第15話 軛村ニテ神退治ノ事(四) 忌み人との会話
石段を降りると僕達は忌み人と呼ばれる者が住むという家へと向かった。
村の
山神退治を受けたとはいえどこまでいってもやはり僕達は
「なあ飴屋、忌み人っていうのはやっぱり…」
「想像通りと言いますか恐らく、村八分にされた村人の事だと思います。ひどく閉鎖的な村ですから陰湿な事もずっと受け継がれて来たのでしょうね。」
赤トンボの群れとどこまでも高い秋の空、そして排他的な村。
その対比にシニカルな笑いが顔に張り付く。
「話の通じる人ならいいんだけど、少し怖いな。」
「山神の輪郭さえ掴めていない今、藁にも
そんな事を話していると家の前に着いた。地面は雨でもないのに泥濘んでいて生活の過酷さの片鱗が
飴屋がすみません、と割れたガラス戸に声をかけた。返事は無い。
僕達はどうするか互いに問うように顔を見合わせる。
「どうしましょうか?外出されているのかもしれません。出直しますか?」
「そうだな、でももしかしたら居留守かもしれない。」
僕は扉と呼べるか分からないものに声をかけた。
「すいません、モドリについて何か知っている事はありませんか?」
返事は無く飴屋が肩を
自分でも何故か分からないまま急かされるように同じ言葉を繰り返す、三度目の僕の質問、それに被せるように野太い怒声が返って来る。
「おめえいいくれえにしろ!!そんな事聞くんじゃね!!!」
出てきたのは痩せぎすの男だった。ぼろきれを纏っていてろくに風呂に入っていないのか獣のような臭いが鼻に
辺りを神経質に見回すと男は家に入れと言った。僕と飴屋は言われるがまま玄関へ向けて歩いて行った。
建て方を知らない者が何とか雨風を凌げるようにと四苦八苦しながら何とか体裁を整えたような家に招き入れられ囲炉裏の前へ通される。
「モドリなんて軽々しく口に出すんじゃねえ、おめえらはよそもんだろ?見りゃ分かる。」
胡座をかいた初老の男は伸びるに任せたボサボサの白髪頭を掻きむしりながらぶっきらぼうに言う。
「突然すみません、私達は山神を退治するために村に来た者です。情報を集める為に村を回っていた所この建物を見つけて何か知っている事は無いだろうかとお声掛けさせていただいた次第です。」
と飴屋が言った。
今まで敵意を剥き出しにしていた男が突然大声で笑い出したので僕は驚いた。
「そうかそうか、お前達もあいつに喰われに来たのかそうかそうか。」
どうやらこの男も村の者とは違うベクトルの狂気に駆られているようだ。
獣の唸り声のような声で男は笑い続けている。
「何がそんなにおかしいんですか?」
背筋を走る恐怖に抗うよう怒気を孕ませ僕は質問をした。
笑い声が止まりパチパチと炭の火の音だけが部屋の中に響いている。
「…あれは山神なんかじゃねえ、山神はもう居ねえ。…俺には村がどうなろうがお前さん達がどうなろうが知ったこっちゃねえがな。」
憎しみを吐き出すような低い声、そして静寂、炭が燃える音。
「どうして、そんなに悲しい顔をしているんですか?」
思わず口に出た言葉に僕自身戸惑った、ここに来てからずっとそうで誰かに言わされた言葉みたいだ。
「何故悲しいかって?」
男が僕の方を見てそれから囲炉裏の方へと目を落とした。
「そんな事お前に関係ねえだろ、俺はな、お前らが家の前で
何となくこの男は僕が抱えている悲しみと同じ
「お名前をお伺いしていませんでした、なんとお呼びすればいいですか?」
「…幸太だ。」
━パチリと炭が弾ける。
「幸太さん、僕は湯元玲と言います。少し自分の話をさせて下さい。僕達はこの村に山神退治の報酬目当てで来ました。ただ目的はお金では無く伝承にある巫女の父親が打った雪丸を手に入れる為です。
その刀があれば…死んでしまった家族を弔う事が出来るかもしれない、だから山神を退治したい。どうか知っている事があれば何でもいいので教えてもらえないでしょうか?」
「…なんで死んだ?」
その言葉が僕に突き刺さった。
━なんで?死んでしまったのだろう?
質問の意図とは違う事は分かっていたがなんで二人は死んでしまったんだろう?
なぜ、という言葉が頭の中を駆け巡る。
僕は振り絞るように言葉を繋ぐ。
「…事故で、即死でした。こんな事言っても信じてもらえないかもしれませんが嫁と娘は成仏出来ずにまだ彷徨っています。夫として、父親として、キチンと送ってあげたいのです。それが、僕が二人に出来る最後の事だから。」
話している途中で思わず涙が出た。急に訪れた中年の男が自分の身の上話を勝手に始め、ボロボロと涙を零しているのを見て幸太は何を思っただろうか。
僕はぐしゃぐしゃの顔を背中を丸めた幸太の方へ向ける。
幸太は落としていた目線をゆっくりと僕の方へ向けた。その目に怒りはもう宿っていなかった。
「家族を…それは気の毒なことだったな。身内が死ぬ事は何よりも
やはりこの男は僕に似ていると思った、憎しみが呪いに変わった僕と何も変わらない。
違いは、周りに人がいてくれたかどうか。一人でずっと周りを呪いながら生きて来たのだろう。幸太の孤独な人生を思うと居た
飴屋に差し出されたハンカチで涙と鼻水を拭う、後できちんと洗濯して返そうと僕は思った。
「お父様とお母様の話を、聞かせてもらえませんか?家族を失った者同士、もしかしたら気が紛れるかもしれません。」
幸太は驚いたような顔をした。それもそうだ、こんな泣き顔の情緒不安定な男に話をした所でと思ったのかもしれない。
沈黙の後、小さな声で言った。
「…ちょっと待ってろ。」
幸太が部屋の向こうに消えて行く、飴屋が正座を崩して僕に言った。
「酷い顔ですよ玲さん。」
微かに笑いながら飴屋が僕の涙を指先で拭いた。
「幸太さん、山神はもう居ないって言ってましたね。もしかしたら何か秘密を知っているかもしれません、モドリの事も。」
「…確かに。山神ではないと思える何かがあるのかもしれない。ごめんね飴屋、何かね、幸太さんが僕自身と似ている気がしてさ。話を聞かなくちゃって思ったんだ。少し付き合ってくれないか?」
「時間はまだあるんです、ゆっくりいきましょう。それに私は人の生きてきた話が大好物でして、だからカクリヨにずっといる訳で。」
そういうと飴屋は僕の肩をポンと叩いた。
少しすると幸太が徳利とお猪口を三つ、そして何かの肉を串に刺して持って来た。
僕がそうだったように、誰かに話を聞いて欲しかったのかもしれないなと思った。
「これは俺が仕留めた猪の肉だ。家は代々猟師の家系でな、じい様もおっとうもそれは腕の良い猟師だった。不思議そうな顔をしてるな?ならどうしてこんな暮らしをしているのかって顔だ、そうだろ?」
この家で幸太と対峙してから初めて僕は人と話しているのだ、という感覚を覚えた。
そう思えなかったのは彼が抱えた呪いのせいなのかもしれない。ジリと右手が痛む。包帯が無ければきっと彼の呪いを取り込んでいただろう。
「…じい様はとても正義感の強い人でな。」
そう言ってから一呼吸置いて幸太が続けた。
「だから、おっとうもおっかあも死んじまった。」
━炭火はただ燃え続けている。
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