第7話 魔法のサプリメント(3)悩める少年

 深夜に近い時刻になっても、昼間よりも減るとはいえ、国道を走る車は途絶えない。

 その道端に、学生がぼんやりと立っていた。歩行者用信号が青になるのを待っているらしい。

 勤務が終わり、愛車で帰途に着いた加藤は、ちらりとその学生を見た。高校生くらいの少年で、特に特徴もない大人しそうな子である。

 加藤の車は徐々にその横断歩道へと近付いて行く。

 と、ふらりと少年が足を踏み出した。

「うわあっ!」

 慌てて加藤は急ブレーキを踏む。車は耳障りなタイヤの音を立ててガクンと止まり、シートベルトが体に食い込んだ。

 後続車がかなり後ろだったから良かったものの、追突しかねない急停車だ。

「いや、はねてないだろうな!?」

 加藤は青くなって、慌ててシートベルトを外して外に飛び出した。

「君!」

 車の前に回り込むと、その少年は座り込んで呆然としていた。

 が、覇気のない表情のまま、

「死ねなかった」

と呟き、俯いてしまった。

 加藤は頭を掻いた。

「まさか、君……」

 自分の車の前に飛び込むなんて迷惑な。そう言ってやりたい気がしたが、車に傷も付いていない。それに、もっといい仕返しの方法があるじゃないかと、考えを変えた。

「大丈夫かい?ケガはなさそうだけど」

 優しいカウンセラーの顔で、声をかける。

「すみません。でも、もう」

 少年は力なく立ち上がり、頭を下げて立ち去りかけた。

 その腕を掴む。

「待って。

 これも何かの縁だよ。話を聞かせてくれないかな。

 ぼくは加藤光介。君は?」

 少年は項垂れたまま、小さい声で答えた。

「向井直人、です」

「そう、向井君。

 まあそうだね。とにかく車に乗って。どこかでお茶でも飲もうか」

 それで促されるままに、少年――セレは、加藤のマセラティの助手席に収まった。


 セレは加藤の車の前に飛び出して、首尾よく加藤の車に同乗する事ができた。

 この車は思い切り高いのに、アシストブレーキは付いていないのだ。

(全ての車がアシストブレーキを標準装備するようになったら、飛び込み自殺やそれを装った接触ができなくなりそうだな)

 セレは内心でそう考えて、その場合のうまい接触方法を考えていたが、それは加藤からすれば、死ぬ程悩んでいるようにしか見えなかった。

 車は近くのコンビニの駐車場で停まった。

「何か飲む?」

 加藤が訊くのに、俯き加減で答える。

「いえ」

 加藤はセレを穏やかな目で見ている。それでセレは、ポツリポツリと、喋り出した。

「もう、ダメなんです。もう、無理なんです」

「何が無理なのかな。ぼくに手伝えない?まずは、聞かせてくれないかな、向井君」

「……成績が……」

「うん」

「両親も兄も、情けないって。明日のテストで合格点に達しなかったら、出て行けって。向井家の恥だって」

「それは酷いね」

「でも、僕が悪いんです。落ち着いたらわかるのに、どうしてもテストだと、パニックになって、焦って、どうしていいかわからなくなるから。こんなんじゃ、医者なんてなれるわけない」

 加藤はそれで、大まかな事を予想した。

 向井少年は医者の家の子で、医者になるようにと言われているが、厳しすぎる叱責がトラウマになって、テストで本領を発揮できないで、自殺しようと思うくらいに思いつめている、と。

「明日、テストを?」

 セレは頷いた。

「この前の定期テストの問題。60点だった」

「本当は答えがわかってた?」

「後でやったら、全部わかってた」

「でも、本番では、お父さんが怒る所を思い出して、委縮するのかあ」

 加藤は同情する風に装いながら、内心でにんまりとした。

(カモだな。緊張を解けばいいんだろ。だったらこれがピッタリだ。それで点数がとれれば、お得意さんになるだろうし)

 加藤はポケットからミントタブレットのケースを出した。

「君に、魔法の薬をあげよう」

 それを振って1粒出すと、別のポケットから出したキャンディを開き、キャンディを口に放り込むと、包み紙でミントタブレットを包む。

「集中できるおまじないだよ。効果は2時間だから、テストの前に飲んでごらん」

 言って、それをセレの手に握らせる。

 セレはそれをじっと見て、加藤へ目をやる。

「今日はあげるよ。また欲しかったら連絡してきたらいい」

「これって」

「大丈夫。開発中のサプリメントだから秘密だけどね。別に体に悪いものでもないし。

 心配なら無理にとは言わないよ」

 言いながらミントタブレットに手をのばすと、セレはそれを握り込んで、加藤から離す。

 加藤は内心で、小躍りしたいほどだった。

「じゃあ、これが、連絡先」

 加藤はそう言って、スマホを取り出した。



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