「腕はもう放してあげたら」

 女の先生が、優しく声をかけてくれた。

「やだ! 放したらまた逃げられる!」

 逃げられてるんだ。

「誰のせいで逃げられたと思ってんだよ」

 さっき怒っていた先輩が、吐き捨てるように言う。周りの先輩も苦笑している。なんか、雰囲気悪いな……

「見学だけでも来てくれて嬉しいわ。用意が出来たら実験して行ってね。液体窒素でいろんな物を凍らせる実験よ」

 雰囲気を和らげるようと、女の先生が俺達の元に来てくれた。

「科学部の活動日は、毎週火曜。場合によっては増えることもあるけど、まあ稀ね」

 科学部の説明をしてくれるけど、通りがかっただけで入部する気はないから、ちょっと申し訳ない。

「化学実験は、時々しかしないの。あっちが化学の佐藤先生。化学実験をする時に来てもらってるわ。顧問は私、藤原です。担当教科は生物。料理部の顧問も兼任してます。ここには男子4人しかいないけど、他に女子も3人いるわ。今日は他の部の方に行ってるけどね」

 園芸部も兼部可能って言われたし、ここも週1回しか活動しないから、兼部の人が多いんだなと思いながら、ふと気付く。

「あれ? 4人って、5人じゃ……」

 もしかして、あっちにいる人の中に幽霊が……

 全く見分けが付かない。気を付けないと、誰もいない所に話しかける奇行をしてしまう。

「先生、僕も人数に入れてください!」

 俺の腕を掴んでいる先輩が、突然声を上げた。

「ああ、ごめんね。まだ入部届けもらってないから」

「えっ? だって、先輩じゃ……」

「何を言う。僕は君と同じ1年だ」

 何故か、反り返るように胸を張った。

「1年5組の日山光輝だ」

 小さいと思ったら同じ1年だった。しかも、隣のクラス。

「君の名は?」

 握手を求めるように右手を出しながら、左手は俺の袖を掴んだまま放さない。ここで名乗ったら、本気で逃げられない気がする。

「僕は名乗ったぞ……」

 大きな目が俺を見る。その目が不安そうに揺れていた。

 俺はひとつ息を吐くと「1年4組、山口智暁だよ」と答えた。

「山口だな、覚えた。これからよろしく!」

 差し出された手を握り返すと、不安に揺れていた目が嬉しそうに細められた。

「よろしく、日山」

 こうして俺は、科学部に入部した。

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