第256話 美奈と佐奈(その1)
「なぁ、帰りにコンビニに寄ってかないか?」
「いいね。僕、喉が乾いたよ」
「私も新作スイーツがほしいな。佐奈は?」
「私は特に欲しいものはないけど、いいよ」
私、石井美奈と妹の佐奈は双子の姉妹で、近所に住む幼馴染、田川太郎と中野純一と幼い頃からずっと四人で一緒に過ごしてきた。
太郎は正直イケメンじゃないから彼氏にはしたくないけど、気の良い奴で、将来は実家の農家を継ぐのだと思う。
一方純一は背も高くイケメンで、地元で有名な中野産業という会社のオーナー一族の跡取り息子で、将来社長になることが決まっていた。
太郎は学校の成績も運動神経も普通だけど、純一は学業成績も優秀で、運動神経も抜群だ。
友達としてなら太郎もいいけど、やっぱり彼氏にしたり結婚相手となると、純一の方がいいに決まってる。
私の双子の妹である佐奈も純一の方が好きなはずで、そうなると将来は姉妹で彼を取り合う未来もあるかもしれない。
佐奈はいい子だけど少し引っ込み思案なところがあるから、悪いけどそれを利用させてもらって、純一に上手くアピールしないと。
「純一、新作のジュースがあるわよ」
「美奈、メントスコーラって、動画配信者がチャレンジするもので、新作コーラのフレーバーとしてはどうなんだろう?」
「もしかしたら美味しいかも。私も一口飲ませて」
「美奈も飲んでみたいのなら、買ってみるかな?」
純一にジュースを分けてもらえば、関節キスってね。
それに気がついてくれたかな?
「太郎君、クサヤ味のポテトチップスはやめておこうよ」
「なんかすげぇ興味ある。一つ買ってみようっと」
「一つで十分だよ!」
もしかしたら、太郎は佐奈狙いなのかしら?
私は今日も、純一と上手く話せたわ。
このところ佐奈は、太郎とばかり話をしているから、ちょっと悔しい思いをしているかも。
「(だけど、佐奈に純一は譲らないわよ)」
太郎はいい奴だけど、やっぱり友達止まり。
彼氏や夫にするなら、絶対に純一よね。
もし純一と結婚できたら、私は将来の社長夫人なんだから。
「(純一はもの凄くモテるから、私も頑張らないと!)」
佐奈の他にもライバルは多いけど、私には幼馴染というアドバンテージがある。
必ず純一のハートを掴んでみせるわ。
「えっ? 佐奈って、太郎とつき合うの?」
「うん」
「おめでとう」
中学生三年生の春。
私は佐奈と純一を取り合うものだとばかり思っていたら、なんと佐奈は太郎とつき合い始めてしまった。
そう私に報告する佐奈は顔を赤くさせて可愛らしいけど、拍子抜けというか、身近で妥協したというか。
私たちだって、地元では美女双子姉妹と評判で男子からの人気も高いのに、よりにもよって太郎って……。
そりゃあ、悪い奴じゃないけどさぁ。
佐奈と太郎がつき合っていることが周囲に知られると、『太郎のくせに、なぜ佐奈ちゃんとつき合えるんだ?』、『幼馴染補正か?』などと、騷ぐ男子たちが沢山いた。
そのくらい、不釣り合いなカップルなのだ。
「佐奈なら、田川よりも格好いい男子とつき合えるのに勿体ないよね」
「田川は悪い奴じゃないけど、本当に普通だものね」
同級生の女子たちも、そう評する人が多かった。
私もその意見に大いに賛成だけど、本人が太郎と嬉しそうにつき合っているし、両親も太郎と仲がいいから、二人の交際は順調だった。
私は太郎で妥協できないから、必ず純一をモノにするんだと改めて決意。
紆余曲折あったけど、無事に純一の彼女になることができた。
「(佐奈は今は嬉しそうだけど、人生は長いから)」
ただつき合っているだけなら太郎でもいいけど、これから進学、就職、結婚、出産と人生が続いていくにつれ、なんでも普通の太郎と、将来の社長である純一の妻とでは、大きく差が開いていく。
「(できることなら、セレブな暮らしをしたいもの)」
なにより佐奈は、普通でも幸せって、十年後にも言えるのかしら?
あとになって、純一と結婚しておけばよかったなんて言っても、それはあとの祭り。
世間では私のような考えの女はあざといと思われるけど、結局そういう人の方が人生勝ち組だったりする。
「(勿論私自身も、純一のことを好きなんだけどね)」
将来は社長夫人として全力で純一を支えるつもりだし、他の男子に目を向けるなんてあり得ない。
純一の将来の奥さんとして努力を惜しむつもなく、私と純一がつき合っていることが公になっても、まだ諦めていない女子も多いから、彼にフラれないように頑張らないと。
「すげぇ! このクラスで冒険者特性が出たのって、田川だけじゃん!」
「スキルはなんなんだ?」
「『僧侶』だって」
「回復職か。引く手あまたじゃねえ?」
そろそろ受験のことを考えないといけない、初夏。
世界は大きく変わった。
世界中にダンジョンが出現して地球上の資源とエネルギーが枯渇し、人類はエネルギーと資源をダンジョンから入手しなくてはいけなくなった。
世界中が大不況に見舞われ、多くの会社が倒産して失業者が増えたけど、この地方で有力企業だった純一の実家、中野産業は生き残った。
こういう時、やっぱり老舗の地元大手企業は安泰ね。
親が失業した女子たちが純一を狙っているようだけど、その席は私のものだから。
そんななか、普通だった太郎になんと冒険者特性が出た。
これがあれば、ダンジョンで稼げるみたい。
太郎も佐奈も、運がいいにも程があるでしょう。
とはいえ、冒険者は死亡率が高いから、純一を選んだ私の方が安泰だと思う。
それでも、これまで太郎に目もくれなかった女子たちが彼にアピールしまくっているから、佐奈も大変よね。
さらに太郎は、隣市にある冒険者高校に進学を決めたみたいで、高校は寮暮らしになる。
ちょっと遠距離恋愛になるから、大人しい佐奈だと変な女に取られてしまうかも。
私はちゃんと勉強して純一と同じ高校に行くし、他の女なんかに純一は絶対奪われないから。
「佐奈は、隣市の国立大学に行くの? 上京して都内の大学に進学した方がいいって」
「私、太郎君と一緒に住むの」
「同棲! お父さんとお母さんは許可したの?」
「うん、正式に婚約もする予定なんだ」
太郎は冒険者高校を優秀な成績で卒業するそうで、すでに地元県では優れれた冒険者として活動していた。
稼いでいるとも聞いている。
それにしても、婚約は少し早すぎないかしら?
「(なにより、いくら今の太郎が稼げていても、不安定な仕事であることに変わりはない。いつよくない結果が訪れるかもしれないし……)
佐奈が地元の国立大学に通うのは、それに備えてなのかも。
冒険者なんて危険だし、完全な体力仕事で、そう長く続けられる仕事とも思えない。
年を取り、冒険者を引退した太郎を支えるべく、佐奈は進学してキャリアを積むつもりなのね。
「(私も、将来の社長夫人となるべく進学はするけど)」
この過疎化が進む地方において、都内の大学に進学したという学歴は、将来必ず役に立つ。
私は純一と同じ大学に進学するけど、さすがに同棲はねぇ……。
どうせ純一の近くに住むから、同じことなのかもしれないけど。
とにかく今は、純一と仲良く東京でデートしたいわね。
「もうすぐ大学も卒業だけど、佐奈は就職しないの?」
「うん、太郎君が会社を作ったから、その経理や雑務を見てほしいんだって。大学にいる間に取った簿記の資格って役に立つのかな? 太郎君が法人を作った冒険者向けのセミナーになかなか行けないから、私が代理で行かないといけないの」
「法人化? 冒険者が?」
「冒険者が節税目的で、マイクロ法人を作るのが流行しているんだって。古谷良二さんなんて、冒険者として活動する前に法人を作ったって動画で言ってたくらいだから。彼の動画を見て、太郎君も会社を作ろうって決めたみたい」
「そうなんだ。ところであんたたち、もう結婚するんだって?」
「太郎君、私が大学を卒業するまで待ってくれたんだ」
冒険者高校を卒業した太郎は、当然ながら在学中から冒険者の仕事を続け、今では地元県でも有名な冒険者となった。
かなり稼いでいるようで、法人を作ったのだと佐奈が教えてくれた。
あの太郎が社長とは驚いたけど、それだけ冒険者が稼げる仕事だってことでしょうね。
だけど常に死と隣り合わせだし、若い間しか仕事ができない。
なによりいくら法人化しても、やっていることはダンジョンに潜ってモンスターを倒すことでしかない。
いわゆる3Kの仕事ね。
今はいいけど、長い目で見たら、中野産業みたいな会社の方が有利なはず。
「(冒険者を引退後、普通に戻ってしまった太郎を世話するのは大変そうね)」
なまじいい時期があったばかりに、人生の後半で苦労しそう。
もしそうだとしても、佐奈は大切な妹だし、太郎も義弟になる。
純一に頼んで、冒険者引退後の太郎の転職先も考えておかないと。
「佐奈、お腹が大きいのに、なにを勉強しているの?」
「宅建の資格を取ろうと思って」
「やっぱり、就職するの? 冒険者が法人って、なかなか大変そうだものね」
「ううん、太郎君が稼いだお金で投資を始めて、冒険者特区内の土地をかなり押さえたから、今度マンションとビルを建てるんだって」
「……そう(ええっ! あの太郎が、投資と不動産経営?)」
「冒険者はいつ引退になるかわからないから、第二の人生に備えて資産形成が大切だって。古谷良二さんが動画で説明していたから、太郎君がその気になって」
大学卒業後。
純一と私は、都内の会社で働いていた。
いきなり大学を卒業したばかりの若造が、父親の会社を継ぐとろくなことにならない。
純一のご両親も、純一自身も同じ考えで、純一は都内の同業他社へ。
私も、いつ純一が社長になってもフォローできるよう、しっかりと経験とキャリアを積んでおこうと思う。
純一との結婚は、三年後くらいかな?
なんて思っていたら二年半後……。
「ええっ! 純一が働いている会社が倒産したの?」
「まさか、社長修行名目で働いていた会社が倒産するとは思わなかったよ。中野産業よりも規模が大きな会社なのに。ちゃんと退職金なんか出るらいしけど、急いで次の会社を……それも同業種の会社を探さないとなぁ」
「私の会社、大丈夫かしら?」
私は純一と結婚し、今は妊娠中なので産休を取っていた。
子供が生まれたら会社に復帰か、そろそろ純一の実家が、私たちに地元に戻って会社の経営を引き継ぐ準備を始めてほしいなんて話もあって、どうしようか悩んでいたけど、まさかその前に純一が働いてた会社が潰れるなんて。
「純一、どうするの?」
都内でもう一度転職をするか。
だけど、中野産業の同業他社に転職できる可能性は低い。
それどころか、徐々にダンジョン技術と称された、魔法工学を駆使したゴーレムが人間の仕事を減らしつつあり、私も今産休している会社を辞めて地元に戻ったとして、新しい仕事があるかどうか。
まさか、こんなに社会が変ってしまうなんて……。
「悩むわねぇ」
「幸い、中野産業は黒字経営らしい。僕は地元に戻ろうと思うんだ。美奈も産休を終えたら、中野産業で働けばいいと思う」
「そうね……」
このまま人間の労働が減っていけば、私の働いている会社も生き残れるかどうか。
もし会社が生き残れても、私がリストラされたら意味がないというのもある。
「(そういえば、太郎の会社も人間の社員なんて佐奈しかいないって言ってたわね)」
太郎と佐奈は、地元県に作られた冒険者特区内にある高級タワーマンションに住んでいるそうで、子供も今度三人目が生まれるとか。
冒険者としての太郎は治癒魔法が使え、彼自身も力があって戦えるから引く手あまただって、佐奈が言ってた。
経営している会社も、佐奈がしっかりと管理しているみたい。
大変そうだけど、家事はゴーレムがやってくれるそうで。
太郎の会社は、もの凄い勢いで資産を増やしているとか。
「(……まさか太郎がねぇ……。地元に戻れば、私も社長夫人たけどね)」
佐奈と張り合うつもりなんてない。
とは言いつつも、心のどこかで佐奈に負けたくないと思ったのだと思う。
私はまだ育休中なのに、夫の実家の会社を手伝わなければいけなくなった、と会社に説明。
退職して、地元に戻った。
「(いよいよ、社長夫人へと道が始まるのね)」
浮かれることなく、しっかりと純一を支えないと。
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