ジリリリリリ……
『キャン! キャンキャン!』
寝ぼけた頭で枕元を探る。手に馴染んだスマホを見付け、アラームを止めると再び目を閉じる。
『キャンキャン! キャンキャンキャン!』
おかしいな。アラームがまだ鳴ってる。
握ったままのスマホを目の前に持ってくるが、表示されているのは見慣れた待ち受け画面。アラームは鳴っていない。
『キャン! キャンキャン!』
じゃあ、この子犬の鳴き声は?
頭が少し覚醒すると、目の前に立つ子犬の姿が目に入った。子犬は俺……というより、俺の持つスマホに向かって吠えている。
「うるさい」
子犬を止めようと頭に手をやると、その手はするりと子犬の頭を通り抜けた。
「!!」
びっくりして起き上がる。するとようやく頭がはっきりした。
この子犬は、神山家の狐の神様ごんちゃんが、お守り代わりにとくれたんだ。そして、この子犬は生きていない。
『キャン! キャン!』
俺が起きても何故か鳴き続ける。俺にと言うより、俺の手の中のスマホに向かって吠えているようだ。
「もしかして、スマホが怖いとか?」
スマホを持つ手を子犬の方に差し出すと、子犬はびっくりして後退り、そのままベッドから転げ落ちた。
「大丈夫?」
俺もベッドから下りて子犬に近付く。子犬はちょっと後退った後、なおもスマホに向かって吠え続ける。
「大丈夫。スマホは怖い物じゃないから」
『キャン! キャンキャン!』
「俺も起きたし、鳴きやんで」
『キャンキャン!』
子犬は俺の声なんか聞こえていないように吠え続ける。
どうしようかと考えていると、頭に浮かんだ言葉があった。
「ハチ」
『!!』
子犬が鳴きやみ、俺の顔を真っ直ぐ見た。
「ハチ。これは怖い物じゃない、便利な道具だ。怖がらなくて大丈夫だからね。分かる?」
俺は子犬の目を見ながら、ゆっくり丁寧に説明する。
子犬は、返事の代わりにそろそろと近付いてくると、俺の手の上のスマホに鼻を近付けた。ひとしきり臭いを嗅いだ後、きちんとお座りをして俺の顔を見上げた。
「やっと分かってくれたか、ハチ」
そう尋ねると、尻尾を振りながら『キャン』と元気に鳴いた。
子犬のハチは、思った以上に賢かった。俺の後をちょこちょこ付いて歩くだけで、その後は一切鳴かなかった。家の探りは昨日のうちに済ませたと言わんばかりに、あちこち臭いを嗅いで回ることもしなくなった。
「お供えのご飯、俺が持ってく」
「あら珍しい。何かあった?」
「別に」
小さな器に盛られたご飯と入れ立ての熱いお茶を持って、和室に行く。ご飯を置こうとしたら、昨日供えたらしいスーパーで売っている小ぶりの苺大福が目に入った。
「ばあちゃん、この苺大福もらうよ」
苺大福を下ろし、ご飯とお茶を置く。お鈴を鳴らして手を合わせる。
「ばあちゃん、今朝はありがとう。日曜日、ばあちゃんの好きな万福屋の苺大福持って、墓参りに行くから」
ふと見ると、ハチは俺の隣にきちんと座って、仏壇を見上げていた。
「ハチ、ばあちゃんが見える?」
そう問いかけると、ハチは言われたことが分からないと言った風に小首を傾げて俺を見る。
「まあいいや。飯食って学校行こう」
『キャン』
俺の独り言に、ハチは元気よく返事をした。
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