第7話順送!嵐の海①

 マリサとフレッドが深酒をした翌日、二日酔いで起き上がれずにマリサは寝込んでいた。

「だからスチーブンソン氏にはマリサに酒を飲ますなって言ったのに何でこんなになるまで飲んだんですか?今日一日仕事になりませんぜ」

大耳ニコラスがたしなめる。

「うるせ〜な……ったたた……喋らせるな……頭に響く……。大耳、あんたがフレッドに余計なことを言っただろ……」

「確かに言いましたよ。今回は二日酔いですんだから良かったものの、マリサが酒を飲むと暴れるか物を壊すかですからね。彼はその点、鍛えているね。朝早くから軍に呼ばれて出かけてる」

「軍に?」

 ハンモックにねそべったまま、時折くる吐き気に苦しむマリサは話をするのも面倒だ。その続きを言うまでもなく、フレッドが船に帰る。そして急ぎの用があるのか、真っ先にデイヴィスのもとへいった。



「酒は飲まれるより飲むものだ。これに懲りてしばらくは量を減らせよ」

 デイヴィスとの話を終えたフレッドは二日酔いにならないように飲んだことの優越感か、マリサに諭す。

「うるせぇ!」

 寝込んだまま、マリサは小刀を投げつける。二日酔いだというのに、正確にフレッドの体をかすめ、壁に突き刺さる。

「おお、怖い怖い。さて頭目殿、軍に君たちの活躍を軍に報告しておいた。安心していまは大人しく寝ていたまえ」

 彼の上から目線の物言いにキレそうになる。

「覚えてろ……治ったらぶっ殺してやる」

 やっとの思いでそう言い捨てるとマリサはそのまま寝入った。



 夕方には痛みも吐き気もすっかりおさまったマリサは、8点鐘(午後4時)がなったころには不機嫌ながらも起き上がってグリンフィルズとともに食事の準備をしていた。二日酔いのことを揶揄(やゆ)されたくないので、給仕の手伝いをして連中には合わないようにしていたのだ。

 そこへ何やら慌ただしい音が甲板から聞こえた。マリサは後をグリンフィルズに任せると急いで駆け上がる。

「スペイン船だ!忙しくなるぞ」

 デイヴィスは舵取りに集中し、白兵戦に備える。船内では砲手部隊がオルソン伯爵の指示で動いており、攻撃の機会を待っていた。

「沈没させるのは簡単だが、できるだけ船のダメージを減らして拿捕を目指そう」

 フレッドが言うのはもっともなことだった。拿捕したほうがはっきり言って自分たちも国もメリットがあるからだ。

「了解。じゃあ、あたしは連中を引き連れて乗り込むよ。こっち(デイヴィージョーンズ号)は任せた」

 これまでの生活経験からすっかり分業ができている。白兵戦の間、船はデイヴィス船長の他、航海長ニコラス(大耳)、フレッド、掌帆長ハーヴェー、砲手長オルソン(伯爵)などが残った人員を使って船を動かしている。マリサをはじめとする『乗り込み組』は遠慮なく拿捕に迎えるということだ。おかげさまで商用船であるスペイン船なら拿捕は難しくない。今回もあっさりと船長は船を明け渡してしまった。


「物足りない……まったくもって物足りない」

 これが海軍相手ならまだ違っていただろう。しかしこちらは艦隊を組んでいるわけではないのでまともに海軍相手にはできない。

 マリサがぶつくさいっているそばでフレッドとデイヴィスが拿捕した船を近くの港へ運ぶ計画を立てていた。拿捕した船の扱いの関係で本国に戻るがよいと判断したのだ。

 夕方の空を見上げると雲の流れが早く、時おり黒い雲も流れているのが見えた。風に雨のにおいを感じる。


(嵐が来る……)


「デイヴィス、嵐が来る。拿捕した商船と一緒に乗り切るか?」

 マリサの問いかけにデイヴィスが空を睨む。

「万が一のときは捕虜を使おう」

 帆船は風向きや強さに応じて帆を縮帆したり転桁したりしなければならないので、人員は必要だった。

「わかった。向こうの船長は人質だが、乗員は使えるだろう。商船はまず私とフレッドが行くから後の連中はデイヴィスが選んでくれ」

 マリサがそう言ったとき、デイヴィスは驚きを隠せなかった。

「なんだ、自分からフレッドをご指名か」

「誤解するなよデイヴィス。本来なら副長が乗り込むことだがデイヴィージョーンズ号には副長を置いていない。代わりに海軍士官のフレッドならその役に適職だということだ」

「なるほどな、それは間違いのないことだ」

 デイヴィスはなぜか一瞬だけ陰りのある表情をした。ただマリサはそれが明かりの関係だと思って気にも留めなかったのだ。


 海軍であっても海賊であっても天候や兆候をみて嵐を予知することは命を守ることだった。木造帆船にとって嵐は最大の自然の脅威だったのだ。嵐が来るであろうことはすぐに連中に周知され、拿捕船の乗り込みについてもすぐに配置されることになった。


「総員!今のうちに荷を固定しろ!次に嵐に備えて各部署の補強に当たらせろ。拿捕船については捕虜も動いてもらう。とにかく嵐を避けられたらいいが下手すれば突っ切ることになる」


 デイヴィスの声に一斉に準備にかかる海賊たち。そして拿捕船には船長の役としてフレッド、そしてマリサ,ラビット、スコット、アンダーソンなど”青ザメ”から5名、乗り込むことになった。

 拿捕した船は三本マストの旧型でフォアスルとフォアトップスル(前檣帆)、メインスルとメイントップスル(中檣帆)に後檣帆としてラテンセイル(大三角帆)を備えていた。拿捕された後、デイヴィージョーンズ号と並行して帆走しており、右舷に風を受けていた。そしてフレッドの指揮のもと、捕虜も動員されており嵐に備えた。この船の船長だけは船長室に見張り付きでこもっている。


 空は先ほどよりも暗雲が広がって夜が訪れるとともに暗くなっていった。遠くのところでところどころ稲光が走っているのが見え、しばらくして雷鳴が小さく轟いてきた。そしてそれはだんだん近づいてきているのがわかった。

 気温が下がり、風がさらに強くなる。

「トップスル縮帆にかかれ!」

 暴風に備えて縮帆をする。これだけでも手早くするには相当の人員がいる。この船の人員を殺してしまったならできなかったことだ。

 雨粒が一つ、また一つと落ちて海面に幾重もの円を描く。そして風が立ち消えした。


「いよいよだな……どうやら嵐を避けきれないか……」

 フレッドが縮帆の指示を出しながらつぶやく。

「あたしはこんなことで死ぬのはまっぴらだ。うまく嵐を抜けたらまた酒を飲もう」

 そう言ってマリサは余裕があるふりをした。こんな時に誰かの負担になるのは嫌だった。

「そうだな、二日酔いしない程度に付き合ってやるよ」

 フレッドの答えにマリサはフンといった感じで笑った。

(あんな醜態はもうごめんだ……心配するな、今度は飲ませ上手になってあんたを二日酔いさせてやる。二日酔いは……本気で厳しいぞ)


 嵐でなければ一面に星空が広がるのだが、今は月も星も見られない黒い雲に覆われた夜空だ。しかも雨がいよいよ強くなってくる。旧式の船の扱いは慣れている捕虜の人員の方が動きやすいだろう。捕虜たちも自分の命がかかっているのでフレッドの指示に素直に従っていく。

 やがて一陣の風が船を通り過ぎたとたんに強風が雨を伴って吹いてきた。

「さっきより2ポイント後方からだ。転桁索につけ!」

 フレッドの声に大急ぎで向かう乗員たち。マリサ自身は”青ザメ”の連中と捕虜のサポートに回りわき役に徹している。

 風雨はますます強くなり、海坊主の口笛のようにうなっている。波は荒れ狂っており、大きなうねりと化した。真っ暗な中で二隻の船がもてあそばれている。船は完全に暴風圏内に入っていた。

「申し上げます!ラテンセイル(大三角帆)を縮帆してください」

 捕虜の一人がフレッドに言う。海軍出身のフレッドもマリサも旧式の船の、しかも嵐の日の航海は初めてだった。だからこそ、捕虜であっても乗員である彼の言葉は重みがある。

「総員!ラテンセイル(大三角帆)縮帆にかかれ」

 フレッドの指示でてきぱきと動いていく捕虜たち。波と風で舵輪が重く、操舵は二人がかりだ。おまけに船が荒波にもまれてローリングするので足場が不安定だった。一つの大波が船の下に来ると船は山の上に置かれた箱舟のように持ち上がり、山の頂点を超すと急斜面を滑って恐ろしい暗黒の谷に落とされ、そしてまた山の頂上へ登っていく。その間にも荒波が何度も甲板を洗っていき、波にさらわれないようにみんなが必死だった。

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