに車を運転させていくと、交通量の少ない道に入って行き、スパイの乗って行った車が見えて来た。

「見付けたぜ」

「あ、あいつらも来た」

 ミラーの中に、鬼のような形相をした欧米人コンビの乗った車が猛追して来るのが映っていた。




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