赤レンガと令和なロマンス

ルナナ

遠い日のこの場所。そして今日この場所。

「ほーう。 ここがあのにっくき赤レンガ倉庫だな? なんだってこんな場所を指定したのか……」


 なんとも言えない流行の服に着られている青年が一人横浜赤レンガ倉庫の前で呟いている。

 どうやら彼はネットで知り合った女性とここで待ち合わせをしているらしい。


 その出会いはまさしく令和の――


「ごめんなさい! 待たせちゃったかしら? 清一キヨカズさん」


「いや。 ちょうど来たところだ。 静子シズコさん」


 なぜ彼らが呼び合う名前が古っぽいのか。令和に生きる青年と女性では少し釣り合わない。

 それは彼らの前世・・に関わってくる。それは悲しい出来事だが、彼らにとってはこれでよかったのかもしれない。

 今幸せなのだから。


~回想~


 清一と静子。この二人の最初の出会いは親同士の決めた婚約だった。

 まだ少年と言える年齢で決められた婚約だったが二人は幸せそうで、両者ともに生涯添い遂げることを誓い、その思いのまま来世さえ決めてしまいそうな勢いである。

 それほどまでに気の合う二人は自由な振る舞いこそ許されなかったもののできる限り一緒にいる時間を作りその仲をはぐくませていった。

 その二人を別れさせる凄惨な未来が待っているとも知らずに。


 後世において最も死が蔓延した戦争と呼ばれる戦争。第一次世界大戦が始まる。

 清一は軍役に行ったし、静子は避難を余儀なくされた。

 手紙が許されるような状況ではなく互いの安否はわからなかったはずだ。だがそこはバカップルがごとくなんか生きてる……はず。と言って何とか気力を持たせて何とか乗り切ったのだった。

 なんか夢で逢ってたんじゃねーの、っていうくらいお互いを信じ切って過酷な戦争をやりきった。


 結果国は勝ち、お互い無事に帰ってこれることと相成った。



 だが問題はそこではなかった。四年後の関東大震災。

 その五年後の関東大震災で彼らは被災してしまう。

 倉庫の周りでひそひそ逢瀬を楽しんでいた彼ら。

 一週間に一度は逢瀬の場所を変えていたのだが、五年目のその日はたまたま赤レンガ倉庫であっただけである。

 赤レンガ倉庫の被害30%。その被害に巻き込まれてしまうのであった! なんでここで死んでるの!?


 両者ともに地震のときに抱き合うようにしてがれきに巻き込まれ、二人同時に頭にレンガが落ちてきて即死。

 なんともあっけない最後であり、逆にそれが良かったのだろうか。


 来世73年後の平成13年に生まれ前世を自覚した。

 もちろんその時までに培った価値観や記憶は消えていない。


 関東大震災の九月一日、平成13年のその日に生まれた二人は15歳でそれを理解したのだが、もちろん公にはできないことであった。

 いくらなんでも前世云々と言えば寄ってくるのはちょっと怪しい人たちだけなのである。

 自分のことは棚に上げてそう考える二人。

 ただ、やはり愛の成す力なのだろうか。インターネットでお互いしらずのまま、出会っており徐々に交流が増え気が付けば通話して夜通しでゲームをやりあう仲になっていた。


 そして通話しながらゲームしていて深夜テンションで思考力の低下したあるとき、前世の名前は清一は口を滑らせた。「静子、やっぱ頭いいな!」

 ハンドルネームでサイスと名乗っていた17歳、前世の名前は静子。

 驚きのあまり返してしまうのである。「清一さんはしゃべりすぎなんです!」

 お互い無言。なおかつ他にも通話に参加している人も数人いたのだが誰もしゃべっている事を示す色を付けることはなく、流れるはカズノコを名乗っていた清一の扇風機のノイズのみ。


 おもむろに通話仲間の一人が口を開き「前々から思ってたけど二人とも付き合ってるの? いつも熟年夫婦にしか見えないよ?」と爆弾発言をした。


「「そ、そんなわけないじゃないですか」」


 そういうしかないのである。


 三年後というのを理由に出会う約束を取り付け、それまでは確かめることはやめると決めた二人。

 たまにぽろぽろ出てしまうのだから世話ないがそれでも三年。大学入試を終え9月一日。互いの誕生日に対して憎くはないがちょっともやっとするこの赤レンガ倉庫で出会うこととなる。


 そして冒頭に戻る。この出会いは前世からの縁故であった。


~~


「さてまずは自己紹介といこう。まぁ、あんまり意味ない気もするけれど」


 そう苦笑して彼は自己紹介を始める。


「ハンドルネームはカズノコ。前世名清一。今世名は拓海だ。20の大学生だ。お名前をお聞きしてもいいかな?お嬢さん」


「ふふふ。相変わらず格好つけたしゃべり方するのね。それに名前の付け方も変わってなかったものね」


 いいわよ。かっこいい紳士にはお返しをしなきゃ、と彼女は続けてから。


「ハンドルネームはサイス。前世名静子。今世名は七海。 まぁ、あなたの手が震えているわ」


 本当に締まらない紳士さん。と笑って自己紹介を終えた彼女。その目は潤んでいた。


「ここにいると落ち着かないね。どうだい?この倉庫はもう観光スポットらしい。中でお茶でもしよう」


「いいわ。あなたのいるところならどこへでも。 もうあの時代とは違うんですもの」


 感慨深い表情で頷く清一…… いや拓海は赤レンガ倉庫の中にあるカフェに入った。

 そこでアップルパイとウーロン茶を頼み、一息つく彼ら。

 どちらともなく微笑みあう姿は傍から見れば何ともうらやましく、ほほえましいカップルの様相だった。

 彼らの縁はここにて成就された。ここで亡くなり、ここで出会い、きっとこの先も二人は比翼の鳥でいることだろう。アップルパイの甘さにも、ウーロン茶の苦みにも負けない甘さを演出していくことだろう。彼らの先に幸あれ。

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