第2話 普通でない人の普通の生活(1)偽装家族

 東雲は、終礼を終えて帰って行く生徒達を眺めていた。東雲愛香、新卒の教師だ。

 ほんの数年前はああだったと、懐かしくもあり、テストや行事に文句を言いつつも、いかに学生時代の方が楽だったのか思い知り、遠い目になってしまいそうだ。

 その東雲の目に、その生徒が映った。

 梶浦瀬蓮かじうらせれ、この公立高校の2年生だ。地味で大人しく、目立たない。成績もいいし、運動神経もいい。非行を疑う行動もなく、手のかからない生徒だ。

 だが、誰と仲がいいのかと考えれば、思い浮かばない。いじめに遭っているという事は無いし、孤立しているという事もないが、独りなのだ。

 問題と言えば問題な気がするし、問題じゃないと言えば問題じゃない気がする。

 クラブ活動はしていないので、ほかの学年の知り合いもいないようだ。

「ううん」

「どうかしましたか、東雲先生」

「あ、藤堂先生。いえ、梶浦君が……」

 担任教師だ。

「梶浦……ああ、梶浦」

 今思い出したかのように言う。

「影の薄い子だなあ。でも、問題も別にないし」

「でも、何かいつも独りみたいで」

「いじめの様子も相談も受けてないんでしょう?だったらいいですよ」

「梶浦君は、ご家族が亡くなって、伯父さんと叔父さんと暮らしているんでしたよね」

「そう……だったかな。ああ、そうだった。それで大人びてて、他の子とは違って見えるだけでしょう。

 それより、次の定期テストの範囲ですがね」

「あ、はい!」

 東雲はテストの話に注意を向け、セレは校門を出て行った。


 セレは自宅へ帰った。薬師荘というマンションの1室で、そこで伯父の久我基樹くがもときと叔父の麻野理求あさのりくと3人で暮らしている。

 という事になっている。

 3人で暮らしている事に間違いはない。偽っているのは、伯父と叔父の部分だ。

「ただいま」

 玄関から入ってすぐはセレの部屋とモトの部屋が向かい合ってあり、セレの部屋の隣にリクの部屋、モトの部屋の隣にトイレと洗面所と風呂場がある。そしてその奥、リクの部屋の隣がキッチンで、カウンターを隔てて、リビングダイニングがある。

「ん、おかえり」

 デイトレーダーをしている叔父、という事になっているリクがコーヒー片手に笑顔を向けた。

「おかえり」

 探偵をしている伯父、という事になっているモトが、新聞からチラッと目を上げて言った。

「ただいま」

 セレは言って、空の弁当箱を出して流しに置いた。

 そして、リクに言う。

「リク。お弁当、ありがとう。今日も美味しかった。でも、ハートはやめてもらえないかな。詮索されて物凄く恥ずかしいから」

「いいじゃん。オレはセレを愛してるぜ」

 リクはウインクをバチンと飛ばした。

 27歳のリクは明るくて料理上手でおしゃれだ。だがそれは家の中でだけの話で、慣れた人以外には、クールで不愛想。デイトレードをしているのは事実だが、それはリクが引きこもりのハッカーになった結果、家を出ないで生きる術を考えてこうなったというだけの話だ。

「大きなハートの弁当って、マンガ以外でも本当にあったんだなあ。初めて見たぜ」

 モトがしみじみと言った。

 35歳のモトは、筋肉質で野性的なタイプだ。筋トレが趣味で、元刑事の探偵という事になっている。

 しかし、現実は違う。3人に血縁関係はないし、モトは今でも警察官、それも公安マンだ。各々事情を抱え、法律に信用も期待もしていないという事だけが共通点で集められた3人でチームを組み、色々な事情から法律通りに逮捕できない人間を指令通りに「処理」する仕事をしている。

 まあそれでも、仲間であり、家族であるというのは、否めない。

「今夜、来客がある」

 モトが言うと、セレは表情を引き締め、リクは唇を歪ませた。

「昨日の今日なのにね。忙しいねえ」

 モトは肩を竦め、続けた。

「8時頃になるそうだから、それまでに飯は済ませておこう。

 あと、セレ。来週から定期テストだろ。勉強も済ませておけよ」

 セレは苦笑した。

「はいはい」


 このマンションの部屋には、仕掛けがある。リビングにある掘りごたつか各々の部屋のクローゼットの床をある手順に従ってスライドさせると階段が現れ、真下の部屋につながる。

 この部屋の住人は表向きはこのマンションのオーナーだが、公安職員で、チームとの連絡係をしている薬師という男だ。

 そしてここには、刃物、銃器類、弾薬、火薬、発信機、盗聴器、特別なソフトを組み込んだパソコンなどが揃うほか、ちょっとしたケガの手当てができる応急処置室まである。

 ここで、仕事に関する話はされていた。

「次のターゲットだ」

 いつもにこにことした薬師が、説明を始めた。



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