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突然部屋に鳴り響いたLINEの着信音で目が覚めた。寝坊でもして上司からの連絡がきたのかと思い、慌てて飛び起きる。しかし音はすぐに鳴り止んでしまった。ヘッドボードで充電をしていたスマホを覗き込む。新着メッセージの通知が表示されていた。ついでに時刻を確認すると今は土曜日の朝5時らしい。現在時刻に度肝を抜かれる。仕事は休みのはずだ。こんな時間に電話をかけられる朝型の友達もいない。新手のバグを疑っていると今度は次々に新着メッセージを知らせる通知音が鳴り響く。画面にはどんどん新着メッセージと書かれた表示が溜まっていく。怖くなったが恐る恐るLINEを起動させた。バグの正体は"三宅
{不在着信📞}
{ごめん!間違って電話しちゃったみたい!😿😿💦}
{一輝ちゃんはまだ寝てたよね??💦💦}
{まだ夢の中かなぁ🥰💕💕}
{私の夢を見てるといいな😆✨✨}
{今日はお仕事お休みかな??}
{ジム頑張ってるからゆっくり休んでね💪✨✨}
{本当にごめんね💦おやすみなさい😘🌙私の王子様🙈💕💕💕💕}
トーク画面を開いて事のあらましを理解したが、やはり何かいけないウイルスに犯されたのかもしれないと疑わざるを得ないようなトーク画面に目眩がする。私のトーク画面に今までこんなに色がついたことがあっただろうか。絵文字も集まれば暴力になるらしい。取り敢えずこの"三宅 陽"を友達追加して、こちらからもメッセージを送れる状態にする。
{おはようございます。陽さんですね?昨日はありがとうございました。里恵さんの足の調子はどうでしょうか?早く良くなることを祈っています。ごめんなさい。陽さんの夢は見れてないです。すみません。}
何に感謝して何に謝っているのか自分でもよく分からないが相手は目上なので取り敢えずへりくだっておく。送信直後私のメッセージが読まれたことがわかった。相手はまだこの画面を見ていたらしい。待っていればまた何かメッセージが来るかもしれない。
待っている間相手の情報を確認するべく"三宅 陽"のアイコンをタップしてみる。しかし、アイコン以外何も情報を追加していないようで何も得られなかった。このアイコンの落書きはよく見ると人の顔だったらしい。子どもに描いてもらった似顔絵だろうか。輪郭に当たる部分の線が歪に歪んでいる。髪の毛は黄土色で横線がいくつも引かれていた。帰りが少しでも遅くなると心配をする旦那と夜に母がいなくてもさして問題はなくなった子ども。空いた時間に仲間と体を動かしにジムへ通う母。順風満帆な家族模様が目に浮かぶ。
再びトーク画面に戻るが私のメッセージに既読のマークが付いているだけで新しいメッセージはきていなかった。
ベッドから降りテーブルを挟んだ向かい側の棚からスポイトとベタの餌をとる。ソファーに座り水槽の蓋をゆっくり開けると水草の下から2cmあまりの白い羽のようなものが姿を現した。
「おはよう。朝早くにごめんよ。」
スポイトでフンを取り除く。一匹なので大した量ではない。綺麗になった水面にベタ用の餌を撒く。そうするとベタがゆらゆらと尾を振りながら水面に近づいてきた。への字に曲がった口を精一杯広げて餌を吸い込む。つぶらな瞳が可愛らしい。粗方食べ終わった後はフレアリングをさせる。ベタは闘魚と呼ばれ、縄張り争いになるとどちらかが死ぬまで戦い続けるそうだ。その死闘はベタの特徴的な大きなヒレを最大限に使うため力強く美しいものとなる。このフレアリングを利用してヒレを伸ばしてやり、ヒレどうしがくっついてしまうのを防ぐ。水槽の前に鏡を持ってきて、向かい側にもう1匹オスのベタがやってきたかのように錯覚させる。するとベタは敵が来たように錯覚しすぐさま威嚇を開始した。尾ひれが扇状にぶわっと広がり、全身が微かに震えている。今にも噛みつかんばかりに鏡の自分に激しい威嚇を繰り返す。その姿は水中でウエディングドレスを着た花嫁が舞い踊っているかのようだった。純白のドレスが右へ左へと翻る。
数分フレアリングをさせた後、ベタの道具を仕舞い紺色のカーテンを開けた。空がうっすらと明るくなってきている。太陽よりも早起きしたらしい。大きく伸びをしてため息を一つ吐いた。
調理棚からココアを取り出し冷蔵庫の牛乳で溶かす。ついでに大袋のアルファベットチョコを二つ取って来てソファに腰を下ろす。朝は頭が回らないので甘いものを摂って無理矢理血糖値を上げる。この冷えた安いチョコの味が好きだ。高級なものよりも小さい頃貰って嬉しかったものが思い出補正でえらく美味しく感じてしまう。成功体験や嬉しかった出来事と結びついているからだろう。安上がりで助かる。
ソファでうつらうつらしているとLINEの通知音が鳴った。うつ伏せでベットに転がりスマホを確認する。
{LINEの画面開きっぱなしにしてて通知気づかなかったぁ😭😭😭}
そうでしたか、と打とうとするとまたぽこんとメッセージが飛んできた。
{昨日も帰ってメッセージ送ろうと思ってたんだけど、いつの間にか寝てた🥺🥺}
大丈夫ですよ、と打とうとするとまたメッセージが追加される。メッセージは小分けに送る人らしい。
{一輝ちゃん今日お休み??✨✨}
私の番がきたのだろうか。そうですよと送ることができた。
{もしかして起こしちゃった??🙀🙀💦}
そうですよ、と返すのはさすがに感じが悪いので嘘を取り繕う。
{今日は休みでしたが、トイレに目が覚めたところでした。陽さんはお休みですか?}
リズミカルに鳴っていたメッセージ追加音がここでまた途切れた。主婦の朝は忙しいのだろう。少し間が空いてから再び音が鳴る。
{陽さん呼び!モエ〜!😻✨✨会ってる?ワラ✨おばちゃんには難しいです🤣💦若い子についていこうと文字打つの必死😅}
1通目でも陽さんと呼んでいるしおばちゃんという歳でもないと思うのだが。それ以外にもツッコミどころが多くて困る。返信に悩んでいるとまたメッセージが追加された。
{お暇でしたらおばちゃんのお買い物付き合って!10時くらいにどう!?🚗 💨✨}
「え…」
思わぬ提案に声が漏れる。
{新しいウェアが欲しくて!お願い!🥺🥺}
ジムで着るトレーニング着を新調したいのだろう。そんなの私でなくてもと思ったが、足を引き摺って歩く里恵さんの姿が思い浮かんだ。
{はい。大丈夫ですよ。どこで待ち合わせますか?}
{ほんとに!?デートだ!♥️♥️♥️♥️♥️アタシが一輝ちゃんちまで迎えに行く!!😆✨✨✨}
{申し訳ないですよ!現地集合にしましょうか?}
慌ててメッセージを送ったが既読はつかなかった。メッセージのやり取りで何となく分かったが、多分このまま出かける時間を迎えそうだ。観念してクローゼットを開けた。
準備を終えてベットでうたた寝をしているとメッセージの通知を知らせる音が鳴った。スマホを覗き込むと陽さんからだった。
{ごめんね💦ちょっとバタバタしてた🙀💦今から出ようと思うよ!住所教えて!😍💕}
ナビアプリを使って位置情報を送ろうと思ったが止めた。見方やら何やらで更なる問題を生みそうなのでアパートの住所を送る。カーナビに打ち込めば無事に辿り着いてくださることだろう。
{住所ありがとう!✨✨今から向かいます!}
{30分くらいだって!🚗💨✨}
30分ということは隣町だろうか。わざわざ来てもらうのは申し訳ないが、会って話していても話が噛み合わないのにメッセージのやり取りでこちらの思いを伝えられる気がしない。大人しく相手のペースに合わせる方が得策だろう。荷物をまとめて到着を待った。
起床後すぐ開けたカーテンからは太陽の光が差し込んでいた。良い天気になりそうだ。桜は散り始め、ちらほらと緑色の新芽が見られる季節となった。これからどんどん暑くなるだろう。
程なくして陽さんの到着を知らせるメッセージの通知が来た。
{着いた😎✨✨}
メッセージを確認し家から出る。
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