第327話 後継者
『どうも、冒険者のシグマです。実は自己破産しました。これからは貧乏生活です。住む場所は、高級タワーマンションから四畳半のボロアパートになりました。食事はスーパーで安くなった食材を用いて作った節約料理です。節約のために自炊ばかりですよ』
「……」
「リョウジさん?」
「そんな嘘、さすがにバレるだろうに」
「ですわね」
このところ、 破産して貧乏になったと偽り、動画投稿する冒険者たちが増えてきた。
実は最初の一人は本当で、その冒険者はそれまで優雅に贅沢に暮らしていたのに、友人の大借金の肩代わりをしたとかで、自己破産して貧乏生活に陥ったのだ。
友人は姿を消し、連帯保証人となった彼はすべての資産を失った。
そんな彼が四畳半のアパートで貧乏飯を作りながら自炊する様子がウケたのだが、彼は冒険者である。
すぐに元の生活を取り戻し、貧乏生活動画配信者ば卒業した。
彼は、自分の生活を立て直す様子を正直に動画で投稿し、多額のインセンティブと大勢の視聴者たちの応援を勝ち取った。
そしてそのバスり方を見た冒険者たちが、彼の真似をしたわけだ。
ただ、大半が嘘の貧乏アピールだったので、すぐにバレて炎上したり、誰からも相手されなかったりと。
この分野で冒険者が成功するのって難しいなと実感した次第なんだが、今もこうやって現れては、すぐに嘘がバレて炎上するというのを繰り返していた。
『今日は、一人前一億円のフルコースを食べに来ました』
「あーーーあ、この人は逆に、金持ちアピールをして炎上してるよ」
貧乏アピールが駄目ならと、金持ちアピールをする人も定期的に出てくるのが、冒険者というよりも人間の性なんだろうな。
というか、一億円のフルコースってなにが出てくるんだ?
このところ、富裕層向けの超高級レストランの経営が流行しているけど、さすがに一億円ってのは初めて聞いた。
そして、やはり金持ちアピールは上手くらやないと炎上してしまう。
一億円フルコース冒険者も、見事に炎上していた。
「もはや、なにをしたらいいのかわからないという」
動画投稿サイトのお客さんが全宇宙に広がり、視聴者が大幅に増えたのはいいが、なにが原因で炎上するのかわからなくなってきた。
異文化を理解しながら動画を投稿すればいいというが、惑星国家は数百はある。
氾銀河連合には加盟できていないが、動画を見ている惑星はその数十倍は存在するので、炎上の火種は大量にあった。
最初は市場が増えてウハウハだったのに、変な炎上をして消えた動画配信者は少なくない。
「結局、無難なものになってしまいますね」
綾乃は、茶道、華道、日本舞踊、琴、三味線、詩吟など。
海外の人たちも宇宙人たちも、大喜びそうなコンテンツを多数持っているので、かなり有利だと思うのだが。
「それでも、たまに炎上しかかけますね。詩吟だと歌詞に問題があったりとか。今では、人工人格によるチェックが重要です」
「私も射撃を動画で見せると、『野蛮だ!』とか騒ぐ人がいるわよ。銃規制派って人たちに突されたり」
「炎上を防ぐために無難な内容にすると、動画がつまらなくなりますしね」
「そうよねぇ。そんな細かいこと気にするって内容で強烈なクレームがあるもの。ステーキを食べに行く動画を更新したら、ヴィーガンに目の仇にされたり。元々彼らって、モンスターを狩る冒険者を嫌っているから仕方がないんだけどね」
「私たちはもう有名だからいいですけど、これから動画配信者になる人は大変ですよ」
里奈の言うとおりで、新人動画配信者が無難な内容の動画をあげても誰も見てくれない。
そこで、一発逆転を狙って過激な動画を配信するわけだが、炎上して許されないと消えてしまうという悲しみがあった。
「内容が無難になるから、今では人工人格にシナリオと編集、チェックを任せているもの。かなりマンネリ気味だけど、視聴回数は取れるのよねぇ」
リンダとしては面白くないんだろうが、今となっては全銀河のありとあらゆる情報を蓄積した、古谷企画、デナーリス王国が管理、運営する人工人格に任せれば安心、という空気すらあった。
下手な自称天才なんて比べ物にならないほど知識を蓄積しているから、まず間違えるということがないからだ。
その代わり、これを失うと人類の大損失なので、その維持には莫大な金と手間をかけていたけど。
「動画の量産や上手い編集、なんならCGやアニメの制作も簡単になったから、有名動画配信者と新人の差がなくなりつつあるのよね。そうなると、動画配信者の知名度が大切ってことになるわ。有名人の動画ってだけ視聴回数を稼げるし、こうなったら動画の洪水状態にして、他の動画を見る時間を奪うしかないわ」
デナーリスの考え方が今の現実なんだけど、『それはとうなんだろう?』って思わなくもない。
ただ、俺たちが動画配信者を引退するその日まで、とにかく続けるしかないのだ。
勿論動画の面白さは追求しているけど、今は低コストで動画を多数更新した方が視聴回数を稼げるという現実があった。
「人工人格が作る動画もあるからなぁ……」
昔は違和感があったんだが、今となっては慣れた人が作った動画と大差がなかった。
むしろ下手な新人の動画よりも圧倒的に見やすいという。
知名度を利用して、人工人格に大量に企画、編集、作らせた動画を更新する。
以前ほどの視聴回数は取れないけど、過去の遺産も合わせた動画の多さで視聴者回数を維持しているといった感じだ。
さすがに、ダンジョン攻略動画は例外だけど。
それは、いまだにダンジョンが新たに出現したり、階層が増えたりしているからだ。
もっとも今となっては、他の高レベル冒険者に先を越されることも多かった。
ただ、俺のダンジョン攻略動画は老舗であり、信用がある。
先に新しいダンジョンの攻略動画をあげる冒険者がいても、ダンジョン探索チャンネルの視聴回数が減ったというわけでもなかった。
むしろ、冒険者の数は増え続けているので、俺の仕事は大切なものだと思う。
だが……。
「俺もロートルかぁ……」
「リョウジさんはまだまだお若いではないですか」
「見た目はそうでもないけど、最近は朝起きると体がダルいかったりするからさ。それと、ダンジョン攻略チャンネルなんだが、やはり後継者が必要かなって」
すでに、ダンジョン探索チャンネルは公的な存在に近いものとなっている。
俺の死後も、新しいダンジョンの出現や階層の変化は続く。
以前撮影した動画も古くなってきたので、撮影のやり直しと、今風の編集も必要だろう。
「そこで、俺は決めました! ダンジョン探索チャンネルの後継者を指名します!」
「リョウジ君、まさか引退?」
「いや、まだ引退はしないけど、徐々にダンジョン探索チャンネルの顔を後継者へとシフトチェンジしていく作戦だ」
俺はホンファたちに、これから時間をかけてダンジョン探索チャンネルの後継者を探す宣言をした。
それてそれを、視聴者たちにも動画で説明していく。
その過程を編集して、動画として流すことも計画していた。
『というわけで、これからダンジョン探索チャンネルの後継者を決めようと思いますが、ダンジョン探索チャンネルは、冒険者が生き残るための命綱です。ただ俺の息子、娘だからって理由では譲れません。そこで、外部からも冒険者を募集します。そして、昔に撮影したダンジョン攻略動画のリニューアル撮影をやらせてみて、それを見た視聴者の方々の投票で後継者に相応しい人物を決めようと思います。ダンジョン探索チャンネルが欲しい冒険者は、必ず応募してくれよな!』
「「「「「「「「「おおっーーー!」」」」」」」」」」
久々に、動画配信者界隈が賑やかになった気がする。
ダンジョン探索チャンネルが貰えるとあって多くの冒険者たちからの応募があり、まずは面接で振り分けていく。
冒険者特性がない人と、レベルの低い人。
スキルが特殊な人は弾いていった。
スキルが特殊すぎると、普通の冒険者が攻略動画を参考にできないからだ。
『次の試験は、指定されたダンジョンの攻略動画を撮影してください。動画の編集はこっちでやるのでご安心を。応募者のダンジョン攻略動画はダンジョン探索チャンネルであげさせてもらい、視聴者の方々からの投票で優劣を決めます。なお、ご自身の攻略動画のインセンティブは、そのまま応募者にお渡しするのでご安心を』
書類審査、リモート面接に合格した冒険者たちは、こちらが指定したダンジョンの攻略動画を撮影していく。
編集はプロト1と古谷企画の人工人格任せとはいえ、元の動画が悪ければいい動画にならない。
早速送られてきた動画を確認するのだけど……。
「……なんかわかりにくいな」
「ドローン型ゴーレムの角度を指示していないんだね。攻略に夢中になってて、そこが疎かになっているんだよ」
「ただ、自分の近くにドローン型ゴーレムを浮かせて撮影させているだけですね」
とある応募者の撮影した動画を見て、ホンファと綾乃が駄目出しをした。
ダンジョン自体は、書類審査と面接を通った冒険者なら余裕で攻略できるダンジョンなんだが、応募者の大半が俺にいいところを見せようと、全力でダンジョンを攻略することに夢中で、これを新人、低レベル冒険者が見て参考にするのだということを意識していなかった。
「ようするに、独りよがりの攻略動画ってことだな。そんな動画が大半じゃないか」
剛も、次々と動画に不合格を出していく。
俺たちが審査しなくても、更新された応募者の動画を見た視聴者から批判的なコメントが殺到しているので、本人たちも理解したはずだ。
「高レベル冒険者だから、低階層ダンジョンを攻略できて当たり前ですからね」
「問題は、新人冒険者たちが攻略の参考になるように攻略、しっかりとドローン型ゴーレムに撮影させることなんだけど」
「冒険者と動画配信者は、元々異なる存在です。しっかりと意識していないと難しいですよ」
ターシャ、デナーリス、里奈も、応募者の動画に不合格を出し続けている。
確かにこれでは、俺が続けた方がマシだな。
「当然、今は未熟で当たり前なんだけど、成長の余地を感じさせてくれないと合格を出しにくい」
「ダンジョン探索チャンネルを貰えればウハウハだ、くらいに思っている方が多いようです」
「そんなに軽いものじゃないんだけどな」
ただイザベラの言うとおり、そう思っている応募者は少なくないようだ。
ダンジョン探索チャンネルを見て、そのダンジョンに挑む冒険者たちがいる。
生半可な動画をあげた結果、それが原因で死んでしまったら大変だ。
だから俺は、自分の子供たち以外にも門戸を開き、優れた後継者を探そうとしているのだから。
「この動画はいいな」
荒削りだが、成長の余地がある。
このまま合格者がゼロだったから困ったことになっていたが、徐々にこれはという動画が出てきた。
ただ……
「あっ、マイクの動画よ。あの子、応募するなんて一言も言っていなかったのに、興味あったのね」
「こちらは、健三の動画ですね。あの子も応募していたなんて」
「これはエイベルで、この動画はアルダですか」
「つまり合格者は、リョウジの子供たちばかりなのね。カエルの子はカエルというか、私の息子も、まあ合格かしら」
デナーリスも、まさか自分の子供が応募しているとは思わなかったようだ。
かなり厳しい目で見ていたが、それでも一応合格が出たことに内心安堵しているのかも。
意図したわけではないが、合格を出せるのは俺の子供たちばかりであった。
「なんか、これはこれで批判されそうだけどな」
「とはいえだ、剛。俺の子供じゃないだけって理由で、駄目な冒険者を合格にはできないだろう」
「それはそうだ」
こういう時、必ず身内贔屓だと批判する人たちが出てくるのだが、他の動画ならともかく、ダンジョン攻略動画を駄目な人に任せられない。
俺はまったく子供たちに忖度していないんだが、親の背中を見て育ったのか。
子供たちのダンジョン攻略動画は、悪くなかった。
まだまだとはいえ、それは慣れていけば解決できる問題だからだ。
「実際、公開した動画の評価がいいのは、俺の子供たちなんだよなぁ」
高レベル冒険者でもあるし、自分も動画配信者として活動しているから、コツを掴んでいるのだろう。
「何人か俺の子供じゃないけど、悪くない応募者もいるな。彼らも合格としよう」
応募者は多数だったので、俺の子供ではない応募者の中にも合格を出せる人が出てよかった。
「良二、ダンジョン探索チャンネルの後継者は一人じゃないのか」
「そうなればいいんだけど、多分分業制になるんじゃないかなって」
今、俺が一人でやっていることを一人の後継者に任せるには、もっとレベルを上げてもらわないと駄目だろう。
それなら、最初は複数人で分業制にした方がいいと思う。
「今はチャンネルの権利は古谷企画が持って、ダンジョンに潜って撮影する演者に契約に従った報酬を支払う。それがいいと思うんだ」
ダンジョン探索チャンネルが下手に分裂して質が落ちると、冒険者に不都合が出てしまう。
合格した冒険者たちに、分業制でダンジョンの攻略動画を撮影してもらい、編集や公開、撮影以外の雑務は古谷企画が担当。
経費と手数料をさっ引いた金額を支払う。
「そうやっているうちに、ダンジョン探索チャンネルを譲ってもいいと思える人が出てくるか、数名の冒険者で運営していくか。それは後日にならないとわからないだ」
結局俺は十名の合格者を研修生として採用し、早速彼らにダンジョンの攻略動画の撮影をやらせてみることに。
「俺の子供たちが七人で、それ以外は三人か……」
俺の子供たちは割とフリーダムなので、『ダンジョン探索チャンネル? いらね』という子の方が大半だったが、まさか応募した全員が研修生になってしまうとは……。
「早速、『親の七光りだ!』って批判の嵐だな」
コメントを見た剛が俺に教えてくれた。
試験に落ちた応募者たちやその親族、彼らが選考基準がおかしいと訴えた弁護士なんかが騒いでいるけど、公開されている彼らのダンジョン攻略動画の出来はよくない。
だから選考に落ちたので、大半の視聴者は批判していないが、彼らには伝家の宝刀があった。
『編集で差別されている!』と。
編集はすべて、普段俺の動画を編集している人工人格なので、あれでも大分マシになっているというのに、とんでもない言いがかりをつけてくる連中だ。
そこで俺は、抗議している冒険者たちの編集前の動画をすべて公開した。
ついでに、合格者たちの編集前の動画の公開も忘れない。
「……画像がブレブレで、見切っている部分は人工人格の補正機能で助けてもらってるじゃないか」
「差別? こんな酷い動画しか撮影できないんなら、不合格で当然だろう」
自分たちは不合格になったのに、俺の子供たちは全員合格だったので差別だと騒いでいた冒険者たちだったが、お粗末な編集前の動画を全銀河に公開されて赤っ恥をかいていた。
『彼らは高レベル冒険者ではあるが、ダンジョン攻略動画の撮影には向いてないってことです。これから初めてダンジョンに潜る冒険者たちが、その動画を見てちゃんと攻略できなければ、ダンジョン攻略動画の撮影には向いていませんよ』
最後に俺は、動画で自分の考えを語り、後継者募集はこれで終了となった。
「この十名の中から、俺の後継者に相応しい者が出るか、一人で俺の跡を継ぐのは難しいので集団経営になるか。それはみんなの頑張り次第となる。頑張ってくれ」
早速、俺が過去に攻略したダンジョンのリメイク動画撮影が始まり、十名の研修生たちはライバルたちと凌ぎを削り始める。
「リョウジさんは、どういう結論になると思っていますか?」
「うーーーん、実は美羽が跡を継ぐんじゃないかなって」
実は、俺と里奈の娘で『勇者』スキルを持つ美羽も応募しており、今は他の研修生と実力差はないのだが、じきに頭一つ抜けるかもしれないという機体はあった。
なんてたって『勇者』スキルの持ち主だからな。
「確かにミウは、リョウジさんと同じ『勇者』スキルの持ち主ですからね」
『勇者』スキルは万能職なので、成長に時間がかかる。
それでも他の研修生たちと互角ということは、今後大きく成長することが期待できた。
「ただ『勇者』とはいえ、美羽がどこまで強くなり、ダンジョン探索チャンネルの経営能力を得られるかは、本人の努力次第だな」
『勇者』スキルは万能職なんだが、スキルの習得を怠ればただの上級職で終わってしまう。
だから俺は、美羽がそこまで成長しない可能性も考えて、ダンジョン探索チャンネルが集団経営になる可能性も示していたのだ。
「ただ、年月が経てば経つほど美羽が有利になると思う」
「将来他の子たちは、ミウの補佐に回る形になりますか」
「ダンジョンも増える一方だから、そういう体制の方がいいだろうな」
俺とイザベラとの会話が予言になったわけではないが、十年後、ダンジョン探索チャンネルは美羽が正式に受け継ぎ、他の研修生たちが幹部として美羽を補佐する体制へと移行していった。
そして、ダンジョン攻略前には必ず見ておいた方がいいと、大半の国家に推奨される半ば公的な動画チャンネルとして、俺の死後も続いていくのであった。
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