「あれ、なんか引っかかってる」

 俺達の前に、目的の自販機でジュースを買っている女子グループがいる。その1人が取り出し口に手を入れて言った。

「あっ、取れた」

 ジュースと一緒に、ずるりとそれも出てきた。ジュースを掴む黒く細い腕。

 やっぱいたか……

 それは、自販機の取り出し口からゴムのように長く腕を伸ばしながら、女子が持つジュースを掴んでいた。別の女子がジュースを買っても、黒い腕は先のジュースを掴んだまま、決して放そうとしない。

 だけど、ジュースを持った女子が自販機の前から離れると、伸びきったゴムが戻るように、腕は瞬時に自販機の中に戻っていく。

 ほんと、何なんだよこいつは……

 力が弱いのか、結局は手を放してしまう。ジュースを掴まれていた人は、変なモノに掴まれていたことに全く気付いてもいない。だから、実害もない。

 だけど、俺はこいつを嫌悪している。

 女子とすれ違う時、さっき掴まれていたジュースをそっと盗み見る。それには、黒いどろっとした物が付いていた。

 これがなければ、気にしないんだけどな……

 掴む手と一緒で、当然その汚れも他の人には見えない。見えていたら、きっと飲む気になれないだろう。まるで、重油の溜まりに落としてしまったかのような汚さだ。

「とも、どれにする?」

 自販機にランプが付いていた。もう、お金を入れてくれたみたいだ。

「えーっと……」

「ゆっくり考えろ」

 そう言って、あっくんはいちご牛乳のボタンを押した。先に自分の分を買ったみたいだ。

 ガタンとジュースが落ちる音と同時に、聞きなれた可愛らしくも頼もしい声が耳に入った。

『キャン! キャンキャン!』

 いつの間にか姿を現したハチが、取り出し口に向かって吠えている。

『キャンキャン!』

 あっくんが取り出したいちご牛乳を掴む手はない。だけど、どろっとした黒い汚れは、少し付いていた。ハチに吠えられたことで、早々に手を放したようだ。

 尻尾を振りながら、ハチが俺を見てくる。小さい体ですごく頼もしいハチに「ありがとう」と言えない代わりに、笑って小さくうなずくと、ハチは『キャン』と答えてくれた。

 あの黒い手は自販機の中にまだ居るようで、俺がジュースを選んでる間中、ハチはずっと吠え続けてくれている。

 そこへ、ある意味クラスメートより聞き慣れた声がした。

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