第7話(3/3)


 三日で筑波まで戻った。先生の運転は容赦がない。


「ヤマト、あんた今日どこに泊まるつもり?」

「野宿かな」

 ヤマトの返事を受け、エリ―先生はヤマトにテントの袋を渡した。


「先生! もう、すぐそういうご冗談を……お兄様は私の家に泊まってもらいますから」

「いやいや、そっちのほうが駄目じゃないか。倫理的にちょっと……」


「何故、だめなのですか?」

 わざと聞いてみる。


「駄目だ、とにかく駄目、駄目。世間的に良くない」


「世間的だなんて。お兄様なのですから、大丈夫です。それにハチノヘからずっとここまで野宿だったでしょう? これでまた野宿じゃ旅の疲れが溜まっていくばかりです。明日からの相談もしないといけないですし、これまであったこともお話したいです。時間なんていくらあってもたりないんだから……ちゃんとおもてなし出来るように筑波を出る前にお掃除もお食事も準備してますから、何も心配されることなんてないわ」

 にっこりと笑顔を作りながら言った。


「ジュリー、お前……嘘だろ。何も変わってないじゃないか」

「この子はもう、こういうとこだけは、本当……」


 私の勝利は見えていた。




 晩ご飯にはもちろんエリ―先生も招待した。


「五年か、随分時間が経ったもんだな」

「お兄様は獣のお腹の中ではずっと寝ていたの?」


「ん、気を失ってる時間のほうがずっと長かっただろう。躰の消化と修復が拮抗していたんだな、五年も経てば躰はおおよそ戻るはずだったんだが……喰われていたとはなぁ」

 ヤマトはローストビーフに野菜を巻きながら言う。


「それにしても、銃で獣を殺したのか? 信じられない」

「あら、これは動物を殺す道具だって言ったのはお兄様じゃない。特訓しました」

 うへぇ、とヤマトは声を漏らした。


「特訓とかいう問題かな……十一、二からの五年、子どもは成長が早いって言ってもな」

「お兄様の遺言でしたしね。気合だぁ、って」

 私はくすくすと笑う。


「あなた達ね、ごはん時に相応しい話題は他にないのかしら」

 先生がリズムを取るように手の小指でテーブルを叩いている。鬼が見えそうだ。鬼はまだ、先生以外に見たことがない。




 三人分の洗い物をしている間、ヤマトはどこからか調達してきた煙草の煙をぷかぷかと揺らしている。

 先生は明日の朝が早いとかで帰ってしまった。学校の仕事が溜まっているらしい。


「さて、明日からのご相談をしたいんですけれど、情報収集をしておきました。オホーツク海というところはわかりませんでしたが、もう一体はオーガという半島にいるようです。東北の西の海沿いですね。私は先にオーガに言ってからオホーツク海に行くべきだと思います。どうしますか?

「情報は助かるが、ついてくる気じゃないよな」

 ヤマトはわかりきったことを言った。私はにこにことする。


「お兄様、あのバイクはどなたのですか?」

「エルのだろ」


「私あのバイク、頂いちゃったの。お兄様、恐山でアルクの大きい結晶、なくなっちゃいましたよね。どうやって獣を倒すんですか?」

「どうやって……気合かな。どうにかなるだろ」


「銃もないのに、ですか?」

「まさかあの銃、全部お前のか?」


「先生のライフルとピストル、壊してしまったの……ずっとお借りして練習してたから、機構が保たなかったみたい。トーキョーまで行って私用にレストアしてもらったわ。銃って本当高くてびっくりしちゃった。先生がね、自分で修理に出すならアルク結晶と砲身はお誕生日プレゼント代わりだって」


 ヤマトは舌打ちした。

「その、お前もこの街で仕事とかあるだろ」

「お父様とお母様の蓄えがけっこうあって、しばらくは困らなさそうよ」


「……わかった」

 ヤマトが折れてくれた。一時間くらい粘るつもりだったのだけれど。


「わかったが、もう一つ条件がある。エルが納得したらいいぞ」

 彼は会心の笑みを浮かべて言った。私は微笑んで応える。


「もう、先生の了承はもらっているの」


 彼は、嘘だろ、と小声で言ったあと、指から煙草を灰皿に落とした。


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