『キャン! キャンキャン!』
授業が終わるまで、あと10分。窓際の席に座る俺の机の上に、ハチが現れたのは数分前。現れてからずっと、ハチは窓の外に向かって吠えていた。
『キャンキャン! キャンキャンキャン!!』
ハチの吠え声が激しくなるほどに、ぞわりとした不快な感覚が近付いてくるのが分かる。嫌な感じだ。だけど、危険を感じるほどじゃない。
いつもなら、静かに無視して通り過ぎるのを待つけど、今は執拗に吠えるハチがいる。向こうが、ハチを無視して通り過ぎてくれるのを祈っていると
『なんだオマエ』
かすれた男の声がして、びくりと体が強張った。
『キャン! キャンキャン! キャンキャン!』
ハチは、窓際から机の真ん中辺りまで後退るものの、果敢に吠えることを止めない。
「ハチ、やめろ」
先生の声だけが響く教室内。不要な声は上げられない。囁くようにハチを制止するけど、聞こえていないのか、男に視線を向けたまま吠えるのを止めない。
『うるさいぞ。イヌッコロ……』
抑揚のないかすれ声。その声から冷酷な残忍さを感じて、思わず窓に視線を向けた。そこに、見知らぬ男が立っていた。
年齢は60前後。かなり痩せていて、汚れの目立つ作業着を着ている。男は半分開いた窓から身を乗り出して、ハチを見る。
まずい。追い払うつもりが、呼び寄せてしまってる。
どうにか追い払う方法を考えていると、不意に男が俺を見た。目が合ったと思った瞬間、男は隙間が目立つ黄色い歯を見せて、笑った。ぞわりと背中に悪寒が走る。
1番に感じたのは、悪意。不幸な自分の人生を全て社会のせいにして、他人を妬み、恨み、呪いながら孤独の中で死んだ男の悪意。
だけど、少しも同情の念が湧かないのは、この男の性質にあるのかもしれない。
この男は、鬱憤を晴らすために幾つもの命を奪った。その殆どは、小さな虫。汚れた部屋に湧いた虫を残虐な方法で殺すことを唯一の楽しみとする、歪んだ感情。捕まえることが出来たら、野鳥やのら猫を、痛め付けて殺したかったという思いまでもが流れ込んできて、吐き気がした。
『オレがコワイか?』
思わず顔をしかめた俺に、男は嘲るような口調で聞く。
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