「ただいま!」

 階段の前に立つ神山を振り返り、明るい声で言う。

「帰ってくるの夕方じゃなかったのか?」

 対する神山の声は、不機嫌そのものだ。

「ちょっと予定が変わってね。それより悟、お友達が遊びに来てるの? 連れて来るならそう言ってくれたらよかったのに」

「遊びじゃない。試験勉強しに来てるだけだ。母さんには関係ない」

 やっぱり神山のお母さんだったか。どうりで似ていると思った。

 神山は、お母さんを無視して俺に近寄ってくる。

「山口、大丈夫か? あんまり遅いから見に来た」

「ああ、ごめん。全然大丈夫」

「母さんに捕まってたのか? 変な話、聞かされなかったか?」

「こら、悟! なんてこと言うのよ」

 口調は怒っているのに、声音はどこか楽しそう。

「別に。挨拶したくらいだけど」

 聞きたい事は山ほどあるけど、神山の前じゃ聞ける雰囲気じゃない。

「そうか、ならいい。戻るぞ」

 神山は俺の手を掴み、お母さんの前を足早に通り過ぎようとする。

「ねえ、悟。来てるのは彼だけ?」

 神山が答えようとしないので、代わりに俺が返事をする。

「いえ、俺含めて3人です」

 それを聞くと、お母さんはぱあっと顔をほころばせた。逆に神山は、さらにむすっとして「勉強してるから、邪魔するな」と言い残し、俺を引っ張ったまま階段を上った。



「母さん、変なこと言ってなかったか?」

 階段を上り切ったところで手を離すと、背を向けたまま再度尋ねてくる。

 神山の言う『変なこと』が、木彫りの仏像を見ながら白い狐と会話していたことか、俺を死人と間違えたことか、もっと別のことなのか分からなかったけれど

「別に、何も言ってなかったけど」

 そう返事をした。

「そうか。俺の母さんちょっと変わってるから。変なこと言っても気にしないでくれ」

 俺はなんて返事をしていいのかわからず「うん」とだけ答え、部屋に戻った。

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