『マッチ。マッチはいりませんか』
「…………」
公園の角を曲がった所で、自転車を押したまま立ち尽くす。昨日、成仏したと思っていた少女が、そこにいた。バスから降りて来た人に話しかける姿は、昨日の再現を見ているようだ。
自転車を支えたまま呆然としていると、ハチは前カゴからふわりと飛び降り、少女に駆け寄った。
『わんちゃん。また来てくれたの』
ハチは頭を撫でられ、嬉しそうに尻尾を振っている。その姿を見て、俺も観念した。公園脇に自転車を立て、少女に近寄る。
「こんにちは」
『また来てくれたの?』
少女はパッと顔を明るくして、俺を見上げる。
「花だね。ちょっと待ってて……」
少女に声をかける前に取ってくればよかったと思いながら、昨日と同じように花を採りに公園に入ろうとすると、後ろから声をかけられた。
『食べ物を持ってきてくれたの?』
「えっ?」
『だいじょうぶ? あなたの食べる分がなくなってしまわない?』
少女は手を組み、眉尻を下げて問いかける。
「……………」
どこか芝居がかった少女の言葉に、どうしたらいいのか迷っていると
『ねえ! 食べものを持ってきてくれたんでしょ!』
少女は手を組んだままぷくっと頬を膨らませ、怒ったように言った。
「えっと、ちょっと待って」
俺は慌てて肩に担いだ鞄を下ろすと、サイドポケットからあめ玉を取り出す。
「こんなのしかないけど」
クラスの女子が、クラスメイトに配っていたあめ玉。「新製品だから買ってみたけど、予想以上に不味から食べてみて」と、ネタとして配られたそのあめ玉を食べる気にならなくて、鞄に入れて持って帰って来た。
『わあ! おいしそうなパン!』
「は?」
少女は、俺が差し出したあめ玉を両手で包むように触った。
「!!」
少女に触られた感触はない。だけど、俺の手の中で、不思議なことが起こった。
少女は俺の手から、無いはずの半分にちぎった丸いパンを受け取った。そのパンを嬉しそうな顔で、一口かじる。
『とってもおいしい! ありがとう』
少女は満面の笑顔を浮かべたまま、薄くなって消えた。
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