第8話 正しさとは


成人していることは雰囲気で何となく分かる。

ただ、非常に背が低い。厚底ブーツを履いている理由が分かってしまった。

知りたくなかった裏事情かもしれない。


「初めまして、アタシは桃園恵っていうんだけど。

アンタら、向かいの喫茶店から見てたでしょ?」


二人を指さした。正一の心臓が少しだけ跳ねた。


「ここの会員の顔は全員覚えてるからね。すぐに分かる」


コーヒーを一口飲んだ。

敵対しているだけあって、慎重に行動しているらしい。


「俺は神田君に連れられて、上から見ていました。

真理の会と敵対している怪人駆除業者、なんですよね」


「本当にただの目立ちたがり屋もいるんだけどね。

その手のプロになるための足掛かりみたいなところもあるし。

真面目にやってる奴は何人いることやら」


怪人駆除は建前で、それぞれ目的がある。

真理の会が嫌で抜け出した者もいる。

パフォーマーの夢を追っている者もいる。


規模もあまり大きくないし、自由にやっているようだ。


「桃園さん」


「何?」


「仁美を助けてくれて、ありがとうございました」


すっと歩み出て、正一は頭を下げた。

彼女がいなければ、ひどいことになっていた。

いつかは感謝を伝えなければならないと思っていた。


「この前、スーパーにいた女子高生です。覚えていますか」


「え、あの子の知り合いなの? 世間狭すぎない?」


確かに近所ですべてが完結している。狭い世界だ。


「それなら、あんまり出しゃばらないほうが良いって伝えておいてくれる?」


「うわあ、めっちゃ厳しいですね。

そんなに目立つの嫌だったんですか?」


恵のつっけんどんな返事を聞いて、秋羽場はゆるく笑った。


「ネットとかでもすごかったですもんね。

厚底ブーツをはいた黒猫って、どこもかしこもそればっかり! 

アイドルになれますね、きっと」


「ケンカ売ってんの?」


「まっさかー。桃園さんにケンカ売っても、買ってくれないじゃないですか」


「値段がつかないものは買わない。

値打ちのないものを売らない。オーケー?」


駆除業者は必ずラップを言わなければならないらしい。恵は肩をすくめた。


「アタシは当たり前のことをしただけだし。大体、無謀と勇気は違うんだよ。

対抗できる手段があるならまだしも、ただ突っ込んだんじゃ意味がないでしょ?」


「……カッコつけないほうがいいというのは、そういう意味だったんですか?」


この前、仁美がそうこぼしていたのを思い出した。

めずらしく不満そうだったから、余計に気になった。


確かに割り込んだ者からしてみれば、仁美の行動は無謀に見えたのかもしれない。

命懸けの行動だった。吐いて捨てるような言い方はどうなのだろうか。


彼女のことだ。身体が先に動いたはずだ。

正論とかそんなことはすっ飛んでいたはずだ。


「別に調子乗ってたわけじゃないと思うんですよね、多分」


「それは暴れていたヤツに言ったつもりだったんだけど。

自分の欲望のために人を傷つけるなんて、そっちのほうがもっとカッコ悪いでしょ」


仁美が勘違いしていただけか。それは言っておかないといけない。


「ここの会員もそうだけど、調子こいてる奴がほとんどだし。

本当、やってらんないよ」


会員による襲撃事件は毎日のように行われている。

警察が来るまでの時間稼ぎが目的とはいえ、人数にも限りがある。

すべてに対応できるわけではないのだろう。


「まあ、正論で世の中どうにかなったら、こんな病気流行ってませんよ」


「それはまちがいない」


秋羽場の言葉に雅樹はうなずいていた。

恵も多少は冷静になったのか、深呼吸した。


「桃園さんはそのブーツをやめたらいいと思うんですよね。

それなかったら、ただの人なんですから」


「別にいいでしょ、人の勝手なんだから」


何が何でも脱ぎたくないらしい。

目を泳がせ、無言になってしまった。


「それじゃ、お先に帰ります」


「今日はありがとうございました。お疲れ様でした」


二人は会議室を後にした。


***


「めっちゃ不機嫌だったな、桃園さん。

何もお前に八つ当たりすることないのに」


「八つ当たりだったのか、アレ」


どうりでとげとげしい言動が目立ったわけだ。

秋羽場が茶化してくれたおかげで、波風はあまりたたなかった。

あのまま続けていたら、殴っていたかもしれない。


「お前も気をつけたほうがいいよ、ああ見えてごりっごりの武闘派だから。

ケンカなんて売る気も起きないよ」


「そうなのか?」


「パルクール以外のこともやってるって話だよ。

この前も〆られたし、マジ何者なんだろうな」


怒りやすい性格なのはよく分かった。

あの様子からして、体格の差なんてあってないようなものだ。

あまり怒らせるようなことは言わない方がいいかもしれない。


駆除業者を名乗っているが、正義感の強さは人並み以上なのだろう。

真理の会から派生した団体だ。彼らも人間が怪人に見えているはずだ。


「まあ、あの人レベルのパフォーマーってそうそういないし。

貴重なのは確かなんだけどな」


「態度に難ありか」


「違いない」


ラジオだと新顔のわりに場慣れしていると言ったか。

本性を知るために追いかけられても仕方がないかもしれない。

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